70話 アズリア傭兵団、戦況を巻き返す
「……あ、アンタ達、何でココにいるんだいッ⁉︎」
本来なら、とっくに南門からエクレールへと退いている筈のエッケザックス傭兵団の連中が、何故か今アタシの目の前に現れて帝国兵と戦いを始めていた。
そもそもアタシが自分でも無謀だと思う単騎での突入を試みたのも、この連中を無事逃すためだったのに。
助けられた嬉しさより、驚きの声をアタシは上げずにはいられなかった。
「ねぇアズリア、誰がいつアンタに助けてくれ……なんて頼んだかしらぁ?」
「それに元々これは俺たち傭兵団が請け負った戦争だからな。最後まで残るのは当然だろ」
「……俺たちは一度このラクレールで手酷く敗戦し、アズリア……お前に生命を助けられた身だ」
「要するにだっ!姉さん一人を置いていくなんて案に、ウチの傭兵団は誰も乗っからなかったんだよ!」
エグハルトとフレアは馬車の荷台から、アタシを取り囲む帝国兵相手に火魔法と投擲槍で応戦していた。
トールとオービットは馬車から飛び出してくると、攻撃の手を止めたロザーリオとアタシの間に立ち塞がり、睨みを利かせていた。
それに、よく見ると馬車は一台ではなかった。
ラクレールに補給部隊を擬装した時の三台の馬車がそのままこの戦場に乗り込んできて、傭兵団はおろか御者役のノースまでもがそこにはいた。
火魔法や投擲槍で仕留めきれなかった兵士らを傭兵団の連中とノースで食い止めていた。
すると荷台にではなく、トールの隣の御者席に座っていた一人の修道女が馬車から飛び降りるや否や、アタシの元へと全速力で駆け寄ってくる。
今にも泣きそうな表情を浮かべながら。
「……馬鹿っ!アズリアの大馬鹿っ!もしかして、と思ってたけどまさかホントに一人で撃って出るなんて……馬鹿じゃなきゃやらないわよっ……」
「エル、アタシはさ──」
「いいから黙ってて!……言い訳とか謝罪の言葉は全部あとでまとめて聞くわ。今は……その傷を治療しないと」
アタシがこの後に及んで何かを言おうとする唇を、エルは指を押し付けてきてその言葉を制す。
そして、背中に突き刺さったままの短矢を掴むと。
「この腫れ、毒ね。少し痛いけどアズリアなら平気よね、抜くわよ……よい……しょッ!」
掛け声と同時に刺さっていた短矢を抜き、そのまま無詠唱で解毒魔法を発動させるエル。
「時間がないからまずは毒だけ抜くわよ。傷口はそのままだから、あまり時間はかけられないわ……でもアズリアは馬鹿だから平気よね?」
「……ああ、アタシは馬鹿だから平気だよ。ありがとね……エル」
解毒魔法の効果はすぐに実感出来た。今まで手足に力が入らなかったのが嘘のように、地面を力強く踏み締めることが出来る。地面に落としそうになった大剣を握ると、恐ろしく軽く感じる。
感覚が元通りになるその代わりに、矢を受けた背中の傷は傷から流れ出す血が感じられるほど鋭敏になった……だが、戦場で身体が自由に動かない事に比べれば、こんな痛みは大した事はない。
アタシがエルからの解毒魔法を受けている間、睨みを利かせてくれていたオービットとトールに対して、掌を叩きながら無造作に歩を詰めてくるロザーリオ。
「おやおやぁ?援軍かと思いきや、つい先日我々帝国軍に敗れて逃げ果せた、確か……エッケザックス傭兵団の皆様ではないですかなぁ?」
「……確かに俺たちは敗れた。それも見事な程に」
「ああ、だから俺たちは今度こそ勝つ」
そんな強気な発言とは裏腹に、トールもオービットも頬に数滴の汗を浮かべていた。決して疲労からではない、言わば……冷汗を。
「……はぁ。アンタら傭兵団は確かにラクレールで帝国本隊に対してよく戦ったよ。でも……俺ら紅薔薇軍の将軍を名乗る人間の強さを忘れたワケじゃないよ、なぁ?」
そして、ロザーリオはゆっくりと異国の曲刀を構え……アタシに放ったのと同様の鋭い剣撃を二人へと繰り出していった。
「……うおおッッ⁉︎はっ、速ぇぇっ!何だこの攻撃はッッ……ぐうッッ⁉︎」
戦鎚という重量級の得物を振るうトールは鋭く速い攻撃に対応出来ず胸や腹を斬り裂かれるが、長年の傭兵としての勘や経験から何とか急所だけは避けていた。
「……速い、だけでなく重い。このままでは、武器が保たんか、くそッ」
元々軽戦士として振る舞っているオービットは、さすがにロザーリオの剣撃の速度には目や身体が付いていけているものの。その攻撃を受けている連結刃は武器としての構造上、強度が脆いのが難点だ。現にオービットの持つ連結刃は幾度となく攻撃を受け、繋げた刀身が軋み、悲鳴を上げていた。
「ほら、ほらぁ!どうしたどうしたぁ?……あの女は毒を受けながらもう少し楽しませてくれたがねぇ……剣の速度を上げるけど、まだ俺が楽しむまで……死ぬんじゃねぇぞ?」
曲刀を振るいながら楽しそうな笑い声を上げるロザーリオだが、その一撃一撃の鋭さと速度は終始二人を圧倒し、アタシの前に立ち塞がりながらも終わらない連撃に徐々に後ろに押されていた。
その頃アタシは身体から毒が消えるのを待ちながら、遠目からロザーリオの攻撃を観察していた。
毒を受け身体の自由が効かなかった状態で急所を避けるのに必死で、奴の剣筋を見定める余裕などなかったが。
回復のための時間稼ぎをしてくれている二人のおかげで、今のアタシは奴の剣筋をじっくりと見極めることが出来た。
ありがとな、トール。オービット。
それに……応援に来てくれた皆んな。
次はアタシが……その想いに応える番だ。




