18話 ヴェルゴ砦、第二陣を率いるもの
数体の血帽子の奇襲と短剣により、次々に血の海に沈んでいく最前列の兵士ら。
先の小鬼魔術師の魔法も加えると、兵士の被害は甚大だ。
だが、しかし。
「ま、魔物ごときがっ……よくも仲間をっ!」
戦死した兵士の犠牲で戦意を消沈させるどころか、仲間を倒された怒りで戦意を奮い立たせ。
仲間の首を斬り裂いた血帽子、魔法を使う小鬼魔術師。そして騎士二名を止めた巨体の食人鬼へと攻撃を開始する。
だが。
仲間を殺害した血帽子は、外見こそ小鬼と同じだが、その敏捷性はまるで比較にならない高さだ。
「く、くそっ、何だこいつは? 小鬼のくせにやたら素早いっ⁉︎」
『ギャッギャッギャ!』
怒りに任せた兵士の剣や槍を、まるで嘲笑うかのように軽々と回避し。血の付着した短剣の刃に舌を這わせる。
二人の騎士の頭を叩き潰した食人鬼もだ。
接敵した兵士に槍を突き付けらながらも、まるで意に介しもせず。頭を潰された騎士の足首を掴むと。
「ま、まさかそれを武器代わりに?」
食人鬼の怪力を発揮して、掴んだ騎士の身体を武器のように軽々と振り回し。素手が届かぬと油断していた兵士の、構えた槍を薙ぎ払ってしまう。
「し、しまっ──⁉︎」
武器を失い唖然とした兵士に、振り回した騎士の頭のない身体が容赦なく襲い掛かり。双方の身体が衝突した途端──ぐしゃり、と兵士の腕や脚が折れ。
さらにもう一撃。食人鬼の追撃によって兵士は大きく吹き飛ばされ、二度と立ち上がってはこなかった。
「あ……あいつらは小鬼とは違う強敵だ! 決して一人で戦おうとするな! 複数で囲んで倒せっ!」
苦戦を強いられていた最前列の兵士の状況を見て。周囲の兵士へとそう指揮を飛ばしたのは、右翼にいた「赤い軍旗」隊長アグナスだったが。
その判断は少しばかり遅すぎた。
先に放たれた五発の「爆裂火球」、そして血帽子に食人鬼の攻撃により。劣勢に追い込まれた兵士らの大半は恐慌に陥り、隊長の指示を聞ける精神状態を保っていられなかったからだ。
前線が崩壊する、となれば。敵にいる魔術師から再び攻撃魔法が放たれてしまう。
「き、弓兵は敵の魔術師を最優先に狙えっ……決して次の魔法を撃たせる準備を許すな!」
砦から弓を持ち出した兵士一〇名が、レームブルク伯爵の指示で矢を番え、敵の第二陣に向けて一斉に放つ。
狙いは当然、魔法を扱う小鬼魔術師を仕留める事だが。決して致命傷を与えなくてもいい、矢を浴びせる事で魔法の詠唱を止めるのがある意味では最大の目的だから。
魔法を発動する際には、魔法ごとに決められた予備動作や詠唱を行う必要がある。熟練した使い手ならば一連の動作を省略出来る者もいるが、どうやら眼前の敵はその例には含まれないらしい。
ならば矢を浴びせ、魔法の準備を妨害するのが。最大の援護攻撃だ、と伯爵は判断したのだ。
「これで魔術師への対策は出来るはず──次は」
伯爵は続けて、自分を護衛するために側に控えていた残りの騎士ら全員にも指示を飛ばす。
「わ、私の護衛はいい! 今は全騎で前線の兵士に加勢し、あの魔物どもを屠ってくるのだ!」
先の火球で二名の騎士が戦闘不能に追い込まれたが、それでもまだ六名が伯爵の護衛として残っていた。
六名の騎士は伯爵の指示を受け、肯定の言葉を返すと。それぞれの武器を構え、魔物らと交戦中の兵士らへと加勢するために馬で駆ける。
伯爵の指示は大正解だった。
弓兵が連続で放った矢は、小鬼魔術師の次の魔法をどうにか封じる事に成功し。
初めは奇襲や怪力といった、普段から討伐していた小鬼らにはない戦闘力に戸惑い、劣勢だった兵士らだったが。
騎士らの加勢によってどうにか完全な前線の崩壊を食い止め、恐慌が治まり戦意が戻った兵士らとの共闘で。強敵である血帽子や食人鬼と互角にまで、戦況を改善させていた。
そう、ここまでは。
状況が変わったのは。最初はもう一体食人鬼が、今兵士らと対峙している魔物へと加勢のために後方に出現したのが転機だった。
「ん……な、何だ、アレはっ?」
最前列で戦っていた兵士の一人が、偶然にも視界に捉えたもの──それは。
第二陣の最後方から突如現れた黒い巨体。
衣服を纏わず、晒した肌が全身真っ黒。
食人鬼かと思いきや、外見的な特徴はまるで共通点がなく。寧ろ、第一陣で相手にした小鬼が巨大化したという印象が強い。
そんな黒い魔物を偶然にも目視してしまった途端に、兵士の心の奥底から溢れてきた感情。
恐怖だった。
「か、身体が? ふ、震えが止まらない……っ!」
身体に震えが走り。先程、仲間を殺害された時以上の恐怖を感じてしまっていた兵士は。
今、現れた黒い巨体は食人鬼とはまるで別物の、もっと禍々しく強大な別種だと直感的に悟る。
「あ……あ、わわ……」
今すぐにでも戦場から逃げ出したい衝動に駆られるも、恐怖で身体が震え、脚が動かない。硬直した体勢のまま、嫌でも視線を逸らせない兵士が黒い巨体を直視し続けていると。
後方に控えている小鬼魔術師やその他小鬼ら、そして交戦中の血帽子や食人鬼らが一斉に。黒い巨体の魔物の前方を開ける。
まるで兵士や民衆が、支配層である帝国貴族や王族に対して道を開けるかのような行動。
魔物らが開けて作った道を、黒い魔物が大きく一歩、また一歩とゆっくり迫ってくるのを。ただ見ているしか出来なかった兵士はその時、理解してしまった。
つまり、あの黒い巨体の魔物は。砦を襲撃してきた魔物の群れの支配者なのだと。
「……あ……あ、お、お前は……お前は」
黒い魔物が眼前に立ち、鋭い爪が自分へと振り下ろされた瞬間に。身体が震え、どうする事も出来なかった兵士の頭に一つの記憶が蘇る。
それは、半年前に砦でなく石壁へと攻撃を仕掛け、唯一突破を許してしまった小鬼の変異種の事を。
何故、今になって。
それは──目の前で爪を振るう黒い魔物は、半年前に兵士らが逃がしてしまった魔物に特徴があまりに酷似していたからだ。肌の色以外は。
その後、北壁の一部を破壊して帝国領内へと逃げた小鬼は。
国境沿いにあった三つの農村を壊滅させ、「村喰い」という悪名を付けられた事までを兵士は記憶していた。
だから兵士は最後に、震える喉を振り絞って声を張り上げる。
「こ、こいつはっ! 半年前に砦を突破した、む……『村喰い』だ──」
だが、兵士が最後まで言葉を発する事は叶わなかった。
黒い魔物の爪が、警告を全て言い終えるより前に兵士の頭を捉え。あまりの威力に首から上を引き千切られてしまったからだ。




