19話 アズリア、大樹の精霊に招かれる
──王都の南地区にそびえ立つ、精霊樹。
先日、ここを意図せずに訪れた時に出会った大樹の精霊ドリアード。
日を改めてアタシがまた精霊樹を訪れた理由は一つ。精霊にもう一度会って魔術文字の手掛かりが聞きたかったためだ。
アタシが右眼に宿した魔術文字は。
今は使い手のいない古代魔術とされ、魔術に関する書籍はおろか文字そのものもそのほとんどが喪失し、歴史に埋もれてしまったために知識を得ようにも手掛かりが少なすぎるのだ。
七年もの間、アタシは大陸中を旅して魔術文字についてを調べていたが。旅の成果と言えば、古代の図書館と砂漠の部族から得た二つの魔術文字と、僅かな魔術文字についての文献だけだ。
だが、人間よりも長い寿命を持つ精霊ならば、あるいは魔術文字を探索する手掛かりを知っているのではないかと思った。
当然ながら相手は精霊だ、会いたいと思ったから絶対に会える保証があるわけではない……と思ったいたのだが。
「そろそろ来る頃じゃないかと思っていたわ」
何故か……精霊がアタシを待っていたのだ。
確かにあの姿は、大樹の前にちょこんと立っている緑色の髪をしたシェーラと同じ年頃の少女は、どう見ても「ドリアード」とアタシに名乗って串焼きを一本黙って持って行った精霊なのは間違いない。
どうやら向こうもアタシのことを待っていたみたいな様子なのだが。
こちらが精霊に会いたい理由はあっても、精霊がアタシを待っている理由がわからないんだが。
唖然としているアタシに向かって、次に精霊が放った言葉は意外なモノだった。
「えっと……まずは……この前はお肉ありがと。あと、勝手に食べちゃって……その……ごめんなさい」
「え?……ちょ、ちょっと待って」
「あ、あとっ、人間の食べ物も意外と美味しかったわよっ!……こ、これで許してもらえるかしら?」
こちらから目線を逸らしながらも、小声でボソリと串焼きを一本無断で食べたことを謝ってきたのだ。
えっと……もしかして、串焼きのお礼と謝罪を言いたくて、律儀にアタシがここに来るのを待ってたとか?
だとしたら、精霊……可愛いな、ちくしょう。
「で、でもっ!……アズリアのことを気に掛けていたのは本当に本当なんだからっ────その右眼でしょ、魔術文字が宿ってるのは」
精霊がこちらを、というよりアタシの右眼を指差している。やっぱりこの精霊には右眼に刻印されている魔術文字が「視えて」いる。
なら話は早い。聞きたいのはまさに魔術文字の事なのだから。
アタシは大きくコクンと頷くと、精霊に自分の生い立ちを話していく。
「アタシはさ、この魔術文字が生まれながらに刻まれていたせいで普通の魔法が使えないんだ。だから……故郷を出る時に決めたんだ。世界に散らばってるとされてる魔術文字を残らず集めてやるって、ね」
「で、私のところに来た、というわけね。ふふん、正解よアズリア」
「え?」
一体、何が「正解」なのか。
呆気に取られたアタシの鼻先にビシッと指を差しながら、小さな女の子にしか見えない精霊は言葉を続けていく。
「串焼きの御礼ってわけじゃないけど、私はあなたを気に入った。だから私が知る限りの魔術文字の知識と歴史を教えてあげるわ」
「ほ、本当なのかい?……もう故郷を出て7年、まだ右眼を含めて三つの魔術文字しか見つけられてないのに……」
「ふふ、もちろん対価は戴くわ。精霊は時に人間に試練を与え、乗り越えた困難に相応しい報酬を渡す……人間が聞かせ伝える物語にも語られているハズだけど」
精霊が大樹の幹の根本に近寄っていき、幹に軽く手を触れると、幹の表面に現れたのは人一人通れる程の大きさの長方形の入り口のようなものだ。
「ここは私たちの住む精霊界と人間の世界とを分つ扉よ」
その入り口に半分身体を埋めた精霊は、アタシへと手招きしてくる。
残念ながらこちら側からは、入り口の向こう側がどうなっているかわからない。それでも境界線を踏み越えろというのだ。
魔術文字の秘密が知りたいならば、と。
「ふふ、アズリア……こちら側に来るのが怖い?」
思い出せば、今所持している「ken」と「dagaz」の2文字を見つけ出した時の出来事を頭に浮かべていた。
廃棄された古代の図書館を発見したり、砂漠の部族に崇められていた火の魔獣を一人で倒したり。いずれも膨大な時間と生命を失う可能性だってあった冒険だった。
それを思えば、未知の領域に踏み込む勇気なんて。
「はッ、魔術文字の手掛かりがあるなら、扉の一つくらい越えてやるよ」
「ならいらっしゃい、アズリア。精霊界へ」
アタシは精霊が開けてくれたその門を潜った。
──そこで待ち受けていたものは。




