72話 アズリア傭兵団、雪辱戦に挑む
ロザーリオが事切れ、老騎士ロズワルドは腕を強く痛めたのだろう、まだ膝を地に突いたままだった。
まだ数的には帝国軍が圧倒的に優勢であったが、二人の将軍が立て続けに撃破された事実が兵士たちの口から徐々に伝わっていく。
そして「勝てるわけがない」という敗北感も。
「好機は今ねっ──── 爆裂火球ッッ‼︎」
そんな烏合の衆と化した帝国兵らに、ここしかないという場面で馬車を走らせながら、荷台から追い討ちを掛けるフレアとエグハルトの後衛コンビ。
巻き起こる爆炎と爆音、そして爆風に紛れての投擲槍で兵士らの恐慌と混乱は最高潮に達し。
「うわぁああっ⁉︎に、逃げろおおおっ!」
「しょ、将軍を殺るような連中に勝てるかよぉ!」
「だ、誰だよラクレールの残党なんて楽勝なんて言ったのは⁉︎」
「し、死にたくねぇ!こんな勝ち戦で死ぬなんて俺ぁゴメンだああっ!」
叫び声を上げながら散り散りになって逃走を始める紅薔薇の軍勢。
連続して放たれたフレアの火炎魔法がやたら敵陣で燃え広がっているのは、傭兵団の連中が荷台に積んでいた獣油を革袋に詰めて、戦闘の最中にそこら中に撒いて回っていたからだった。
敵陣で燃え盛る火の手に逃げ惑う兵士ら。
このまま、混乱に乗じて優勢に戦いを進めたかったアタシらの希望を打ち砕くかのように、敵の本隊と思われる集団から馬に乗り現れた一人の人物。
先の二人の将軍と同じ紅に染めた全身鎧を身に纏ったその人物は……赤みを帯びた金髪を後ろで一つに束ねる凛々しい女だった。
「諸君、慌てるな────炎よ鎮まれ」
その女性が無詠唱で魔法を発動させると、この辺り一帯で燃え盛っていた炎すべてが勢いを弱めていき、そして白煙のみを残し火が消えてしまい。
恐慌を煽る炎が鎮火したことで、混乱した兵士らも徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
「……あ、アイツは……忘れもしないわ、あの顔」
「……ああ、アイツは……俺たちがラクレールを防衛していた時の帝国軍の総大将だった女だ」
その女の顔を見て、明らかに表情を厳しくするフレア、そしてエグハルトの二人。
「……ろ、ロゼリア将軍が何でこの時期にこんな場所に?今は王都侵攻で本隊と同行しているとばかり……」
「そうかい……アレがロゼリア将軍なんだね?」
そしてイリアスが漏らす言葉で、アタシはあの女がラクレールでトールらエッケザックス傭兵団を完膚無きまで敗戦に追い込んだ若干16歳の天才、ロゼリア・フランベルジェ将軍その人だと知る。
アタシはそのまま歩いて女との距離を詰め。
「アンタがロゼリア将軍かい?」
「お前が漆黒の鴉……だな?」
互いがほぼ同時に、相手の素性を問い掛けた。
「だったら……目的は理解してるよねぇ?」
「まさか噂の漆黒の鴉がホルハイム側に手を貸し、赤の三将軍の二人が倒されるとは私の想定外の連続だ……王都を攻略している本隊も果たしてどうなる事やら」
「?……何の話だい」
「いや、済まない……帝国にも色々と事情があってな。まあ、我々も将軍二人をやられた以上は貴様ら全員を討ち取るまでは王都には帰れん」
「それはコッチも同じさぁ。このままラクレールをもう一度陥されるワケにゃいかないんでね」
「やはり……ナイトゴーント隊の連絡が途絶えたのは貴様らが」
「まさか帝国が吸血鬼を飼い慣らしているとはねぇ……」
「それ以上は深く詮索しないほうがいい。最も……貴様はここで朽ちて果てるのだから意味のない詮索だと思うがな」
「残念だけど、アタシが死ぬ時はベットの上で安らかに……って決めてるんでね。その想定には応えてやれそうにないねぇ」
アタシが右眼に魔力を込め背中の大剣に手を掛ける。
同時に、馬上のロゼリアの両手に炎の塊が生まれる。
「雷剣の名を冠する傭兵団としては帝国軍相手に、しかも同じ相手に二度は敗けられないんだよっ!」
「帝国の、しかもジーク様から赤薔薇の旗を授かった身として私は……私だけはあの二人のように敗けることは許されないのだ!」
決意の言葉を言い終え、馬上の彼女から放たれる二つの炎の塊が鳥の形をとって、掌から放たれるとまるで本物の鳥のように不規則な動きで、だが高速でアタシ目掛けて飛んで来る。
思わず大剣で迎撃しそうになるがアレは魔法だ。剣で受け流そうとしても火達磨になるのはアタシのほうだ。
「アズリア!横に飛んでッッ!」
背後から聞こえてきたフレアの声に合わせ、ここは地面を勢い良く蹴り、その場から大きく飛び退いて地面に着弾する一発目の火の鳥を躱していくと。
フレアが詠唱して放った「爆裂火球」がロゼリアの火の鳥と衝突する……が。
衝突した火球は火の鳥に喰われ、巨大になった炎の鳥をアタシは避けきれずに左脚が火に包まれる。
「ぐ……ううッッ!なんとか……脚一本で済ませたけど……今、フレアの魔法を吸収した?」
「う……嘘でしょ?コッチは詠唱してるのに……それでもアイツには通用しないって言うの⁉︎」
ゆっくりと馬の脚を進めて脚を焼かれて動きを止めたアタシへと間合いを詰めるロゼリア。
背後から魔法を放ったフレアに向けて指を差し。
「先の戦いでまだ理解出来ていなかったか、凡庸な火の魔術師。流石に今ので貴様が詠唱までした火の中級魔法でも、この私の無詠唱の初級魔法を打ち消すのは無理だと理解出来た筈だ」
そうだ、確かイリアスから聞いていた。
この女将軍は、指揮と炎魔法の天才だったと。




