62話 ドライゼル帝国、戦況の変化に動揺する
今回はとある帝国将軍の独白的な形式です。
余談ですが、この話で150話達成です。
──ホルハイム王都アウルム。
その周囲を大軍で包囲してから一月が経過し、本来の作戦通りならば既に王都と王城は陥落している筈であった。
ホルハイム側が周辺の都市から援軍を待とうにも、事前に紅薔薇公よりの軍勢が周囲の都市を制圧してあったために、背後からの挟撃を気にする必要もなく、ただ前面の王都の防衛軍を殲滅するだけでよかったのだから。
しかも、いくら王都とはいえ一月以上も外部から食糧の補給経路を止められてしまえば、食糧不足になるのは避けられず。
いずれ内部で食糧を求めて住民が蜂起し、こちら側に投降する住民を利用して城門を開けさせる策も考えていた。
だが、アウルムの住民や防衛軍には食糧難で戦意が失せる気配は一向に現れなかった。どうやら不足している食糧を何らかの手段で補給しているのは確実だった。
ならば──内部から崩そうと、本隊の潜入部隊に加えて。紅薔薇公の軍にはナイトゴーント隊という凄腕の隠密部隊が同行していたようなので。
紅薔薇公軍を率いるロゼリア将軍へナイトゴーント隊を貸し出すよう要請をしたのだ。
最初のうちは要請に快く応じ、防衛戦に参戦するホルハイムの重要人物の暗殺や無力化を次々と成功させ、戦況は間違いなく我々帝国軍に優勢となっていた……いや、いた筈だったのだが。
戦況が一変する逆風が吹いたのは。
一度はロゼリア将軍の部隊により制圧されたはずの内陸部の南部方面から、「ラクレール奪還される」という敗戦の報告とともに。多数の帝国兵が乗った馬車が退却してきたのが始まりであった。
本隊に合流した帝国兵の証言では、ラクレールを奪還したのはたかが一〇人かそこらの少人数という話だが。
どうもその中には、過去何度も我ら帝国軍に煮え湯を飲ませ続けた女傭兵「漆黒の鴉」が参戦しているらしい。
しかもその敗戦報告を境にして、ロゼリア将軍がナイトゴーント隊の出撃要請を断るようになったのだ。
……悔しいが、ナイトゴーント隊と本隊の工作部隊では腕に差がありすぎた。
今まで上手くいっていた内部工作のほとんどが失敗に終わり、暗殺の成功が報告されていたティアーネ王妃ですら防衛の最前線への復帰が確認され。本隊の工作部隊は、王妃の戦線復帰に士気を高くしたホルハイム軍に逆に壊滅させられてしまった。
確かに公爵家は強大な権限を有しており、こちらが皇帝陛下の勅命で動いている本隊だとしても。「帝国の三薔薇」の直属の部隊に命令を下せる権限はない。
しかし、勝敗を決定付ける瀬戸際に協力を拒むとは……
「一体、紅薔薇軍は何を考えているのか理解に苦しむ」
いや、問題はそれだけではない。
ホルハイム第二の勢力の都市であるラクレールが奪還されたということは、王都を包囲する我が軍が「漆黒の鴉」率いる増援部隊に背後から強襲される危惧が生まれた。
一度は占領した都市だが、住民を皆殺しにしたという報告は聞いてはいない。都市内に残存していた戦力が再び「漆黒の鴉」の元に集結する危険まであるのだ。
もし、戦力を敵王都を陥落させるためのみに集中していると。ラクレールからの部隊に背後を突かれ、下手をすれば王都からの迎撃部隊と挟撃される可能性すらある。
したがって、ただ王都のみに攻撃を集中するわけにいかず。南部からの大々的なホルハイム軍の反撃に備え、戦力を割く必要性が出てくる。
「いよいよ総攻撃か、というこの好機に。あまりにも事態が我が帝国に悪く動きすぎている……」
確か、南部方面の制圧を担当していたのは。これまた紅薔薇軍を統括するロゼリア将軍だ。
「……くそ。一度制圧した都市を奪還されたと言う事は対抗戦力を十分に倒し切る前に戦功欲しさに王都陥落戦に合流したとしか考えられん……」
帝国への逆風はなおも吹き続けた。
反撃の旗を翻したのは南部方面だけではなかったのだ。
東側からは東部七国連合の一国、聖イスマリア法国から神殿騎士団がホルハイム国境を越えて王都に進軍を続けているという報告が。
西の港街にはコルチェスター王国からの軍船が到着した、という報告を立て続けに受けることとなった。
イスマリアもコルチェスターもホルハイムの友好国であり、同時に我ら帝国にとっては敵対国である。
イスマリアを含む東部七国連合には過去何度も侵攻しているが。かの国が抱える聖騎士隊は、剣や槍だけでなく神聖魔法の使い手でもある厄介な相手だ。
コルチェスターとは、大陸西に広がるニンブルグ海北部の制海権を賭けて小競り合いを度々(たびたび)繰り返していたものの。コルチェスターの有する大陸最強と謳われる海軍戦力は、軍事国家たる帝国と言えど生半可に倒せる相手ではなかった。
我々は王都を包囲し優勢でいたつもりが、いつの間にか帝国へ退却する北側を除き、敵勢力に挟撃どころか包囲殲滅されこの戦争に敗北する危機が近づいていたのだ。
帝国本隊と紅薔薇公の混合軍による包囲網も万全とは言えなかった。
ホルハイム国王イオニウスが所有していると噂されていた雷の魔剣エッケザックス、戦神ゴゥルンの武器とも言われる雷を操るとされるその威力を。ついに我が軍に向け、容赦なく振い始めたのだ。
「もう、魔剣を噂のみに留めておく必要はなくなった……というわけか。あの威力、忌々しい、っ」
天空から特大の雷が降り注くたびに、布陣していた軍が広範囲で壊滅するたびに、空いた包囲網の穴を補充していくのだが。誰だって戦場で戦って死ぬのではなく雷に打たれ死ぬのは嫌がり、上の立場の者はともかく末端の兵士らの士気は下がり続けてしまっていた。
どこで戦況が一変した?
どこを間違えてしまったのか。
南部方面も東部の国境沿いや西の港の制圧を担当したのは紅薔薇公軍だ。そして、今回の戦況の綻びもまたそこから始まっているのは果たして偶然なのか。
偶然ならばまだ仕方ない、と割り切るしかない。
だが、これが偶然などではなく……皇帝陛下直属の我々重鎮を良く思わないあの紅薔薇公の策略だとしたら。
だから、私を始めとした今回の戦争に参戦した帝国の将軍らは誰もが、紅薔薇公軍の参戦は初めから気に喰わなかったのだ。
「こうなれば……私が今出来ることは」
バイロン大将軍に本隊から紅薔薇公軍を遠ざけるために今一度、三方面から迫る増援勢力の迎撃をロゼリア将軍ら紅薔薇公軍に命じるよう進言するぐらいしかない。
だが……紅薔薇公軍は如何にバイロン大将軍からと云えど本隊の命令を拒否する可能性もあり得る。
我ら本隊の将軍は、これ以上紅薔薇公の思惑通りにさせないために……いざとなれば我々が実力行使に出る、という選択肢も頭に入れて置かなければならないだろう。
最初は手記による形式とどちらにしようか迷ったのですが。
結局は箇条書きの形式にしてしまいました。
ちなみにいつの間にか30万字も書き上げてました。




