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64話 アズリア、出撃の準備をする

 エグハルトの見立てでは帝国軍がラクレールの街の手前にまで迫るのは明日の昼らしい。

 なら、アタシは少しでも奮戦して時間を稼ぐために、夜中のうちに単騎で出撃して奇襲を掛けるのが最善の策だろう。幸いにここ数日は昼に寝て夜は見張りなどで動いていたために夜中に行動する体調の変化などはない。


「……さぁて。手筈は全部イリアスに頼んでおけたし、寝る前にやっておくコトは……もうないかねぇ」


 イリアスには、帝国軍が侵攻してきた都市の北側と真逆の城門側に馬車を待機して、今夜のうちにトールら傭兵団を引き連れてエクレールの街まで退却するように口添えしておいた。

 だとしたら、アタシのすべき事はもうない。

 後は、今晩存分に暴れられるようにキチンと朝食を食べてから睡眠を取るだけだ。


 街でアタシらの食事を提供してくれている食堂の女将に頼んで、いつもの朝食より少しばかり豪勢に、焼いた燻製豚(ハム)に蒸した芋、焼きたてのパンに赤葡萄酒(ワイン)のスープを用意してもらった。


「……お。ねぇ女将、このスープ美味いねぇ」

「それはね、そのスープにゃこの国自慢の葡萄酒(ワイン)を使ってるからだよ」

「へぇ、そうなんだ。でもさ、そんな自慢の葡萄酒(ワイン)だったら、スープでだけじゃなく酒として飲んでみたいんだけどねぇ……?」

「本当なら朝から酒は提供してないんだけどね、そこまで褒められたら……特別だよ?」


 辺境の村ではエル達が仕込んだ麦酒(エール)をご馳走になったが、本来はホルハイムは葡萄酒(ワイン)が有名な国でもある。

 寝る前なので、朝からだろうが遠慮なく葡萄酒(ワイン)も女将に頼んでしまった。


 食事を終えて少しほろ酔いながら寝床に着くアタシだったが、寝ようと瞼を閉じても中々眠りにつく事が出来なかった。

 

「参ったねぇ……柄にもなく、敗け戦が怖くなっちまったのかね、アタシ」


 ここに来る前に砂漠の国で、普通なら勝てないような魔族の大侵攻にも立ち向かったのに。

 だけどあの時は国王を始めとして、ハティら(ギザ)の部族やノルディア達近衛騎士ら全員の協力があったからこそ勝てた。

 でも今回は帝国軍の数は100や200ではないだろう、対してこちらはアタシ一人……ホントなら被害が出ないのを喜ぶべき筈なのに。


 もちろん、こんなトコで最後まで戦い続けて死ぬつもりはない。なるべく時間を稼いでからラクレールとは違う方面に逃げるつもりだ。

 それでも……これは戦争で、帝国兵はアタシを殺すつもりで剣を向けてくる以上は、絶対にアタシが死なない保証など何処にもないのだ。


「はは……もし、死んだらごめんな、ハティ」


 こんな時に最初に頭に浮かんできたのは、ここに来る前に好きだと告白をしてきた(ギザ)の部族の次期族長候補のハティの顔だった。

 だが、そんな自分の口から漏れた呟きをアタシが聞くことはなかった……その頃にはもう意識が睡魔に負けて朦朧としていたからだ。


 ……どうやらいつの間にか寝ていたみたいだ。

 目を醒ますと、窓から朱い斜陽の光が差し込んできて、陽が落ち夜が近いことを教えてくれる。


 寝る前に外していた左半身のみの甲冑を装着していき、いつも通りの臨戦態勢を整えていく。壁に立て掛けていた大剣をチラッと見ると、軽い手入れこそ欠かさなかったものの、色々と傷や刃毀(こぼ)れが目立ってきている。


「随分と無茶に付き合って貰ったね、相棒。これが終わったらさ、本格的に鍛治師に手入れをお願いするとするよ……だから、今はしっかり働いてくれよ?」

 

 そんな愛用の得物に語り掛けてから背中に背負って、個室を出ようと扉を開けると。

 そこには顔をしかめたエルが立っていた。


「な、何だいエル?そんな浮かない表情して……」

「左肩。いいから黙って肩見せなさいよ」


 最初はイリアスやフレア達辺りからアタシが単騎で出て行くのを聞いて、てっきり止めに来たのかと思って戦々恐々としたのだったが。

 肩を見せろと言われて、エルの有無を言わさぬ雰囲気に気圧されて黙って屈み、左肩の傷を見せると。


「────大治癒(ハイ・キュアー)


 エルが左肩の傷に手を添えて中級(エキスパート)の治癒魔法を発動させると、塞がってはいたものの残り続けていた痛みがスーッと引いていく。


「おお、肩があがるよっ!いや……助かったよ、エル……エル?」


 肩の高さにまでしか上がらなかった左腕が、エルの治癒魔法のおかげでしっかりと肩を回せるまでに回復していた。

 これで存分に戦える、とエルに御礼を言おうとあらためてエルの顔を覗くと、目に涙を溜めて泣くのを必死で我慢しながら。


「お、奥の手があるんだから心配なんかしてないわよ……だから、だから……頑張ってね、アズリアっ」

「……ああ、それじゃちょちょいと行ってくるよ」


 多分エルも気付いてるのだろう。

 アタシに奥の手なんてモノがない事に。

 それでも、アタシが「出来る」と言うのならその言葉を信じて送り出してくれる、そんなエルの態度に彼女を抱き締めずにはいられなかった。


 最初は寝れなくなるくらい不安だったけど、黙って送り出してくれたイリアスや今のエルを見て。

 この連中を守るためにアタシがこれからやろうとしている事は決して間違いなんかじゃない、と。


 心の中にあった不安や迷いは無くなっていた。

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