82話 アズリア、火の鳥に焼かれて
息を切らし傷を負った伝令兵からの、帝国軍本隊が既に敗走した報告を黙って聞いていたロゼリア将軍だったが。
おもむろに口を開き、その場にいる配下の兵士らに指令を下す。
「聞いた通りだ、我々は敗けた。かくなる上は我らが今すべき事は生きてこの場、ホルハイムより迅速に撤退し帝国の地に帰ることだ……皆、急ぐのだ」
部隊を率いる将軍の指示を受けて、まだ動く余裕のある兵士が負傷者を抱え、馬車に乗せられるだけ負傷者を積み込んでいく。
両腕を負傷したロズワルド将軍も無事な兵士に二人掛かりで肩で担いで、馬車へと運び込まれていった。
数的不利を覆して死闘を繰り広げたエッケザックス傭兵団の面々も、もはやそれを止めたり、手助けをするような余裕は残ってなく。
ただ帝国軍が退却の準備をするのを眺めているだけであった。
────だが。
その指令を出したロゼリアはこの場を一向に動こうとしない。否、動こうとしないのではなく……彼女はただ一点のみを凝視していたのだ。
その視線の先にあるのは、息を荒らげながら片膝を突き、何とか大剣で身体を支えている女戦士の姿。
「ロゼリア将軍?」
「お前たちは先に退却せよ。私は……私には、まだこの場でやらなければならない事が残っている」
「将軍⁉︎……将軍にはまだやらなければならない責任が……」
「案ずるな、自害ではない。お前の言う通り、私が生きて帰らねば大勢の兵士を失ってしまった事をジーク様に言い訳が出来んからな。それに何よりも────」
もう戦いは終わった筈なのに。
ロゼリアの眼だけは、今でも戦いが続いているかのように視線に殺意が込められていたのだ。
「漆黒の鴉……奴をこの場で始末する、いや……奴が弱っている今だからこそ、この場始末しないといけないのだ」
突如、彼女の両手に炎が現れると、巻き起こった炎が彼女の掌の上で渦巻きながら球体を形作っていく。
「この女は、生かしておけばいずれ帝国にとって大きな障害となる……現に我々のホルハイム侵攻は奴の蜂起と参戦で敗戦にまで追い込まれた。故に私が漆黒の鴉を今この場で見逃す理由がないのだ……ッ」
掌の上に浮かぶ炎の塊から翼が生まれ、最初にロゼリア将軍と遭遇した時に放ったのと同じ無詠唱の「灼熱の鳥」の発動を完了すると。
その二つの灼熱の鳥を視線の先の女戦士目掛けて解き放つ。
「────死ね、我らが災禍の種よっッッ‼︎」
まさかこの後に及んで戦闘行動に出るなどとは、この場にいる帝国兵も、フレアやエグハルトの傭兵団の面々も想像していなかったのだ。
「……アズリアっっっ⁉︎」
「避けろっっっ!……アズリア?アズリアっ!」
疲労と傷ついた身体は咄嗟に動くことが出来ず、膝を突いているアズリアに声を上げるのが、フレアとエグハルトが出来る精一杯の行動だった。
そしてもう一人。
まともに動ける氷の精霊が、放たれた火の鳥を撃ち落とそうと、地面に氷を張りその上を滑るように移動して、凍結拳による弾幕を張るが。
「こ、この魔法……軌道が不規則過ぎるぞ?くっ、何とか一発は叩き落とせたが……」
本当に生きているかのように宙を舞う二羽の火の鳥は、一羽こそ氷の弾幕に捉えられ白い蒸気を上げて消滅したが。
氷の精霊の拳をすり抜けていくもう一羽の火の鳥が、膝を突き動きを止めたアズリアへと迫っていた。
火の鳥が身動きの取れないアズリアを捉え。
その身体を紅蓮の炎が包み込んでいった。
「我々と互角以上に戦うために色々と策を練ったようだが、もはや万策尽きたようだな漆黒の鴉……そのまま燃え尽きるがいい」
アズリアを巻き込んだ燃え盛る炎を見て、絶句すしその場に膝を折るフレアと、荷台から様子を伺っていたエルが飛び出してくる。
そのエルを背後から羽交い締めにして必死に制止するエグハルト。
「……う、嘘ぉ……ねぇ……返事してよ、アズリア……ねぇ……冗談、よね?」
「いやああああああ⁉︎アズリアぁぁぁあああ!」
「ま、待てエル!今飛び込んでももう……」
「離してぇぇえエグハルトぉお!アズリアが……あの炎の中にアズリアがいるなら助けなきゃ……」
「騒ぐな人間ども……もし本当にあの炎でアズリアが黒焦げになったのなら、何故まだあの女は詠唱を止めていないのだ?」
氷の精霊の言葉通り、魔法が命中しアズリアが炎に焼かれているのにもかかわらず。
ロゼリアはさらなる魔法の発動のために詠唱を始めていた。しかもこの詠唱の長さと内容からして推察されるのは、上級魔法や超級魔法を凌ぐ魔法。
それより上位の魔法などと言うものは多分、遺失魔法か創作魔法のいずれか、しか考えられない。
今、目の前の焔将軍はそんな魔法を構築しているのだ。
そう、アズリア一人を焼く、そのためだけに。




