77話 アズリア、焔将軍を追い詰める
先程顔面に受けた凍結拳を、今度は立て続けに全身に浴びせられた炎の精霊は、全身から白煙を上げて精霊界へと還されていった。
「ば、馬鹿な……イフリートが、敗けた……だと?」
炎の精霊と契約を結んでいたロゼリアは、契約を交わした精霊が強制的に送還されていく様をただ呆然と馬上で見ているしかなかった。
だから、彼女は忘れていたのだ。
本来、自分へ剣先を向けてきたのは誰だったのか、という事を。
だからその誰かが、氷の精霊の肩から降ろされた場所から居なくなっている事を気にも留めていなかったのだ。
「……何をボケっとしてるんだいっ!まだ戦いは終わってはいないんだよ……ッッ‼︎」
だからアタシは魔法による迎撃を受けることなく、ロゼリアが乗る軍馬の足元にまで駆け寄っていた。
大剣を両手で握り、その刃を横薙ぎに振るい彼女が乗る軍馬の胴体を真横に斬り裂く。軍馬は致命傷を受け、激しく暴れて嘶きながら、上に乗るロゼリアを振り落とそうとする。
「……く、くそッ!このままでは────浮遊っ!」
このままでは暴れる軍馬に巻き込まれて押し潰されてしまうと思ったロゼリアは、無詠唱で一般魔法を発動させ、身体を宙に浮かせて馬から離れていった。
だが、ある程度は魔法の知識があるアタシはロゼリアが落馬を避けるために、「浮遊」を使うのは読めていた。
だからこそ、アタシは既に彼女を剣撃の間合いの範疇内に捉えていたのだ。
「何もかも読み通りだねぇ……今度こそ終わりにしてやるよおッッ!」
しかも今は魔法を発動中な上、契約していた炎の精霊を送還されて先程までのような魔法の行使は出来ない……とアタシは踏んだ。
だからこそ一分の隙も与えず、右眼の魔術文字を発動させて大剣を振り下ろす。
ロゼリアの頭を叩き割るために。
だが……アタシの大剣の一撃はロゼリアの頭に届くその前に、赤く輝く魔法の防壁が剣撃を防いでいたのだ。
それでもアタシは、彼女との間に張り巡らせた魔法の防壁を筋力増強で増大させた膂力にて押し切ろうとしていた。
「咄嗟に発動させたが……防御魔法が間に合ったようだ。もし、魔法が間に合わねば……確かに貴様の言う通り終わっていただろうな……ぐッ」
「まだだよ……ぐぐゥゥ……アタシの攻撃はまだ終わっちゃいないんだ。この防御魔法さえ破っちまえば……ねぇ?」
アタシがニヤリと口端を吊り上げ笑うと同時に、張られた魔法の防壁が甲高い音を立ててヒビが入る。
「な……何だと?いくら無詠唱で発動させたとは言え、この防壁は帝国重装騎士の突撃にも耐え得るのに……」
「この後に及んでアタシも舐められたモノだねぇ……アタシの一撃はあの重装騎士と同じ程度だと思われてたのかい?」
その台詞と同時に、魔法の防壁は目の前で硝子が割れるように砕け散っていった。
「うわあぁぁぁぁぁぁああッッ⁉︎」
だが、今度こそロゼリアに届く筈の剣撃を妨害したのは、あらぬ方向から飛んできた戦斧だったのだ。
「ぐッ!ぐううぅぅぅぅぅッッ‼︎……はぁッ……はぁッ……だ、誰だいちくしょうがッッ!」
アタシは飛来する凶器を防ぐために、本来ならば眼前の女将軍の頭をカチ割る筈に振り下ろされた剣撃で斧を弾いていく。
元来、投擲するようなモノではない戦斧を投擲したのは、最初にアタシとの一騎討ちに敗れた後は沈黙を貫いていた老騎士ロズワルドだった。
「……まだ帝国はお主を失うワケにはいかんのでな」
相手の対応を読み切って放った一撃を凌がれたのはアタシにとっても想定外だった。元々、氷の精霊に応急処置を施してもらい無理に動いていたアタシの身体もそろそろ限界に達していた。
着地したアタシは左脚に走る激痛で三度膝を突いてしまう。身体を倒さずにいたのは大剣で身体を支えていたからであった。
傭兵団の連中は疲弊が激しく、オービットやエグハルトも帝国兵からの攻撃で傷つき、フレアは魔力が枯渇し。
かたや帝国軍側も動ける兵士はもはや戦場には残り僅かとなっていて、老騎士ロズワルドは両腕が紫色に変色して戦える状態ではない。
多分まともに動けるのは、ロゼリア将軍と氷の精霊の二人だけだろう。
そんな戦場に、蹄を打ち鳴らす音と共に軍馬ではなく速く駆けるための伝令馬が到着すると。
緊急の要件なのだろう、敵であるアタシらもいるのにもかかわらず馬から降りた一人の兵士が必死の形相でロゼリア将軍へと報告を始める。
「……も、申し上げますロゼリア将軍っ!お、王都を攻略していた帝国軍本隊が先程敗北っっ!バイロン将軍は戦死の模様っっ!」
「……な、何だとっ⁉︎……本隊に、何が起きた……?」




