80話 王都アウルム、帝国本隊の戦況
今回は帝国軍本隊に視点を移しての話となります。
説明が長いのはご了承下さい。
「いつまで経っても奴等の食糧が尽きないのは一体どうなっておるのだ!……各地から徴収する筈の補給物資も滞り、気付けば包囲している我らのほうが物資不足で喘いでいるではないか!」
王都アウルムを包囲する帝国本隊の軍議において、最初の一声は上座に座っていた総指揮官であるバイロン大将軍の叱咤であった。
周囲の席に座っている将軍らはその指摘の内容に一つも口を挟むことが出来ず、ただ顔を俯きながら沈黙を守るだけだった。
一人の将軍がその沈黙を破り、席を立ち上がり意見を口にする。
「恐れながらバイロン将軍……いくら王都を地上から包囲しているとはいえ、上空からの補給は我々も止める手段はありません。まさか奴等……女面鳥を飼い慣らしているとは……」
「言い訳はよい!下から矢を射るなど対策はないのか!」
「それが、魔獣の分際で要らぬ知恵だけは身につけているようで、弓矢の射程の届かぬ上空へと……」
「……もうよい。座れ」
バイロンが掌を下ろして意見を述べた将軍に着席を促すと、それ以後は黙ったまま一礼して席に座る。
遅々として王都攻略が進まぬ現状にバイロンは頭を抱えてしまう。予定通りならば既に王都を攻め陥とし、同じ頭を抱えるにしても勝利後の事後処理である筈だったのだ。
だが、この戦場には魔物でも棲んでいるのか。
南部最大の都市ラクレールで大規模な叛乱が起き、統治を任せていた息子シュミットとの連絡が途絶えたため。
紅薔薇公の連中を戦功から遠ざけるために、叛乱の鎮圧という名目で王都包囲から外し南部へと派遣を要請したのだったが。
本隊から連中が抜けたのと時を同じくして包囲のための布陣が上手く動かなくなる場面が目立つようになった。王都を防衛しているホルハイム軍はその布陣の弱点を逃さず突いてきて大打撃を受けること数度。
さらにはイオニウス王が魔剣の力で放つ雷撃の被害があまりにも甚大となり。対策として魔法部隊による魔法防壁を張ろうにも全ての部隊に使うような余力も無く、本陣を防御するのを優先した結果、兵士らの不満を溜めることとなってしまったのだ。
そして最初の叱咤の内容である。王都を包囲して物資の流入を防ぎ食糧不足からの士気の低下を招けば、攻略も容易になるのが定石である筈だった。
ところがホルハイム側は女面鳥による空からの物資輸送を行っていたのだ。
一方で我々はホルハイム側に侵攻しているために帝国側から物資を補給し続けるわけにもいかず、侵攻時に持ってきた物資以外は占領地からの徴収で補填する手筈だったのだ。
紅薔薇の部隊を三分割してホルハイム各地を制圧したのも、背後から増援部隊による攻撃を防ぐ目的と、物資の徴収という二つの目的がある……というのがロゼリア将軍の提案だった。
だが、蓋を開けてみれば。
叛乱の兆しのあるラクレールは元より、西からも東からもパタリと補給が止まってしまったのだ。今では食糧不足は我が軍のほうが深刻な問題となってしまっていた。
指揮系統への不安と不満。そして物資不足。
しかも東部や西部の補給が止まったということは、もしや東部や西部でもラクレールと同じように叛乱の予兆があるのではないか?
こんな事なら、三分割した紅薔薇軍を本隊に呼び戻さずに、それぞれの地域からの補給に専念させておけば良かった。
そんな事を考えていた矢先であった。
軍議を行なっているテントへと、普通ならば軍議中はテントへ入る事が許されていない兵士が息を切らせて駆け込んでくる。
「……も、申し上げます!我が軍の背後よりホルハイム軍以外の敵対組織が我が軍を攻撃しています!」
「何だと!直ちに反撃し、王都から挟撃を受ける前に押し返せ!」
「……で、ですが。連中の先鋒である戦士に苦戦を余儀無くされていて。現在、周囲の部隊も協力して迎撃に当たっていますが……戦況は思わしくなく、その……」
つまりは自分らだけでは対応出来ないので援軍を要請する、という事か。
「……ならば、本隊から帝国重装騎士を割こう。10騎ほどで鎮圧は可能だな?」
「は、はいっ!ありがとうございますっ!」
早速、略式の書類にサインを記してその伝令に持たせて、事が深刻にならない内に鎮圧出来ることを願っていると。
再びテントに伝令らしき兵士が入ってくる。最初は先程の伝令が報告し忘れた情報でもあったのかと思ったが、どうやら別の伝令のようだ。
「ほ、報告いたします!東よりイスマリアの教会騎士団が王都目指して進軍しているのを確認っ!東部に残留していた我が軍は既にイスマリア軍によって壊滅した模様っ!」
「……な、何だと……?」
まさか、イスマリア教会がホルハイムとの戦争に介入してくるとは予想外であった。
連中がお抱えの教会騎士は全員が聖騎士級の能力を有している、言わば帝国重装騎士のようなモノであり戦力的に無視は出来なかったが。
イスマリア自体が他国との争い事に関与するのに消極的だということもあり、敢えて戦略上無視していたのだが。
王都から、ではないが。これは二方面から挟撃を受けている以上、鎮圧に全力を尽くさなければこのまま本隊が瓦解する可能性も有り得なくはない。
「クロービル将軍とトマス将軍は、配下の部隊を率いて直ちに東から進軍してくるイスマリアの教会騎士団を迎え撃て!」
「はっ、父上!」「了解しました」
「ロードス将軍とガンテ将軍は、先程の命と重なるが帝国重装騎士を10騎と配下の部隊を率いて、謎の部隊を殲滅にあたれ!」
「はっ!」「直ちに!」
「……ガンテ将軍。そちらで暴れている先鋒はどうやら腕が立つ猛者のようだ」
「ははっ、楽しみですな。今回の遠征ではまだ腕の立つ敵と出遭えてませんのでな」
と、笑い合うバイロンとガンテの二人だった。
そのままバイロンは立ち上がると、テントを出て行こうとするクロービルの肩を無言で叩き。彼、クロービルも無言で頷いてテントを後にする。
だが、帝国の名だたる将軍らもこの時はまだコルチェスターとイスマリアという両国の援軍に挟撃を受けているという戦況の深刻さを、真に理解はしてはいなかったのだ。




