21話 アズリア、大樹の精霊に教えを乞う
「ふうん……ふむふむ、なるほど、ね」
目の前の少女の姿をした大樹の精霊は、アタシの周りをジロジロと舐め回すように見た後に。
おもむろにアタシを指差して、いや……アタシの右眼を指差して話し掛けてくる。
「さて、早速だけどアズリア。あなたが持ってる魔術文字を使って見せてくれないかしら?」
「……え、魔術文字を、かい?」
アタシの問い掛けに、契約を交わしたばかりのドリアードはコクンと小さく頷く。
「強くしてあげる、とは言ったけどね。その前にアズリアがどれ程の強さなのか、確かめてみないといけないわけよ」
「な、なるほどぉ……わ、わかったよッ!」
そう言われては、断る理由なんてない。
アタシはドリアードが言う通りに、指差された右眼に宿した「wunjo」の魔術文字を発動させていく。
「我に、巨人の腕と翼を──wunjoッ!」
右眼の効果に気付いた当初こそ、片腕のみしか筋力増強の効果を発揮出来ず、しかも湯が沸くほどの時間しか持続出来ないといった具合だったが。
今ではこうして、筋力増強の効果を全身に発揮することが出来るようになった。
「さて、どうだい?……精霊サマのお望み通り、魔術文字を使ってみたんだけど、何が足りてないってのか、ねぇ」
先程、目の前の精霊から現状のアタシでは「これ以上は魔術文字を集める事は出来ない」と言われたばかりだった。
確かにアタシは通常の魔法が使えない上に、魔力の使い方も剣の使い方だってまともな教えを受けた記憶がない。
だが、アタシにだって七年間の旅路の間に。二種の魔術文字を探し出した実績と、時には右眼の魔術文字を使い熟し傭兵稼業や護衛などを達成してきた剣の腕前への自負がある。
器が足りない、と言うのならば一体何が不足しているのか。
それを、果たして目の前の精霊は教えてくれるのか……という挑発的な態度をアタシはまだ拭い切れていなかったが。
「ふう……思った通りだわ。全然駄目よ、アズリア」
「──なッ?」
だが、言われた通りに魔術文字を発動させ、全身の筋力を増強させたアタシを見て。
ドリアードは溜め息を一つ吐き、首を左右に振りながら目を伏せてみせたのだ。
その態度が示すのは、明らかな落胆。
「な、何がッ……アタシの使い方の何が足りなくて、いけないってんだいッ!」
当然ながら、意味が分からないアタシはそんな精霊の態度に感情を昂らせてしまう。
アタシより遥かに歳下の、可憐な少女の姿で煽られたというのも多分にあるが。何よりもアタシの感情を揺さぶったのは、魔術文字の否定はアタシが旅した七年間の否定でもあったわけだからに他ならない。
ドリアードの言葉を払い除けるように腕を振り、アタシは少女の姿をした精霊に掴み掛かりそうな勢いで迫りながら、語気を荒げていくと。
「まあ、落ち着きなさいな、アズリア?」
「──ッッ⁉︎」
そんなアタシとの距離を、ドリアードは音もなく至近距離まで詰めてきたかと思った、次の瞬間。
彼女の指がそっと触れた右腕に、異様な感覚が襲ってくる。
「う、うおぉッ?……な、何だこの変なカンジは……ッ」
アタシは別に腕に込めた力を増したわけでもないのに、何故か右腕に込められていた魔力が膨れ上がり、それに伴い腕力が遥かに増した気がしたからだ。
試しにアタシは、ドリアードに連れて来られたこの精霊界の地面に落ちていた、まるで水晶のように透き通った拳大の塊を拾い上げていき。
思い切り力を込めてみると。塊からはミシミシと軋む音を立て、手の中でバラバラに砕け散っていった。
「……な、何だよ、この腕の力は……」
アタシは砕けた塊の欠片を指で弾き、硬さを確かめてみるが。普通に転がっている石よりも硬そうに感じた。さすがは精霊界の……と言いたいところだが。
問題は、普通に落ちている石ですら最初から亀裂が入っていなければ、魔術文字の効果を全力で発揮していても握って壊すのは難しかったアタシが。
ドリアードが「何か」をした右腕は、いとも簡単に精霊界の石を握り砕いてしまったことだ。
「……な、なあ?……アタシに、一体何をしたんだい?」
アタシが驚きの表情でドリアードの顔を覗き込むと、少女の姿をした精霊は実に得意げな笑みを浮かべながら。
「ふふん、簡単なコトよ。アズリアの腕に触れた時に、触った箇所の魔力の流れを綺麗に整えてあげただけ」
「魔力の……流れ?」
「ええ、残念だけど。アズリアの身体は魔力の流れが滅茶苦茶なのよ。もうこれでもか、ってくらいにね」
アタシの前で、両手の指を一本ずつ立てて見せたドリアードは。
最初に空中で一本の真っ直ぐな線を描いてみせるが、二度目に描いた線は真っ直ぐではなく、上下に波打つような線を描いてみせる。
要は、最初の真っ直ぐな線が正しい魔力の流れ方だとすれば、二度目のあちこちに曲がりくねった線はアタシの魔力の流れだと言いたいのだろう。
「……寧ろ、よく今までその魔力の使い方で魔術文字が使えていたのか、不思議なくらいよ」
魔力の流れなんて、今まで意識したこともなかった。
アタシは、ただ右眼に魔力を集中し、魔術文字によって決められている力ある言葉を口にすれば効果を得られるモノとばかりに考えていたが。
「だからまずはアズリア、あなたの体内の魔力の流れを自分自身で感じてもらうわ」
「……わ、わかったよッ!」
まさか、こんな分かりやすく自分が抱えていた問題点をハッキリと洗い出してくれるなんて。
まだ遭って間もない大樹の精霊を、アタシは信頼しかけていくと。
「そうね……なら、最初はアレから始めましょうか」
可憐な緑髪の少女の姿をしたドリアードは、途端に口角を横に広げての意地悪そうな笑顔へと豹変させたかと思うと。
「それじゃアズリア、今着ている服を全部脱いで」
「……は?」
「聞こえなかったの?……私は『脱げ』と言ったのよ」
「え、えぇっと……外套はともかくとして、腰巻きや、胸を覆う布も?」
何度も聞き返すアタシに苛立ったのか、ドリアードは地面を一度強く踏み鳴らすと。
「……全部よ、全部。裸になれって言ってるの」
そう言ってアタシをひと睨みする精霊の目は、もう笑ってはいなかった。
冗談ではなく本気だとわかり、胸を覆う布地に手を当て躊躇するアタシだったが。魔力の流れを正さなければ、これ以上魔術文字を得ることが叶わないという大樹の精霊の言葉を思い出すと。
「つ、強くなるためだったら、裸にだって何だって……なってやるよおぉぉッ!」
覚悟を決めたアタシは、胸と股間を覆う布地を全てその場に脱ぎ捨てていき。
大樹の精霊の前に一糸纏わぬ姿を、胸も股間も手で隠すことなく堂々と晒してみせた。
「で、素っ裸になっただけじゃないんだろ?……アタシはこれから何をすればイイんだいッ!」
そんな羞恥をかなぐり捨てて、裸を晒してみせたアタシの姿を見て。小さく何度も首を縦に振り、随分とご満悦の表情を浮かべていた精霊の少女は。
「それじゃまずは。裸になって興奮した心を鎮めて、この精霊界の空気を肌で感じてご覧なさいな」
「こ……興奮って……別にアタシゃ」
確かに、いきなり「全裸になれ」と言われ戸惑い、動揺したことは事実だが。先程までアタシがいた王都の街並みと違い、この精霊界には見たところ大樹の精霊しかいない。
一人二人に裸を見られて狼狽えるような年齢はとうに過ぎてしまったアタシは、精霊の言うように興奮した気持ちを落ち着かせていくと。
「……こ、コイツはッッ……」
最初に精霊界に足を踏み入れ、右眼が突然反応するくらいに満ち満ちていた精霊界の濃密な魔力を、剥き出しになった褐色の素肌の表面がピリピリと感じ取り。
身体に巡っている血とは違う何かを、朧げながら感じていくことが出来た。
「へえ、いい感覚ね。さすがは生まれつき魔術文字を持ってただけあるわ……それじゃ次の特訓は全裸のままで行ってもらうけど、いいわね?」