20話 アズリア、大樹の精霊と邂逅する
「……こ、ここは、一体?」
大樹の精霊が開いてくれた謎の入り口を潜ったその先に広がっていたのは、先程までアタシがいた王都の街並みとは何もかもが違った景色と雰囲気だった。
「ようこそアズリア。ここは樹の精霊界よ」
目の前の少女の姿をした精霊が手を広げ、アタシの視界に映るのは。
見る角度で放つ色彩が変化する水晶のように透き通った素材で出来た樹木が立ち並び、視界の先がどこまでも続く青空と、適度に湿り気を持った肥沃な土が敷き詰められた地面がある、一面が緑の世界だった。
しかも、先程から右眼がズキズキと痛む。
どうやらこの世界は魔力が満ち溢れているのだろう。気を抜くと右眼に刻まれた魔術文字がうっかり発動しそうになるのを何とか抑えている状態だ。
「まずは早速、あなたが一番知りたがっている魔術文字について話してもいいんだけど」
「そ、そうだッ……お、お願いだよ精霊サマッ?……アタシの右眼にある魔術文字ってのは、一体、何なんだいッ!」
鈍い痛みが襲う右眼をアタシは押さえながら、この不思議な世界に連れて来られてすっかり動揺していたアタシは。
焦りを隠すことなく、目の前の少女の姿をした精霊へと詰め寄っていくが。
「──ゔ」
「まあ、待ちなさいな」
そんなアタシの口に。まずは落ち着け、と言わんばかりに少女の小さな手が当てられると。
「ねぇ、アズリア。今のあなたの器じゃこれ以上魔術文字を継承することは出来ない。何故かわかる?」
「器?何、何だよ器って。それが足りないからもう魔術文字は探す必要がないって?アタシに諦めろっていうのか!」
気がつけばアタシは、右眼の魔術文字である「wunjo」を無意識の内に発動させ。
激昂した勢いに任せて側にあった樹木に拳を叩きつけていた。それでも精霊界の樹木はアズリアの魔術文字の恩恵を受けた膂力を乗せた拳の一撃を受けてなお、キズ一つ付いていなかった。
「落ち着きなさいアズリア。誰も諦めろ、なんて言ってないし諦める必要なんかないわ。だから私があなたに会いに来たんじゃない」
「……え、それじゃ」
「器が小さいのなら大きく成長させればいい。そしてその方法は私があなたに教えてあげられる。だからこそ貴女をこの精霊界に呼んだのよ、アズリア」
俯いていたアタシの頭にポン、と何かが触れる感覚。それは精霊……いや、ドリアードがアタシの頭を撫でているからだった。
顔を上げると、ドリアードは優しい笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「じゃあ、最初から……アタシのために」
「アズリア。あなたはこれまで一人で世界に抗ってきた。まあ、それで道を踏み外したりしたなら私が手を差し伸べることもなかったけどね」
「世界に……抗う……」
「魔術文字を用いるルーン魔術は、最早世界から放逐された過去の遺物。それが原因であなたは故郷を失い、今の魔法を行使する権利まで奪われた。でも私は未だ希望を見失わず遺物を掘り返すあなたの味方よ」
ドリアードが続ける言葉を聞きながら、アタシは涙を流していたんだと思う。きっと、アタシのあらゆる事情とか背景とか、そういうものを全部飲み込んだ上で。
目の前の精霊は「味方だ」と言ってくれてるのだ。
「強くしてあげる。アズリア、あなたがもし世界を敵に回しても希望を失わないために」
差し出してきたドリアードの手を、アタシはこれしか縋るモノがないくらいの気持ちで両手で握り返していた。
「お願いするよ……いや、しますッッ精霊様っ!」
「うんうん、それじゃ私との契約はこれで成立ね」
「ああ、これからよろしくなっ!」
「でも。精霊界での私の特訓は厳しいわよ?それこそ死んだほうがまだ良い、と思うくらいにはね」
目の前の精霊が涼しげな笑みを浮かべながらサラリと口にする脅し文句に、アタシは思わず後退りながら。
「そ、そこはさ、ちょっとだけ……優しく?」
「はい却下しまーす。ちなみに精霊界は時間の進み方が人間の世界とは違って、精霊界の10日が人間の世界の1日になるから気をつけてね」
「?……んーと、結局どういうことなんだい?」
いきなり精霊から謎かけのような話題を切り出されるのだが。正直言って、色々とあり過ぎて頭が上手く回っていないらしく。
精霊が何を言いたいのかが理解出来なかった。
それをアタシの表情から悟った精霊は、精霊界と人間界との時間の流れの違いを噛み砕いて説明してくれる。
「つまりね、精霊界に人間が長くいると通常よりも早く年老いていくってこと……それもかなり早くね。精霊界で10年過ごして人間の世界に戻っても1年程しか経過してないけど、その人間は精霊界で10歳成長してしまってるから……さすがに気味悪がられるわよ?」
何でも精霊というモノは、時にアタシのように気に入った人間を精霊界へと招待することがあるらしい。争い事もなく食事にも不自由せず、隣人に精霊たちがいる環境を捨てられずに精霊界へ長く滞在してしまう人間も多いらしい。
実はそれが物語に多く見受けられる、卓越した能力の持ち主の正体らしい。それをアタシはこれから身を保って体験することになるんだけど。
そして今はまだ気がついていなかった。
ドリアードが「契約」と口にした際に、アタシの左の薬指に木の根が集まって出来たような台座に緑色に輝く石の嵌まった指輪が装着されていたことに。
精霊界と人間界の時間の流れについて指摘を受けましたが。
『精霊界は人間界の10倍の速さで経過する』
で間違ってはいません。
人間界で3日という時間制限がある時でも、精霊界ならば30日を過ごすことが出来ますが。
肉体の成長や老化は30日分となる、という設定です。