17話 アズリア、子供らに策を授ける
そうアタシに聞かれ、まだ戸惑いを隠せない様子の四人組の子供らは互いに顔を見合わせて小声で相談を始める。
もちろん、アタシの助言を子供らが聞かないと選択するのは自由だし、それならば仕方のないことだ。
だが、まだ諦めてない眼をした少年だけは違った反応を見せる。アタシに向かって一度頭を下げると、こちらの手を握ってきたのだ。
「お、お願いしますお姉さんっ!……お、俺たち、どうしても冒険者にならなきゃいけないんです!……だから、だから……っ」
顔を上げた少年は実に切迫詰まった、今にも泣き出しそうな表情でアタシを凝視していた。
よく見れば、アタシの手を握ってきた少年の指は小刻みに震えている。
そんな震えを止めるように、少年の手を優しく包むように握り返していくアタシ。
「わかってる、悪いようにはしないよ……だからまずは聞かせてくれないかい?アンタら四人が何が出来るのかを、さ」
「──は、はいっ!」
そう、まずは作戦会議だ。
アタシは子供ら四人の名前と大まかに自分らの得意なことを聞き出していった。
三人の相談を待たずにアタシへ助言をお願いしてきた少年がカイト。
その隣に立っている活発そうな雰囲気の少女がリアナで、背後でネリを庇っている頭ひとつ抜きん出た長身の少年はクレスト。
最後に気弱そうな少女がネリ、と紹介される。
前衛の分担はカイトとリアナ。
二人とも得意な武器は片手剣のようだが、カイトは攻撃よりも防御が得意らしくもう一方の手には盾を持ち。対してリアナは、片手を空けたままで脚の速さと俊敏さを生かした速攻と撹乱が得意なようだ。
そして後衛のクレストとネリだが、クレストは射撃武器による遠距離攻撃を。ネリは何と風属性の初級魔法の攻撃魔法なら数種類か使えるらしい。
「うん、大体わかったよ。それなら──」
その情報を元にアタシはとある作戦を立て、それぞれ違う役割を子供らに説明していく。
話では冒険者に登録する前から色々と弱い魔物で訓練していたという四人だったが、弱い魔物とは全然違う複雑な役割を聞いて明らかに戸惑ってはいる様子に少し心配になるものの。
四人の顔からは既に負けたような弱気な雰囲気はもう感じなくなっていた。
「この作戦で一番重要なのがカイト、アンタなんだからね────ここでさ、ネリに良いトコ見せておきたいんだろ?」
と、最後にこっそりと耳元で周りに聴こえないようにカイトを揶揄っておいた。というのも、先程からカイトは頻りにネリに視線を向ける仕草が気になったからだが。
アタシの言葉に顔を真っ赤にするカイトだったが、どうやら緊張は解れた様子だった。
「ほら次だよ。子供だし、四人いっぺんでいいからかかってくるんだね」
そして二戦目の開始の合図。
試験官であるメノアは、初戦と同じく自分からは動かずにカイトらがどう動くのかと様子見の態度だ。
アタシは、元二等冒険者の彼女が子供相手に絶対に生まれるだろう油断と慢心に付け込んだ作戦をカイトらに吹き込んだのだ。
前衛に立っているのはリアナとカイト……ではなくクレスト。合図と同時に試験官であるメノアの両側に駆け出し三角形のような陣形を取る。
あらかじめクレストは何個か石を拾っておき、その石を帯布を使って簡易スリングを作り投擲していき、ネリは風の初級魔法である「風の弾」をメノアに確実に命中させていき、威力こそ低いものの足止めの効果を十分に発揮していた。
試験官であるメノアの身体に刻まれた傷痕の多さから「避けるのが上手ではない」というアタシなりの推測は、どうやら的を射ていたらしい。
リアナは遠距離二人に狙いを定める前に接敵して攻撃しては一歩間合いから引くのを繰り返す。
「──そろそろかねぇ」
膠着状態が続けば戦闘経験のない子供らが不利。
それを打破する合図として口笛を吹くと、ネリはそのタイミングで自分が使える魔法の中で一番強力な風魔法の詠唱を始めていく。
「へえ、その年齢で魔法が使えるとは感心だ……だけど前衛が動き回ってちゃ、魔術師がガラ空きだよっ!」
さすがにそれを見て、準備を中断させるためにネリに狙いを絞り、接敵するリアナを振り解いて突撃する試験官だったが。
その進路を妨害する位置へと割り込んでくるのは本来の位置である前衛にいなかったカイトだ。
木剣を攻撃ではなく、受け流すための盾としてメノアに立ち塞がる。
「さ、させるかよっ!……ネリはオレが守るっ!」
メノアも何とか魔法を妨害しようとカイトを押し退けようとするが、防御に徹したカイトは年齢に見合わぬ頑丈さで元・二等冒険者の実力者の猛攻を押し留める。
メノアが完全に目の前のカイトとネリに意識を釘付けになり足止めが成功した、と判断したアタシがもう一度口笛を吹く。
すると──クレストは助走をつけてから、メノアの頭部目掛けて持っていた木剣を投擲してみせる。
「がっ?……い、痛たたた……な、何だってんだい?」
後頭部に木剣が命中し、熟練者の癖なのか攻撃が飛んできた方向を、思わず目で追ってしまったメノア。
そこに生まれる意識の隙。
絶妙な間で詠唱を完成させたネリが、手の中に生まれた風魔法を、一瞬だけ注意を逸らしたメノアへと目掛けて解き放つ。
「ふ、吹けっ────風の渦!」
巻き起こる風の渦をまともに受けて、そのまま後方へ倒れたメノアは。
上半身をむくりと起こすと、降参の合図である両手を上げて模擬戦を止める。
「やれやれ……子供だと思ってたらやるじゃないか。これだけやれたんだ、アンタたち四人は文句なしに合格だよ」
「「「「や、やったぁぁぁあ!」」」」
降参の合図と試験官のメノアの言葉を聞いた四人が歓喜の声を上げながら、決め手となった魔法を発動したネリに抱きついていく他の三人。
こうして二戦目はカイト達の勝利で無事終了した。
「はぁぁ……よかったよぉ、自分のコトでもないのに焦っちゃったよ、まったく」
どうやら作戦が思いの他上手くいったみたいで、自分が戦うより緊張したのか、思わず握り込んでいた掌は汗でびっちょりだった。
この作戦は以前にアタシが傭兵稼業をしていた時に、魔物を村人ら総出で生捕りにした際に提案した方法を真似ただけ。村人に攻撃魔法は扱えなかったから、松明だったんだけど。
「あ、ありがとうございます!」
「凄い……まさか、勝てちゃった……」
「こんなにあの作戦が上手くいくなんて」
「これでお母さんの薬……買ってあげられる」
カイト達からは助言の御礼を言われ、ついさっきまで三人に揉みくちゃにされていたネリなんかはみんなの後ろで泣いていた。
冒険者になれたくらいで喜んでちゃ駄目だろ……母親に薬買ってやらなきゃいけないんだからさ。
「さぁて、喜んでるとこ悪いけど次はアタシの番だねぇ」
最後に残ったアタシが、観戦していて鈍っていた肩や腕をぐるぐると回して模擬戦の準備をしていく。
でも……作戦授けて勝たせておいて、自分はあっさり負けちゃいました、じゃ格好つかないよね。
立ち上がってきた試験官のメノアが、落ちた木剣を拾い上げながら、アタシへと歩み寄ってくるなり。
「あの四人に後ろから口出ししてたのはあんたかい」
「別に助言がいけない、なんて聞いちゃいないからねぇ」
「いや、あたしもそのことを諌めるつもりはないよ。ただ……ちょいと八つ当たりをしてしまうかもしれないねえ?」
と、どうやらカイトら四人に作戦通りに動いてしまった自分が腹立たしいのか、喧嘩腰でアタシへと話し掛けてくる彼女だった。
ということは初手からカイトらに見せた油断や慢心などは見せてこないだろう。
……いや、参ったねぇ。
試しに組合で貸してくれる模擬戦用の木剣を何度か振ってみたのだが。普段からアタシが扱う大剣と比べるとあまりに軽過ぎて、武器の扱いの巧みさでは試験官に勝機が見当たらなかった。
だから模擬戦が開始してすぐに、試験官の攻撃に合わせて木剣目掛けアタシの木剣を力任せに叩きつけた。
結果、アタシとメノア、双方の木剣が砕け散る。
「────は?」
その結果を最初から想定した上で剣同士をぶつけたアタシは、目の前で自分の剣が砕けて一瞬呆然とした彼女の顔面に拳を放ち。
命中する寸前、振り抜いた拳を試験官の鼻先で止めた。
「アタシの勝ち、でいいかい?」
拳を顔面に拳が直撃する直前で止めたにもかかわらず、覚悟していたのであろうメノアが呆気に取られ、その場でペタンと地面に尻を突いてしまう。
受付の人や試験官、それに遠巻きに観戦していたシェーラやカイト達もすっかり黙り込んじゃってたけど。
「え?……武器破壊って別に禁じ手とかじゃないよね?」
まあ、結論から言うと。
アタシは見事、冒険者試験には合格出来た。
「風の弾」
空気で出来た拳大の塊を直線上に飛ばす風魔法の初級魔法。威力は石を投げ付ける程度だが、弾が透明なために回避が難しい。慣れた魔術師だと軌道を操作出来るようになる。
「風の渦」
激しい気流を掌から発生させ、その衝撃波を対象にぶつける風魔法の初級魔法。先の「風の弾」が投石ならこちらは大槌で殴られる程の威力だが汎用性に乏しい。




