83話 焔将軍ロゼリア、最大の火魔法
巻き起こる炎が収まっていくその中には、まだ黒焦げになることなくアタシが大剣を支えに膝を突いていた。
「あ、アズリアっ!……で、でもっ?……ど、どうして、あの炎の中で助かったの?」
「それは、アズリアの胸を見てみるがいい」
炎が直撃したにもかかわらず、無傷ではないにせよ生きていたアタシを見て。歓喜の声とともに何故助かったのかという疑問を抱いたエル。
その種明かしは、アタシから離れていた氷の精霊が指を差し示す先にあった。
「あ、赤く輝いた何かがアズリアの胸に……あれは?」
「そうだ。アズリアは間に合わぬと見て咄嗟に水の魔術文字を自らに描き、火の魔力を打ち消したのだ」
氷の精霊が説明してくれた通りだ。
あの瞬間、アタシは身体の傷から流れた自分の血で胸に「lagu」の魔術文字を描き、身体に張り巡らせた水の膜で巻き起こった炎から身を守ったのだ。
だが、ロゼリアの追撃は止まりはしなかった。
巻き起こった轟炎が消えるより前に、既にロゼリアは詠唱を紡ぎ始めていたのだ。
汝が属性は右の腕に天の光
そして左の腕には烈火
闇を裁き悪を焼き尽くす
二つを束ねた正義の剣の権限を
今、我が手に──
そう。
ロゼリアは敵であるあの女戦士に、絶対の確信を抱いていたのだ。
奴はたかが牽制に放った魔法ごときで死ぬ輩ではない、と。
だから彼女は、その牽制で放った炎から生還してくる化け物を迎え撃つために、自分が知り得る最大の火魔法の詠唱を始めていたのだ。
詠唱はなおも続けられていく。
紅蓮の守護者たる赤き竜よ
大地をも溶かし尽くす赫の息吹
我が願いに応え
その前に立ち塞がるもの
全てを灼き尽くせ──
ロゼリアが続けている詠唱の異変、というか違和感に、同じ火属性の魔法を得意とする魔術師のフレアが一番初めに気が付く。
「……何、何なの……あの詠唱……あれだけ長い詠唱の魔法なんてアタシ知らないわよ……それにあの詠唱内の力ある言葉、火属性だけじゃない……光属性、竜属性……一体いくつ詰め込んでるのよ、アレ……」
詠唱を聞いているだけのフレアの顔が青ざめ、思わず後退りしてしまう程に戦慄していたのだ。
今、詠唱を紡ぐ魔法に対する未知の恐怖で。
そして、ロゼリアの口から長く長く紡がれていた詠唱がついに終わる。
だが、これだけ時間を置きながらもアタシはまだその場を動くどころか、膝を突いたままで立ち上がることすらままならない状態だ。
「……くそっ!許せよアズリアっっ!」
さすがにアタシがまだ立ち上がれない状態なのを見かねたエグハルトが、持っていた投擲槍を構えて、詠唱を終えたばかりのロゼリアへと投げ放つのだが。
投擲された槍がロゼリアに届く手前の空間で炙られ、穂先がロゼリアに到達する前に槍がドロリと溶けて地面へと落ちる。
「────な、何ッ⁉︎や、槍が……溶けて無くなった、だと……」
投擲槍が溶かされたことに驚愕の、次いで恐怖に表情を固めていくエグハルト。
「無駄だ。詠唱を終えた今の私の周囲には炎熱の結界が張られている。その程度の槍では結界に傷を付ける事も出来んよ」
「強力な魔法の発動の時に、障壁や結界が発生する事例は聞いた事あるけど……武器を溶かす程の結界なんて……聞いたこともないわ……」
フレアの声が震えている。
当然だ。いくら強力な炎の魔法と言えど、武器や鎧を溶解させる程の炎など一介の魔術師、いや国家に仕える宮廷魔術師ですら扱えるモノではない。
「アズリアを何とか救おうとする気概は買おう。どが……これ以上邪魔をするなら、巻き込んでも文句は言わせんぞ?」
「……ひッ?」「……う、うぉぉぉ……」
アズリアに放っていた殺意を込めた視線を、槍を投擲したエグハルトやフレアに向けると。
それだけで戦意を喪失したのか、先に膝を折ったままのフレアに続いて、エグハルトも殺気に気圧され膝を折り体勢を崩してしまう。
「さあ、邪魔は無くなった……いくぞ。
────右の手に天の術式、熾天なる劫火」
ロゼリアが右手で魔力を解放していくと、空全体に赤く煌めく無数の火の粉が舞い始め、その火の粉がそれぞれ一つの生き物のように、空を飛び交う。
と、同時に左手を下に向け。
先程の超級魔法を維持したまま魔力の解放を始めていくと、彼女の足元の大地が大きくひび割れていき、その割れ目より赤い光が噴き出していく。
「────左の手に地の術式、赫き竜の咆哮」
そして天に掲げた右手と、地を差す左手を身体の前で合わせてある一点に集中すると。
ロゼリアの周囲に張られていた空気の揺らめき、宙に舞う火の粉、そして地面から噴き出す赤い閃光の全部が集中した箇所を焦点として……加速度的に収束していく。
それはまるで空中に赤い焔の薔薇が咲くように。
「さあ……これが私が扱える最大の火魔法にして二つの超級魔法を合成させた創作魔法……そして、帝国を敗北へ導いた漆黒の鴉──貴様に対する最大の礼儀だ」
ロゼリアの魔力が最高潮に高まっていき。
二種の超級魔法が収縮、そして融合し生まれた炎、いや──炎を超えた、焱が辺り一帯を覆い尽くす。
今や、この戦場は焔将軍が生み出した焱によって支配されたと言っても過言ではなかった。
「せめて散るならば、我が焱の薔薇で華麗に燃え散るがいい────黄昏の紅薔薇」
今やロゼリアの指先一つで、戦場に立つ全ての人員。トールやエル、フレアやエグハルト。それにロゼリアが率いる帝国兵一人一人の生命をいとも簡単に奪うことが出来る空間。
そんな中、自らの旗印を名付けたロゼリアの創作魔法が、ゆっくりと照準を定めた。
まだ身動きの取れないアタシへと。




