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68話 アズリア、窮地に陥る

「こ……こいつはぬかったねぇ……ッ」


 短矢(クォレル)が突き刺さったのは、鎧を着けていない右の背中だった。外套(マント)越しなので刺さり具合は運良く浅かったが、傷口の疼きや火照り具合からして……毒が塗ってあるのは確定だった。


「……やはりな。お前のような戦場で鼻が効く傭兵連中は、いくら雑兵の中に伏兵を混ぜても殺気で気付くだろう、だから俺は人を使わず仕掛けを作っておいたが……まさかここまで上手くいくとはな」


 背後の短矢(クォレル)が飛んできた方向へチラリと視線を向けると、囲みの兵士らが脇に退いたその奥には、アタシに向けて十字弩(クロスボウ)が備えられていた。

 体勢を崩したロザーリオもすっかり持ち直して異国の曲刀を片手に構え直す。

 アタシもそれを迎え撃つために片手で大剣を握ろうとするが、指が震えて上手く握れなくなっていたために両手で剣の持ち手を握り締める……力を込めてないと今にも握った剣を落としてしまいそうになる。

 間合いを取るための脚も上手く動かない。


「はははっ、瑠璃花(ロベリア)の痺れ毒を受けてまだ動いてるとは鴉とは余程鈍感なのかと呆れてしまうが……脚が覚束(おぼつか)ないぞ?」

「ぐッッ……う……こ、この程度ッ……」

「しっかり構えてないと死ぬぞ?まあ、そのほうが楽にはなるからお勧めだがな……そら!そら!」


 ロザーリオの鋭い剣閃は、首筋に、脇腹に、そして心の臓といったアタシの急所に容赦無く狙いを定め、幾度となく振るわれていく。

 握りの甘いこの状態では、いつものように力任せに大剣を振るのは難しい……どうしても相手の攻撃をただひたすらに凌ぐのが精一杯になってしまう。


 その間にも、背中から全身に巡っていく毒の効果は徐々にアタシを蝕んでいく。背中の傷だけはズキズキと激しく痛み、心の臓の鼓動が頭の中でガンガンと鳴り響いているのに手足の感覚だけは薄れ鈍くなっていくのだ。

 「ing(イング)」の魔術文字(ルーン)で解毒を試みようにも、ロザーリオの剣撃が止まないことには文字を描く隙が見つからない。

 ……こんな時はやはり、魔術文字(ルーン)のせいで一般魔法が使えない体質というのが非常に恨めしくなる。


「毒を喰らえば楽勝かと思いきや、案外粘るな……ならば。おいお前たちっ!これは一騎討ちではない、集団で取り囲み確実にこの女を仕留めろ!」

「……ロザーリオ、貴様っ!策を弄した事までは黙認しようと思ったが、帝国軍人として!ジーク様の名を背負う者として!毒を使い、挙句にはその相手を集団で嬲ろうとは……」


 防御に徹するアタシに業を煮やしたロザーリオは、傍に控えていた兵士らにアタシとの一騎討ちにこの場の兵士を全員で参戦させるよう命じる。

 さすがに我慢が出来なくなったのか、未だ膝を突いたままのロズワルドが厳しい表情をアタシにではなく、ロザーリオに向け恫喝に近い勢いで声を張り上げた。


「……おい爺さん。俺はアンタが負けた相手を倒してやったのに、その言い草はないだろう?誇りだジーク様がどうだと言うのなら……まずは勝てよ、爺さん?」

「……ぐっ、その通りだが……我らは……」

「まあいいさ。この話はあの女を仕留めてからにしようぜ、爺さん」


 ロザーリオの命令でこの場を囲む兵士らが一斉に剣や槍を構えて、ジリジリとアタシとの間合いを詰めて近寄ってくる。

 痺れ毒で身体の自由がままならない状態で、ロザーリオの剣撃を凌ぎながらこれだけ大勢の兵士に一斉に攻撃されてしまえば、いかにアタシでもひとたまりもないだろう。


 せめて魔術文字(ルーン)を一文字でも刻むことが出来れば……この絶対的不利な状況をひっくり返すコトが出来たのに。

 ロザーリオの罠にかかり、大した戦果を上げる事もなくこんなトコでアタシは倒れるのか……今は罠を張ったロザーリオよりも、戦場で罠に掛かる油断を許したアタシに腹が立つ。


「チッ……単騎でも案外いい働き出来ると思ったけどねぇ……まぁ、さすがにそれは出来過ぎってモンかぁ」


 段々と、ロザーリオの剣撃を完全に受け流せなくなり、急所を斬られるのは辛うじて避けているものの、逸らした剣閃が腕や頬、太腿などを斬り裂かれていく。

 せめてもの救いは、痺れ毒の効果で斬られても痛みを感じなくなっていることぐらいか。


 これだけアタシが弱っているのを見て、先程までの暴れっぷりやロズワルドとの一騎討ちに勝った事で躊躇していた兵士らも「これなら勝てる」と思ったのだろう。

 ある兵士は剣を構え、またある兵士は槍先をアタシへと向けて雄叫びを上げて向かってくる。


 アタシもいよいよここまでか……と覚悟した時。


「────灼熱の紅蓮華(イグニッション・ローゼス)ッッ‼︎」


 アタシに迫ってきた複数の兵士の胸を赤い閃光が貫いていき、次の瞬間にはその身体を赤い炎が包み込む。

 炎に焼かれる兵士らが断末魔の絶叫を上げながらその場に崩れ落ちるその様子を見て、まだアタシへの攻撃を躊躇していた他の連中はすっかり踏み留まってしまっていた。

 その足を止めた兵士らへ、夜闇から飛んでくる投擲槍(ジャベリン)が次々と突き刺さっていく。


 続けて夜闇から出てきたのは、ラクレールの方角から走ってきた御者席にエッケザックス傭兵団の団長トールが座っている二頭立ての馬車だった。

 

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