67話 アズリア、老騎士とその決着
アタシとロズワルドの二人が交わす言葉を止める。
すると、その周囲で一騎討ちの様子を見ている兵士らでも感じ取れるほどに、二人の間に渦巻く緊張感に息をするのも忘れる者まで現れる。
アタシは血で描いた魔術文字が刻まれた大剣を肩に背負い、間合いを詰めようと一歩目に踏み込む脚に力を込める。
息を吸う音と吐く音、ロズワルドとの呼吸が重なり。
次の瞬間、二人はその場から前方へと駆け出して互いの武器を相手に向けて全力で振り抜き、再び戦場に激しく金属の衝突音が響くと同時に。
「ぐ⁉︎……おおおッッッッ⁉︎」
老騎士が呻き声とともに、握っていた戦斧を地面へと落としていたのだ。
アタシはその隙を見逃さずに、武器を失った老騎士の首筋に大剣の刃を突き付けた。
「ぐうぅぅ……お、お主、一体何をした……?」
そのままの状態で膝を突くロズワルド。
先程までの軽口と違い、歯軋りするような悔しさが滲み出ているような低い声でアタシを見上げる。
「……さて、ね」
そんな視線を受けながら、アタシは不遜に口端を吊り上げて笑ってみせた。
種を明かせば、大剣に刻んだこの「lagu」の魔術文字なのだが。
水の精霊に譲渡された魔術文字だけあって、最初は一定量の水を生み出す効果しか知らなかったが。
一度、試しにこの魔術文字を大剣に刻んで振るった時に感じた異変。それは、大剣が異常なまでに軽く感じたのと、剣を打ち付けた石が叩いた外側ではなく……内側から崩れたことだった。
どうやら水の魔術文字を剣に刻むと、水面に石を落とすと波紋が広がるように、打ち付けた対象へ波紋の代わりに衝撃を伝える効果が付加されるらしいのだ。
とはいえ、対人戦で試したのはこれが初めてだったが、予想以上の効果を見せてくれたと言えよう。
……ありがとね、水の精霊。
「……というワケだ。老騎士との決着はついたから、そろそろ姿を見せたらどうだい?」
アタシは剣を突き付けた老騎士にではなく。
老騎士と遭遇した時からずっとアタシに向けて放たれていた殺気の主に向けて、声を張り上げてみせた。
「はっ、やはり食えない女だなアンタ。ロズワルドの爺さんと戦ってる時も常にこっちに隙を見せずに立ち振る舞ってたんだからな……」
すると、兵士の囲みの中から頭を掻きながら歩み出てくるのは、老騎士と同じ赤い鎧を身に纏った神経質そうな細身の若い男だった。
その男は見た事のないような曲刀を抜き放ちながら、無造作にアタシが一呼吸で踏み込める間合いへと足を進めて……間合いに入る手前で、止まる。
「どんな手を使ったのか知らないが……これでもロズワルドの爺さんは、うちの軍で俺と違って兵士に睨みを利かせる重要な役割なんでね。殺さないでくれるとありがたいんだが」
「ソイツは出来ない相談だねぇ……仮にもロズワルドは将軍なんだろ?アタシとしちゃ、タダで倒した将軍の首を明け渡せ、なんて我儘を受け入れると思うかい?」
「この俺、ロザーリオも将軍だと言ったら?」
「……話は変わってくるねぇ」
アタシは老騎士の首筋に突き付けていた大剣を離して、ロザーリオに向けて構え直す。
間合いの外側にいる彼、ロザーリオは腰に差していた曲刀の鞘を地面に投げ捨てて、両手で握った曲刀を真上に振り上げた構えのまま、間合いの内側へ足を踏み入れてきた。
「もらったよぉッッッ!」
アタシはその瞬間にロズワルドの傍から地面を蹴り上げて地を這うような低い体勢で一気にロザーリオへと距離を詰め、横に構えた大剣を彼の真下から斜め上へと斬り上げていった。
踏み込みの早さか、それとも斬撃の速度か、はたまた低い体勢からの攻撃に慌てたのか、後ろによろけながら何とか斬り上げを躱すロザーリオだったが、彼の胴体を覆う赤い鎧がパックリと割られて地面へと落ちる。
鎧を両断されて焦った表情なのかと思えば、ロザーリオはニヤリと嫌な感じの笑みを浮かべていた。
「噂通りの猪突猛進振りだな、鴉。だが……これで終わりだよ」
すると囲んだ兵士らの中から不意に何かがアタシ目掛けて飛んできたのだ。殺意を持たずに背後からのその飛来物をアタシは避けることが出来ずにマトモに受けてしまうと。
それは矢ではなく短矢だった。
そう、アタシの背中には一本の短矢が刺さっていたのだ。




