66話 アズリア、老将軍と出会う
こうしてアタシは三つほど陣を焼いて、そこの指揮官らしき兵士を斬り伏せていった。
そろそろ帝国軍も奇襲により上がった火の手で起こった兵士らの混乱も落ち着いてきて、アタシを追い詰めるために組織的な作戦行動に出てくる頃合いだろう。
すると、背後から凄まじい殺気と空を斬り裂く音が迫るので、身を翻して迫りくる殺意の元凶を躱すと。
アタシの背中から明らかな殺意を持って襲ってき
たソレは、巨大な両刃の戦斧だった。
「ふむ。不意を突いてみたが容易にはいかんな、流石は鴉。煩く飛び回る事迷惑この上無いわ」
その戦斧を握るのは、片目に眼帯をした初老の男。その男が装着していた鎧は、帝国軍の紋章を刻んだ鎧ではあるものの、兵士が着用している鎧とは質の違う、赤く塗られた全身鎧。
「……どうやら今までの連中とは違うのが出てきたみたいだねぇ……アンタ、名前は?」
アタシは不意を突かれたこの間合いを嫌って後ろへと飛び退いて一度距離を取るが、隻眼の初老の騎士はその場から動くことなくアタシが体勢を整えるのを待ってくれていた。
そんな老騎士にアタシは名を訊ねる。
「ふむ。自分を殺す相手の名を知らぬまま地獄へ落ちるのはちと不憫じゃな。よかろう、名乗ってやるとするかの」
余裕か?……いや、不意を突いた攻撃が通じなかった時点で仕切り直したかったのは向こうも同じだったのだろう。
兜から見える白い髭を整える余裕を見せながら、老騎士は一旦息を整えると。
「儂の名はロズワルド。これでも大公からは将軍の地位を頂戴しておる身だ……これで満足か?」
「ああ……満足も大満足だよ。それにしても、王都を攻めてる最中に将軍サマがわざわざご登場とはねぇ」
確かに、アタシが王都を包囲していた本隊に突撃せず、ラクレールに待機していたのは。背後から挟撃されるのを嫌うであろう本隊がこちらへと迎撃部隊を派遣するのを見越して……だったが。
まさか、最初から将軍級の人間が釣り上げられるとは予想以上の結果だ。アタシは思わず笑みを浮かべずにはいられなかった。
あと一歩踏み込めば互いに必殺の距離となる位置に立ちながら、アタシは老騎士との束の間の問答を楽しむ。
「ふむ、帝国軍にも相応の事情があっての。さて、それでは今度は儂が名を聞く番じゃな……お主の墓碑には何と刻めばよいかの?」
「────アズリア。あいにくと、帝国側で広まってる鴉とやらの異名はキライなんでねぇ……もっともアタシゃまだ墓に入る予定は立ててないんだけどね、爺さん」
「ふむ。アズリアとやら、人生というものは大概予定通りには進まぬものだぞ」
「あっはは、違いないねぇそりゃ」
アタシの言葉を最後に、互いに沈黙し。
深く息を吸い込む音が聞こえるまでに集中した後。
深く息を吐いて振りかぶったロズワルドの重い戦斧の一撃と、筋力増強の魔術文字で強化されたアタシの大剣の一撃。
互いの武器が二人の間で衝突し合い、どちらか一方が力負けすることなく打ち付けられる激しい金属の激突音が幾度となく戦場に鳴り響く。
久々に出遭った敵となり得る存在に、多分アタシは口の端を吊り上げて笑っていたのだろう。
何故そんなことを思ったのか……それは、ちょうど眼前にアタシを殺すために立っていた老騎士ロズワルドが、まさにそんな笑みを浮かべていたからだ。
それからもアタシは老騎士に、老騎士はアタシに渾身の刃を放つも互いの防御を崩すことが出来ずにいたのだったが。
「うおっっ⁉︎……し、しまったわっ!」
十数回目の衝突の後。ロズワルドが武器同士を打ち付ける衝撃に耐え切れなかったのか、戦斧を振り上げたまま身体が後ろに流され体勢が崩れた。
「その隙……もらったよッッ!」
好機とばかりに、アタシは腹を斬り裂こうと右から左へと横薙ぎに大剣を奔らせるが。
焦った表情から突然ニヤリと笑いだしたロズワルドは、ポツリと力ある言葉を口にする。
「若輩者にやらせはせんよ────風霊の城壁」
ロズワルドの身体の前に、風の中級魔法で作成された目に見えない魔力障壁が現われ、アタシの放った横薙ぎの大剣は腹に届く前に弾かれてしまう。
すべては隻眼の老騎士が仕掛けた罠だったのだ。
「ぼ、防御魔法だってぇ⁉︎」
「そんな攻撃で儂の防御を崩したと思ったか?……確かに腕と武器は互角じゃったが、経験の差が勝負を分けたようじゃな」
立場が逆転し、大剣を弾かれ体勢を崩したアタシと。その隙に崩した体勢を立て直して戦斧をアタシの頭をカチ割ろうと振り下ろさんとする隻眼の老騎士。
「ふむ……楽しい時間じゃったが、これで終わりにしようか」
「……まだだッ!……まだアタシは終わらないよッッ!」
苦し紛れだったが、横薙ぎに踏み込んだ左足を軸にして無理やりに身体を大剣が弾かれた右側に回転させ、ロズワルドの左側から戦斧に向けて斬り上げていく。
あわよくば、此方を仕留めようと隙だらけの胴体に一撃でもと思っていたが。アタシの斬り上げと老騎士の斧の一撃はほぼ同時だった。
「ほぅ……今ので仕留め損なうとは……やるのう!」
「チッ……てっきり油断してくれるとばかり思ってたんだけどねぇ。老いたとはいえ、さすがは帝国の将軍だ、思い通りにってワケにゃいかないねぇ……」
ロズワルドが罠を張っていたのはわかっていた。アタシはその罠に敢えて乗っかり、その隙を突いてやろうと画策したが、結局はどちらの思惑通りにもならなかった、というわけだ。
今度は向こうが一度後退して、仕切り直しのために間合いを空けてくると……息を大きく、深く吸い込み、そして吐く。
多分、何かの魔法を発動させたのだろう。
「……ふぅ。やはりお主のその剣の腕前には儂も相討ち覚悟で斬り込む以外に、勝つ方策が見出せんわ」
「どちらが勝つか、はともかくその提案には賛成だね。アタシもこれ以上時間稼ぎに付き合うつもりはないからねぇ」
「珍しく意見が合う……か。言ってはいけないことだが、お主が同じ旗を仰いでいればここまで我が軍が追い込まれることもなかったのじゃろうな」
老騎士との一騎討ちに帝国軍が気が付かぬ筈もない、次々と帝国兵がこの場に集まってきてはいるのだが。
アタシと将軍である老騎士との一騎討ちを邪魔しないように、遠巻きにアタシ達を囲んでいた。
そんな中で老騎士の独白を聞きながら、アタシも手袋で覆われていない右手の指に犬歯で傷を入れて、滲む血で大剣に血文字を描く。
炎を操る「ken」の魔術文字ではなく。
本来ならば水を作成する「lagu」の魔術文字を。
「いや、やっぱ帝国の人間とは意見が合わないね。同じ軍だったら、こうしてアンタの斧を受けられなかったじゃないか」
「ふむ……確かにな、それは由々しき事態だ」
勝敗を賭けた一撃を交わすというのに、アタシも目の前の老騎士もまるでトールら傭兵団の連中と会話を交わしているような空気が流れていた。




