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110話 アズリア、窮地を脱する

 おそらくは、想像していた速度でなかったからなのだろう。

 背後から、驚嘆の声が聞こえてきた。


「──な」


 それもその筈。金属鎧(プレートメイル)を装着しているガリエラを背負っていたにもかかわらず、四足の獣を思わせる速度で駆けていたからだ。


 生まれながらに右眼に刻まれた奇妙な文字が、アタシに授けたのは一時的に全身の筋力を飛躍的に上昇させる「力の開放」だけではなく。

 日常的にすら、常人を(はる)かに超える筋力をアタシは有する身体になってしまっていたからだ。

 一体、どれ程かというと。

 養成所でも、脚の力や持久力を鍛える目的で石をパンパンに詰めた革袋を背負って長時間走る訓練内容があるが。

 他の訓練生が革袋一つなのに対し、アタシはその革袋を四つ背負わないと互角の状態にならない程だった。


 今、アタシの背中には金属鎧(プレートメイル)を装着したガリエラがいるが。

 石の詰まった革袋四つの重量と、ほぼ同じ。背負った瞬間こそ、その重量が膝に負担となり思わず声を漏らしてしまったが。

 今はすっかり身体が慣れてしまっていた──だから。

 少しでも早く、ランディらの背中に追い付くためにアタシは全速で疾走した。


 まるで弓から放たれた鋭い矢の如く。


 出発直後、アタシはマデリアに「背負って運べ」と言われた事に苛立ち。驚かせる目的でつい、でマデリアを背負った状態で全速で走ってしまい。口から泡と悲鳴を吐かせてしまったが。

 さて、背負われていたガリエラはというと。


「な、なな、何だっ? こ、この馬鹿げた速さはっ!」


 走り出す直前の警告があったからか。背中から落ちないようアタシの首に腕を回し、自分の身体を支えながら。

 顔に当たる風の勢いと、目紛(めまぐる)しく展開する視界に驚きの声を漏らすのみ。

 マデリアのように取り乱しはしてはいなかった。


 いや、それどころか。


「凄いぞアズリアっ! この速さならばきっと追い付けるっ!」


 背中のガリエラは、興奮冷めならぬ様子でアタシの肩に手を置くと。落ちないよう脚を抱えているのを逆に利用し、アタシの頭の上から身を乗り出し。

 背負われている、という状況を明らかに楽しんでいた。

 だったら、こちらも加減をする必要はない。

 

 先程は「全力で」と言ったが、あれは嘘だ。

 アタシはまだどこかでガリエラの身を案じ、無意識の内に力の加減を掛けてしまっていたようだ。

 だからアタシは──今一瞬だけ、背負っていたガリエラへの気遣(きづか)いを、綺麗さっぱり忘れる事にした。


 それに姿を見失った今ならば。ランディらの進んだ道を一々確認する必要もない。ただ単純に前を追えば良い、それだけなのだから。


「──ッ、まだまだ! こんなモンじゃ、ない……よおッッ!」


 地面を踏む脚にさらなる力を込める。


 一つ大きく息を吸い、そして吐いたのを合図に。速度を上げるために前傾(ぜんけい)し、力を込めた脚で地面を大きく蹴った。

 剥き出しの地面が爆ぜ、ア体勢を低く前に傾いたまま、アタシの身体が前方へと跳躍した。ガリエラを背負っていたにもかかわらず、である。


 しかも今、ガリエラが一身に受けている風は。少なくとも人が二本の脚で出せる速度では、決してなかった。

 となれば、当然。


「う……おおおおおお⁉︎」


 背負われながらも背筋を伸ばした体勢のガリエラに、前から吹き付ける風の圧が一番押し寄せるのは道理。

 凄まじい風の圧に押され、ガリエラの端正(たんせい)な顔が(ゆが)む。


「う、ぐぅっ……このままでは、お、落ちる、っ?」


 さすがに風圧を顔で受け続けたままでは耐え切れない、そう確信したのだろう。

 次の瞬間、ガリエラは肩から手を退()け、アタシの首に両腕を回して背中にしがみ付いてきた。

 

 アタシが両脚を支えている以上、ガリエラが地面に落下し投げ出される事は絶対にないが。風圧に負け、後方に倒れれば。

 背負われる体勢から一転、アタシが両脚を掴んだまま、後頭部を地面に打ち付けたガリエラの身体を引き()る事になってしまう。

 

「あ、アズリア、お前……っ! 私を振り落とす気かあっ⁉︎」

「そうそう、そういう反応が見たかったんだよッ」


 ようやく危機感を抱いたガリエラに、アタシは満足し。

 一直線に、地面に残ったガリエラの馬の(ひづめ)の跡を追う。


 地面を強く蹴り、生じた反動を出来る限り前方へと解き放つ。ガリエラを背負ったアタシの身体は地面すれすれで浮き、前方へと高速で移動。

 着地と同時に再び地面を蹴る、を繰り返す。

 地面を蹴った力を可能な限り、速度に変換するためには身体の上下の揺れを最小限にする必要があったが。

 

「舌噛まないように、しっかり掴まってなッ!」

 

 それでも跳躍している以上は、いずれ足裏が地面に触れてしまう。

 地面に足が着き、再び跳躍するその瞬間。どうしてもアタシの身体は上下に揺れる。

 油断していると、その振動で舌を噛んでしまう場合がある。それを背後のガリエラに注意したのだが。


「お、おいっ? あ、あれは──」


 ガリエラに注意を(うなが)すため、アタシが足元や進路から目線を逸らしたのはほんの一瞬ではあったが。

 見えていなかった前方を、突如としてガリエラが指差した。察するに、何かを発見したかのような反応に間違いない。

 アタシが前方へと向き直ると。


 丁度(ちょうど)、街道に出た地点にて立ち止まって、こちらに手を振っている集団を発見する。

 その集団とはまだ距離が遠いためか、詳細な顔を判別する事は出来ないが。

 その人数は四名、内一名は馬に騎乗している。


「おおい! 何やってんだアズリアあっ!」


 と、手を振りながらアタシの名前を呼んでいたのは。

 聞き間違える筈のない、ランディの声だった。

 

 アタシはつい先程、ガリエラを背負う決断をする直前に。先を歩くランディらがアタシら二人の不在に気付き、いずれは足を止めてこちらが追い付くのを待つ、とは予想したが。

 ──まさか、こんなにも早い位置で待ってくれていたとは。


「み……皆んな、ッ!」


 四人を見失ってから、まだ(わず)かではあったが。心情的には半日程、別行動をしたような感覚に襲われ。

 すっかり安堵(あんど)した事で、駆ける速度が一気に緩み。前方に跳躍しながら、ではなく地に足裏を着けるゆっくりとした走法へ切り替えたアタシは。

 ガリエラを背負ったまま、待ってくれていた四人との合流を果たす。


 待ってくれていた四人も、遅れて合流したアタシを歓迎してくれる──。


「……って、何でガリエラ様を背負ってるんだ?」


 という訳では決してなく、四人の視線はアタシが背負っていたガリエラに集中していた。

 合流までの短い間に一体何が起きて、ガリエラは背負われる事態になったのか、という疑問を含んだ視線。


 しかし、ガリエラが自分の足で歩いていないという状況下で。想像できる事態は、ただ一つしかない。

 (すなわ)ち、ガリエラが「脚を痛めて歩けなくなった」としか。

 ──となれば。

 脚を負傷する事態に一番、関与しているのはアタシと思うのも当然の流れと言えよう。


 だから四人の視線は即座にアタシへと向けられた。おそらくはこの状況の説明を求めるために。

 

「……い、いやいやいやッ!」

 


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