2話 アズリア、一筋縄ではいかない相棒
「あー……何かウチに用か?言っておくが日常品が欲しいのならウチでなく雑貨屋に行ってくれ」
奥の扉が開いて出てきたのは、浅黒く肌の焼けた大男だった。片手に鍛治用の鎚を握っているのと、アタシの周囲で鍛治をしていた男らが「親方」と呼んでいるのを見るに。
この大男がこの鍛冶場の主なのだろう。
「イイ身体つきしてるねぇ……ふぅん。コレなら、アタシの剣を任せられるかもしれないねぇ」
「ん、いきなり不躾に何だあんた……って、ま、まさか……その赤い髪っ?もしかして────」
その奥から出てきた親方と呼ばれる大男を、足の先から頭の天辺までを値踏みするように何度も見ていると。
そんなアタシの態度に最初はあからさまに不機嫌な表情を浮かべていたが、どうやらアタシの風貌に思い当たる節があったらしく、勝手に驚いてくれていた。
「そうだよ、アタシはアズ……」
「誰かと思えばラクレールの勇者サマじゃねえかっ!」
アタシの名乗りを遮るかたちで、親方がこちらを指差しながらとんでもない渾名でアタシを呼ぶのだった。
「いやあ、怪我で街をあげての宴に顔出してなかったから街の連中皆んなで心配してたが……いやあ、よかったよかった。がっはははっ」
「そ、そうかい……あ、あははは……っ」
エルからその話は聞いていたが、まさか街の人間に普通に使われている状況になっているのにアタシは心底ゲッソリとした顔をしていたに違いない。
「……アズリアっ。『その渾名で呼ぶな』って顔に出てるわよ?」
「えっ⁉︎……あ、ああ、悪いねぇエル」
もしここで隣にいたエルがアタシの横から肘で突いて正気に戻してくれなかったら、その渾名の衝撃で用件を忘れ、多分このまま鍛冶屋を後にしていただろう。
「さて、名乗るのが遅れちまったが俺はジルバ。この工房で弟子らに鍛冶の腕を叩き込んでるんだが……勇者サマがそんな俺の工房に一体どんな用件だい?」
我に返ったアタシは早速、ジルバ親方へと背負っていた大剣を取り出して近くの机に置いて状態を見てもらうことにする。
「実はさ、この大剣なんだけど。随分と長いことマトモな鍛治師に見せてなかったから、ココで修繕を頼みたいんだけど……どう?」
「ふむ……確かに頑丈そうな金属だ。鉄……いや違うな、鉄ならここまでの傷に耐えられるわけがない……となると……むぅ」
すると。
先程まで緩んでいたジルバの表情が、剣を見た途端に真剣な目付きに変わり、顎に手を置きながら刀身の微細な傷を確認しながら、この剣が普通の鉄製ではないのを即座に見抜いた。
さすがはこんな大きな街の鍛治師だけはある。
「……うおおっ?お、重てぇ⁉︎」
そんなジルバが、刀身を別の角度から見ようと大剣を持ち上げようとするが、予想以上の重量に驚いた親方が机から武器を落としそうになる。
「おっと?……おいおい親方、鍛冶屋に来て武器に新しいキズがつくなんて笑い話だよ、ったく」
「……あ、アンタ。ホントにこんな重い武器を振るって帝国の連中と戦ってたってのか?」
アタシは咄嗟に握りを片手で掴んで、何事もなかったようにまた机の上に大剣を戻す。ジルバが確認したかったであろう刀身の裏側を表にひっくり返して。
自分が持ち上げる事が出来なかった大剣を、片手でいとも簡単に持ち上げていたアタシに対するジルバの見る目が変わった……そんな気がした。
「と、とにかくだ……武器の修繕となれば今すぐに済ませるってわけにはいかねぇ。修繕が終わるまで一旦ウチで預かることになるけど、構わねぇか?」
「ああ、もちろん。マトモに修繕するなら日数が掛かる事くらい承知してるよ」
元々、今のアタシの左脚の状態では大剣を使うことなど出来はしないだろうし。
何しろアタシには、隣で見張っているおっかなくて頼りになるお目付け役が目を光らせているからね。
というやり取りがあって、アタシはジルバ親方とその鍛冶屋に大剣を預けて工房を後にした。
────ところが、翌日の事だった。
アタシが世話になっている治療院に、血相を変えてドタドタと足音を鳴らしながら入ってきたのは、昨日アタシの大剣の修繕を頼んだジルバ親方その人だったのだ。
「何だい?朝っぱらからおだやかじゃないねぇ……一体何だってのさ、親方。あ……もしかして、修繕費用のこと相談し忘れてたからその事かい?」
アタシは院長に親方を部屋へ案内してもらうように頼むと、寝床を椅子代わりに腰掛けて親方に何事かと尋ねると。
「……そりゃコッチの台詞だ……何なんだあの剣は⁉︎堅過ぎて俺の手にゃ負えねえよっ!一体あの剣は何で出来てるってんだ?」




