88話 アズリア、炎の薔薇を斬り裂く
アタシが大剣を構えて微動だにしなくなって、場の空気が何かを仕掛けてくる予兆だと感じたのか。
焦りの色を濃くしていたロゼリアの顔色から動揺と侮りが消えていき。
この戦場に到着し、初めて彼女は目の前に立つ女剣士を対等の相手と認めた。
「まさか貴様が氷の精霊と契約をしていた上に、精霊憑依まで使いこなす魔法剣士だったとはな」
「……精霊憑依?」
「……そうか、精霊憑依を知らずにそれと同じ事をやってのけた、というわけか……は、はははっ、ロズワルドやロザーリオが手に負えない相手なのも頷ける」
ロゼリアが「精霊憑依」というアタシの知識にない単語を口にしたかと思えば。
突然、彼女の口から笑い声が漏れ出し。
「……私は貴様に謝ろうと思う。生命を奪おうとしながら、私は今の今まで貴様を格下だと決め付けていた。だから認めよう……貴様は真に私が倒すべき強敵なのだと」
そして、今まで無軌道に空中を飛び回っていた炎の華が、地を這いずり回る炎の竜が、術者であり主であるロゼリアの周囲へと集い始める。
「……貴様を認めはしたが、生かしておくつもりはないからな……これで終わらせるぞ、漆黒の鴉」
「……同感だね。そろそろアンタの顔も見飽きたんでね。早く街に帰って勝利の美酒を浴びる程飲んでやるためにも……覚悟するんだね」
ロゼリアとアタシの間に張り詰めた魔力と殺気が一気に膨れ上がり。
遠巻きに見ていたフレアやエグハルト、そしてトールといった傭兵団の連中が、撒き散らされる空気の奔流に腕で顔を庇いながら、それでも二人の決着を見守っていた。
「ロゼリア……あの凄い魔法を一纏めにして……一体どうするつもりなの?」
「それにアズリアのあの構え……きっとあの二人がこのまま衝突したら、下手したら両方とも無事じゃ済まないぞ……」
「大丈夫だ……姐さんのコトだ。きっと……笑って帰ってくるさ」
そして────……一瞬訪れる静寂。
アタシは大きく吸い込んだ息を吐くと同時に。
アタシの足元に張られる薄氷がロゼリアにまで伸びていき。その凍りついた地面を蹴り上げ、爆発的な加速力で真っ向から薄氷を滑るように突撃していく。
その速度は、アタシが筋力増強の効果を脚力に最大限発揮させて自らの足で駆ける時よりも速かった、その突撃を。
「はっ、最後まで馬鹿正直に突撃とは貴様らしいぞ、漆黒の鴉!」
ロゼリアは自分の周囲にあった炎の華と竜を自らとアタシの間に集束させ、集まっていった炎が一輪の大きな紅薔薇となって咲き誇り。
燃え盛る大輪の炎の薔薇を、一直線に突っ込んでくるアタシへと解き放ち迎撃してきた。
いくら大剣が氷の魔力を帯びているとはいえ。
「赤竜の咆哮」で生み出された炎の竜ですら弾くのが精一杯だったことが脳裏を過ぎる。
果たしてこのアタシ必殺の刺突、電光一閃があの巨大な炎の薔薇に通用するのだろうか……と。
すると。
アタシの頭に直接聞こえてくるのは、先程消えたハズの氷の精霊の声であった。
「心配することなど皆無だアズリア……左眼に宿る私の魔力をもっと解放してみろ。氷の精霊である私と精霊憑依しているお前ならば……な」
その言葉を信じてアタシは、isの魔術文字が宿る左眼へとありったけの魔力を注ぎ込んでいき。
霜が張った……いや、さらに白い靄を纏った大剣を天に掲げて、ロゼリアが放った炎の大輪へと剣を振り下ろしていった。
「────霜を纏う魔剣」
アタシの知らない言葉が口から漏れ出す。
いや、アタシではなくきっとコレは氷の精霊の知識なのだろう。
全力で効果を発揮させたならば物質だけでなく、空間や時間すら凍結させることも可能な魔術文字……凍結する刻。
アタシが普通に使えば、水を凍らせる程度にしか使う事しか出来ないが。氷の精霊の助力があればここまでの威力が発揮出来るのだ。
「……私が契約した炎の精霊と何度挑戦しても出来なかった精霊憑依をいとも容易く成功させた時点で嫌な予感はしていたのだ……だが、まさか……」
ロゼリアが呆れたような表情を浮かべ、背後に二、三歩後退りした後に尻を突いてしまった。
何故なら、彼女が放った炎の薔薇は。
完全に凍りつき白い薔薇と化していた上に、縦から真っ二つに割られていたからだった。
「……嘘だ……こんな幕切れだなんて……私は……」
凍結し、二つに叩き斬られた薔薇が地面に落ちると硝子が割れた時のような破砕音を響かせて粉々に砕け散っていった。
キラキラと煌めく氷の靄の中から、ロゼリアへと一歩一歩歩み寄っていくアタシ。
そして。
いよいよ、アタシは手に持った大剣の切っ先を。
ロゼリアの喉元へと、突き付けた。
「────じゃあな、ロゼリア将軍。アンタは強かったよ……」




