1話 アズリア、両手剣の腕を磨く
アタシがヘクサムの兵士養成所に来てから、およそ半年程が経過し。
最初の頃は、同世代の男に混じり訓練を受け、その内容の全てで抜きん出た結果を見せていたアタシに対して。周囲から向けられていた「女でありながら」という異質なモノを見る眼であり。
入所したばかりの時は、皆に名前ではなく「女」としか呼ばれていなかったのが。
アタシという存在を受け入れたのか、或いは慣れか。そのような訓練生の視線や態度は、いつの頃から消え。
今やアタシは、元より別格扱いされていた同室の三人と同様に。養成所で一目置かれる立場となっていた。
『あ、アズリア……さんっ?』
『ど、どうぞっ! お通り下さいっっ!』
今では、訓練生の誰もがアタシの名前を覚えていただけでなく。
廊下などですれ違うと、こちらが要求した訳でもないのに相手側が遠慮し、率先して進路を空けてくれる程だ。
「……なあ、アズリア」
「何? 言いたいコトあるなら言ってみろよ」
「おっとと。いや、何でもないぜ」
隣を歩いていた同室の仲間であるサバランが、頭を低くして端に寄る訓練生を見て、何かを言い掛けたが。
アタシに睨まれた途端、口を覆って言い掛けた言葉を止めてしまった。
「……ッたく。わかってるよ」
サバランが何を言いたかったのかは、アタシにもすぐに理解が出来た。
一目置かれている、というよりは。おそらくナーシェンの一件があったからか、すっかり敬意と畏怖が入り混じった対象として見られてしまっていたからだ。
いや。
ナーシェンの一件だけが理由ではない。
この半年の間にも、何度か大規模な遠征訓練を実施したり。訓練生同士で何度も模擬戦を行い、実際に剣を交えてみせたが。
アタシは、同室の三人──ランディにサバラン、イーディス以外に敗北する事は一度もなかったからこそ。
いつしかアタシらは、現在の養成所で最も強い四人と称されるようになってしまった経緯があったからだ。
そんなアタシはというと。
本来ならば訓練生らが次の日の修練のため、その日の訓練を終えて疲弊した身体を休め、皆が寝静まっていた夜に。
密かに部屋を抜け出し、訓練場の端で一人で武器を振るっていた。
「──はあッ!」
ヘクサムに来たのは、周囲から忌避された環境を変えたかったからという後ろ向きな理由であり。決して「兵士」という職業に焦がれていたからではなかったアタシだが。
日々の訓練を重ねていく内に、アタシはいつの間にか優れた兵士になるため、技術や知識の習得に貪欲になっていた事に気付く。
特にアタシが熱心だったのは、両手剣の扱いだった。
「はあぁッ! ふんッ!」
相手のいないただの素振りなのに、アタシは額から数滴の汗を飛び散らせながら。
素早く真上へと掲げた練習用の大剣を右斜めに振り下ろし。
手首を素早く返し、左から右へと薙ぎ払い。
動きを止める事なく握った大剣を引き、今度は鋭い刺突を放ってみせる。
息をも吐かせぬ三連続攻撃。
まるで実際に相手を前にしているかのように真剣な態度で、アタシは大剣を振るっていた。
確かに身体は、朝からの訓練の数々で疲労で溜まってはいる。正直に言えば、大剣を振るう腕に満足に力が入らない程だ。
「は……ははッ! 楽しいねぇッ!」
それでもアタシは、大剣を扱うのが楽しくて仕方がなかった。
というのも──故郷の街にいた頃は、所持が許されたのは粗悪な棍棒か廃棄一歩手前の剣のみ。
両手で扱う剣を養成所で握った時も、あくまで力任せに振るっただけ。両手剣という武器として、正しい活用法を学んだのは養成所で初めてだっただけに。
両手剣の扱い方を知れば知る程、振るった大剣の一撃が速く、鋭く変わっていくのを明らかに実感していたアタシは。
こうして夜、一人で武器を振るって自分の剣の扱いが日々成長していくのを密かに愉しむのが、いつの間にかアタシの日課になっていたのだ。
だが。
大剣を振るうのは毎日の日課となっている、と先程は言ったが。
今夜に限って言えば、剣の使い方を身体へと馴染ませる以外にも理由があった。
何しろ、今日行われた模擬戦でアタシは。同室の三人と戦い、誰からも勝ちを拾えなかったからだ。
最初の頃は、ただ力任せに両手剣を振り回していれば。その威力に面食らい、剛腕で押し切れていたのだが。
他の訓練生はともかく、ランディら三人にそのような戦法が何度も通用する筈がなく。
盾を巧みに扱い、防御に徹したサバランには。アタシの力任せの剣を何度も弾かれてしまい、有効な一撃を浴びせる事が出来なくなっていた。
逆に痺れを切らせたアタシが、強引に防御を突破しようと大振りになった隙を何度も突かれる事となり。
速度に勝るイーディスはというと、大剣の攻撃範囲から離れ続け、引き分けを狙う作戦に終始するようになった。
残念ながら今のアタシの技量では、逃げと回避に徹したイーディスに有効打を与える事が出来ず。まさにイーディスの狙い通りの結果となった。
そして、ランディとの対戦に至っては。
二人とは違い、小細工無しの正面からのぶつかり合いでアタシは──負けた。
「やっぱ、負けるッてのは悔しいよねぇ……ッ」
三人との勝負を通じて理解したのは、力任せに何も考えていない今のアタシではおそらく、ここが限界なのだろう。
アタシは二人から勝ちを取れず、ランディには敗北してしまった悔しさを紛らわすために。額に汗を浮かべる程、無我夢中で大剣を振るっていたのだ。
剣の技術を今よりも少しでも高めるために。
養成所に来た初日に、所長のジルガとの模擬戦で見せたように。
アタシが右眼に宿した、通常の魔法とは全く別物の不思議な魔力を発動させ。全身の力をさらに増強すれば、或いは三人から勝利するのは容易いのかもしれない。
だが、それでは駄目なのだ。
それでは養成所に入る以前の、ただ力任せに鉄の塊を振り回すだけのアタシと何ら変わらないからだ。
「アタシは、養成所で学んだコトで三人に勝ちたいッ……勝ってみせるんだ!」
勿論、三人に勝利するのは容易な事ではないのは、同室であるアタシが一番理解していた。
日々の訓練を重ね、成長しているのはアタシだけではない。三人だって同じ訓練を受けて、アタシと同等、いやそれ以上に身体や技術を向上させているのだから。
気合いを込め、一旦振り下ろした両手剣を握る手首を返し。跳ね上げるように左斜めに斬り上げていった。
まさにその時。
突然、アタシの名前を呼ぶ声がした。
「探したぞ、アズリア」
声に反応し振り返ると。
「その声は……ランディ⁉︎」
建物の影から姿を見せたのは、部屋で既に就寝していたと思っていたランディだった。
「──あ」
予想だにしなかった人物の登場に、アタシは驚きのあまり握っていた両手剣がすっぽ抜け。
アタシの手を離れた剣は、くるくると回転しながら宙を舞うと。ランディの数歩手前の地面に、勢い良く刃が突き刺さった。




