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89話 アズリア傭兵団、勝利する

第三章もそろそろ終わりになりますが。

もう少しだけお付き合い下さい。

 だが、ロゼリアの首に突き付けた大剣は。

 アタシがいくら大剣を握るその手に力を込めても、その位置から動かすことが出来なかった。


「悪いな。この娘(ロゼリア)は私のお気に入りなんだ。こんな戦で死なれでもしたら私が困る、ここは見逃しては貰えないか?」


 何故ならば。

 影の中から伸びてきた腕によって、アタシの大剣が掴まれていたからだった。

 その腕を見て、背中にしがみついたままだったエルは呆気に取られたような声を上げて。


「……な、こ、これって……腕……よね?」


 だがアタシは、そんなエルの問いかけに応える余裕なんて欠片も持っていなかった。

 筋力増強(ウニョー)魔術文字(ルーン)の魔力を込めた膂力を持ってしても大剣が微動だにしない時点で、この声の主が只者ではないのは理解していた。

 そして────この人物が一体誰であるか。アタシには大方の予想は付いていた。


「……アンタが、紅薔薇(グレンガルド)公ジーク……だね」

「ほう、会った事もない私を誰であるか理解している辺り、頭は相当切れるようだ。流石は炎の精霊(イフリート)まで駆使したロゼリアを退けただけのことはある」

「そんなお偉い方にお褒めに預かり、恐悦至極だねぇ……だけど、コレはアンタらから売られた喧嘩だ。敗けそうになったから見逃せ、ってのはあまりに虫が好すぎないかい……?」

「ふむ、確かに其方(そなた)の言う通りだ。ならば今回、私は其方(そなた)を見逃してやろう……それで満足か?」

「……ちょ、ちょっとそんなかっ────ンン⁉︎」


 アタシは、腕のみの存在(ジーク)に何かを言い返そうとするエルの口を咄嗟に塞ぐと。


「……さっさと連れていきな」

「其方が聞き分けがよい相手で助かったぞ。ふふ、もっとも……助かったのは果たして誰なのかは理解出来ていると思うが、な。太古の魔導の欠片をその眼に宿した女よ」


 アタシらの目の前で、尻を突いていたロゼリアの身体が徐々に腕が一本突き出ていた影に飲み込まれていく。

 腕の主が吐いた言葉の意味、それを問いただすためにアタシは思わず消えていく腕に向けて口を開いていた。


「な、何だよ、お前……何を知ってるって──」

「ふふふ、其方(そなた)が魔術文(ルーン)字を宿している以上、いずれまた会える日が来るだろう……その機会を楽しみにしていろよ」


 腕はアタシの問いには答えることなく、ロゼリアの身体全てを影へと飲み込んでいった。

 アタシ達は今、ロゼリアが引き連れてきた帝国軍の兵士らと数的不利を押して戦い続け、疲労も負傷もありこれ以上戦闘を継続出来る状態などではない。

 そしてそれは、アタシにも当て嵌まっていた。


 腕とロゼリアがアタシの目の前から消え失せ、戦場だった一帯に静寂が訪れた途端。


「────ぐうぅぅぅ……ッッッッ⁉︎」

「あ、アズリアっ?ねえっ!どうしちゃったの?ねえっ!アズリアっ?アズリアああッッ!」


 左眼の凍りつくような冷感が消え、アタシの身体を覆っていた氷の魔力が失せていくと。

 同時に、左脚に脇腹、肩口などの痛みが戻ってきてしまい、背中に背負っていたエルの重さで再び膝を折り。

 今度は身体を支えることが出来ずにエルに潰されてしまう形でうつ伏せに倒れてしまったのだ。

 

「……わ、悪いねぇエル、さすがに……アタシはもう限界だよ。とりあえず……背中の上から退いてくれないかねぇ……」

「あ……ご、ごごごめんアズリアっっ⁉︎」


 そう指摘されたエルが、アタシの名前を叫びながらも背中の上にいることに初めて気づいて、慌てて背中から飛び退いていく。



 ロゼリアが影の中に消えていき、この戦場に取り残される帝国兵ら、そして負傷し武器を手にする事すら叶わない老騎士ロズワルド。

 ロゼリアの退却命令で、一同は残存した馬車や軍馬に物資を詰め込み、退却の準備を進めてはいたが。

 三人の将軍を退(しりぞ)けた漆黒の鴉(デア・クレーエ)こそ倒れはしたが、エッケザックス傭兵団はほぼ健在だ。

 向こうが攻勢に出て追撃を受けようものなら、残った兵士らが帝国領まで辿り着くのは不可能に近い。


 それを見越したのか、トールらの前に歩み寄ってくる老騎士ロズワルドが膝を折り頭を下げて。


「……儂らは侵攻してきた側だ、こんな事を頼めた義理はないが。儂の首一つで、兵士たちを逃してはくれまいか?……どうかお願いする、頼む……」


 自分の生命と引き換えに、残った200人以上の帝国兵を見逃してくれるように頼み込んでいた。

 勿論、トールたちもこれ以上戦闘を継続する余力も気力も残っていなかったが、自分たちは「勝利した側」だと改めて認識する、もしくはさせるために。

 

「だ、そうだ……どうする、お前ら?」


 返事を即答せずに、フレアやエグハルト、オービットに一度話を振ってきたのだ。

 三人もトールの意図は理解していたし、何より自分自身がこれ以上戦えないことを理解している。


「逃げたいなら勝手にしたらいいんじゃない?どうせ戦争自体はもう決着してるんだし」

「……同感だ」

「というより、将軍をどうするかは俺たちじゃなく一騎討ちで勝った人間に決めてもらうのが筋じゃないか?……なあ」


 と、エグハルトがうつ伏せに倒れていたアタシにその回答を丸投げしてきたのだ。

 先程までアタシの背中に乗っかっていたエルは治癒魔法を使ってくれていたが、今こんな状態なのは魔力が枯渇したからでもあった。

 多分当分は立ち上がるのもままならないだろう。

 ……いや、そんなか状態のアタシにどうしろと?


「……今さら爺さんの首なんかいらないね。アタシが回復しないウチに、とっとと帝国に逃げ帰りなよ」

「儂を……帝国将軍たるこの儂をみすみす見逃すのか?」

「見逃すも何も、アタシたちは帝国軍に勝った。それだけで満足なんだよ。ああ……なら、アンタの戦斧(バトルアックス)でも貰っておこうかね」


 老騎士は頭を下げたまま顔は見えなかったが、その声から涙を流していたのだろう。

 さらに深く頭を下げていき。


「ということだ将軍。俺らの総大将が決めたことだ、俺ら傭兵団はアンタ達帝国軍を背後から追撃はしない、だからとっとと退却してくれ」

「……この恩は忘れんぞ、傭兵団。そして漆黒の鴉(デア・クレーエ)……いや、アズリアよ」


 トールが、ロズワルドごと帝国軍を見逃すと回答を返すと、それを聞いて老騎士は頭を下げたまま立ち上がり。

 (きびす)を返すと、帝国兵らに指示を出していき、不自由な腕のためか数名の兵士に肩を借りて馬車へと乗り込んでいった。


 こうして、ようやく。

 この戦場に本当に静寂が訪れ、空を見ると朝日が登ろうとしていた。

 

 アタシたちは、帝国に勝ったのだ。

 

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