63話 アズリア傭兵団、紅薔薇の旗を見る
吸血鬼の集団を迎撃した朝。
アタシは寝付けないエルが眠りに落ちるまで付き添っていたら、宿屋を出ると空はすっかり白ばんでいた。
吸血鬼との戦いで魔法を喰らい抉られた左肩の傷は、魔術文字で何とか傷口は塞がってはいるものの、まだ左腕が肩より上にあがらない状態だったりするが。
「まあ……片手でも剣は振るえるし、肩が元通りになるまでは騙し騙しでいくしかないねぇ……」
特にエルに知られると、魔力が回復してないのに無理をしてアタシを治療しそうだ。
昨晩も負傷兵の治療で大変だったのに、吸血鬼相手と知るやアタシを助けに駆け付けるくらいだし。
そういえば、遠目でフレアが撃ったであろう爆炎が巻き起こったのは確認したが、果たして二人は無事だったのだろうか?向こう側にも上位の吸血鬼は出現しなかっただろうか?
心配になって城壁へ駆け出していくと、ちょうど見張りを終えて城壁の上から降りてきたフレアとエグハルトの二人と顔を合わせる。
「あらアズリア、聞いて頂戴よ?例の吸血鬼だけどね、エグハルトとどっちが多く倒せるか賭けたんだけど……どっちが勝ったと思う?」
どうやら心配は無用だったみたいだ。
しかも、フレアのにこやかな笑顔と対照的に不貞腐れたエグハルトの表情を見れば、どちらが賭けに勝ったのかは一目瞭然だった。
だが、エグハルトが不機嫌だったのはフレアとの勝負に負けただけではなかったようだ。
「アズリア……あの亡者はどうやら先兵隊のようだ。遠目でだが、アレは見間違えることはない……明日には到着する距離に赤い薔薇の旗を翻した軍勢が迫っているぞ」
「それは……間違いないんだろうね」
「俺は槍が得物だが、この傭兵団では射手のつもりだ。だからこそ……目測で相手を見間違える初歩的な過ちはしないつもりだが」
オービットの斥候としての能力と同じくらい、エグハルトの射手としての能力をアタシは信頼している。その彼がそう言うのだから間違いなくすぐ傍にまで来ているのだ。
「どうする?……最初の計画だともう少しラクレールに味方が集まるか、帝国軍が本隊から小出しで派遣してくる想定だったが」
「でもアズリアは街に籠城する気はないんでしょ?ならどうするの?……流石に10人そこらの傭兵団で特効する?アタシはそんなの御免よ」
確かに、街に立て篭もり城壁や市街地を駆使して立ち回れば10人そこらのアタシら傭兵団でも、軍隊相手に出来るのかもしれない。
だが、その選択肢を選ぶと戦場になった市街は間違いなく焼け野原になってしまうだろう。街には戦闘が役割でない住民達が大勢いるが、その住民を戦闘に巻き込む真似はしたくない。
思えばトールらが最初にラクレールを帝国軍から防衛する際も、ここまで街の機能が残っていたということは城壁の外で戦ったのだろうし。
だから、アタシは覚悟を決める。
「……城壁の外へはアタシ単騎で撃って出る」
「はあ?軍隊相手に単騎とか正気なの?アンタが撃って出るなら私も魔法で支援して……」
「いくらお前が化け物みたいな強さでも、アズリア一人を犠牲にするほど俺たち傭兵団は腑抜けじゃないぞ」
「大丈夫さ……アタシに奥の手がある。だから、その奥の手に他の連中が巻き込まれないようアタシ単騎で撃って出るんだ。アンタらは城壁の上から援護を頼むよ」
奥の手なんて……そんな便利なモノなどない。
それは二人を心配させない嘘だ。正直に話せば絶対に一緒に撃って出ると言いだすに決まっているからだ。
まあ……ホルハイムにやって来て帝国から辺境の村とエクレールの街、そしてここラクレールまで取り返して紅薔薇の軍まで引きつけたら、アタシ個人としての戦果は上々だと思う。
後はアタシの悪足掻きが終わったら、街に被害が出ないように投降する準備と、トールら傭兵団の連中がエクレールへ逃げられるように手筈を整える役割を頼まなくてはならない。
その役割を頼む男の元へと、アタシの足は向かっていた。
「やっぱりココにいたんだね、こんな朝早くに」
ラクレールの街の外にある共同墓地。
その墓地に新しく建てられた簡素な墓碑の前に、花を手向けていたイリアスがいた。
「本当なら兄上は帝国の土の下で眠りたかっただろうけどね。戦死したんだから我慢して貰おうと思ってね」
「実はさ……理由あってコイツを預かっていれなくなってね。だからアンタに返しておくよ」
懐から取り出したのは布に包まれた黒い結晶体だ。イリアスを助けた時に手渡された、帝国の切り札である超巨大鉄巨人の起動のための魔導具を。
そして、この街に接近する紅薔薇の軍勢を、奥の手があるアタシが単騎で迎え撃つことを伝えた。
だが、アタシがイリアスに差し出した布に包まれた塊を、彼はアタシへと押し返してくる。
「これは一度アズリアに預けたものだ。だから……持っていてくれ」
「いや、だからイリアスにはいざという時に傭兵団と一緒に逃げてもらわなくちゃ──」
「だから。これを君から受け取るということは、アズリア……君は死ぬ気なんだろ?なら尚の事受け取るわけにはいかない」
イリアスの眼がアタシの眼の奥を見抜くような視線を投げかけてくる。まるで、奥の手があるという言葉を始めから嘘だとわかっているみたいに。
「……わかったよ。アタシだって死ぬ気は更々無いからね、コレはアタシが持っておくよ」
結局はそんなイリアスに、アタシは精々嘘が見抜かれていないという前提の元、強がって振る舞いながら共同墓地を立ち去るのが精一杯だった。
布に包まれた黒い結晶体を握ったままで。




