61話 アズリア、エルの告白を受ける
背中を見せて城壁から街の外へと逃げ出そうとする金髪の吸血鬼。
この連中がナイトゴーント隊ならばこのまま逃すのは論外だが、今アタシが追い掛けて大剣の一撃を浴びせても致命傷を与えられるかは微妙だ。
「大丈夫よアズリア……わたしに任せて」
長い詠唱を終えたエルが、その神聖魔法を逃げる吸血鬼を捉えて白い光の粒が放たれる。
「邪悪なる存在、生命無き生命を大地母神イスマリアの名の元に、光へと還せ────神聖十字砲火」
吸血鬼へと光の粒が着弾すると、白く燃える炎……浄化の炎が十字の形に燃え広がっていくと。
「こ、この歌をと……止め……き、消えたくない……き、えた、く……な……」
何処からともなく聞こえる歌声と共に、浄化の炎に包まれながら吸血鬼は灰となって夜闇に消えていく。
同時に、城壁の石畳に転がっていた二体の吸血鬼の死骸も灰と化していった。
だが、上位の吸血鬼を一撃で倒す魔法を放ったエルも肩で息をしながら膝を折り体勢を崩しそうになる。
そんなエルの身体をアタシは後ろに回り込んで支えてやる。
「……一日中治療しっぱなしであんな大魔法を発動したんだ、そりゃ無事じゃ済まないだろ。アタシに言っておきながら無茶しすぎだよ……エル」
「あ、あはは……そうみたいね、少しばかり無茶しちゃったかな……」
心配を掛けさせまいと笑うエルだが、その笑い方も力が入っていない。魔力の消耗が激しいのだろう。
色々と聞きたい気持ちはあるが、今は抑えてそんなエルを抱きかかえ、城壁を降りる前に一応周囲を確認しておく。
エル曰く、上位の吸血鬼を複数投入してくる可能性はほとんど無いと思うが。
魔力を消耗したエルには休息が必要だ。城壁を降りたアタシは負傷兵のいる検問所には向かわず、街の中にある宿屋へとエルを連れていくことにした。検問所にエルを寝かせておいても、エルの性格からして途中で起きて負傷兵の治療を始めそうだったからだ。
宿屋へ向かう途中、アタシに抱えられたエルが口を開く。
「……ふふ、アズリア……わたしに聞きたい事があるって顔に出てるわよ……」
「いや、今はそんなコトより魔力を回復させるためにエルを寝かせるのが先だろ?聞きたいコトはアンタが目覚めてからでいいよ」
辺境の村でエルと話をした際に、エルは「教会から飛び出してきた」と言っていたが。
上位の亡者を倒せる神聖魔法や致命傷を負った負傷兵を癒せる治癒魔法を行使出来るような修道女がいるとも思えないし、仮にエルがそうだとして……果たして教会がそんな才能を持った修道女が飛び出したことを放置しておくとは思えない。
つまり、エルは修道女などではなく教会でもっと地位の高い聖職者なのではないか?という疑問だった。
「……聞いてアズリア。わたしね、あなたに今までずっと嘘をついてきたわ。本当はわたし……修道女じゃないの」
いい、と言ったのにエルはその口を止めることなく話を続けていく。
「わたしはイスマリア教会の女司教。ただし……訳ありの、ね。だから教会から飛び出しても騒ぎにならなかったの。いえ、正確には気にも留められていなかった、というのが正しいわね」
「じゃあ、村で話したコトってのは」
「あの夜にアズリアに話した事は全部本当。わたし……そこまで嘘がつける程器用な性格してないもの」
嘘をついて同行していた後ろめたさからか、アタシから目線を逸らすエルの髪の毛をクシャリと撫でてやると。
「……ならイイよ。正直エルが修道女でも司教でも構わないんだ。大体、それで裏でアタシらに隠れて悪さしてたワケでもないんだろ?」
エルはブンブンと首を横に振って、アタシからの疑惑を力いっぱい否定していく。
「で、でも……わたしがまだアズリアに隠し事してるかもしれないのよ?それでもいいの?」
「村で孤児を助けて、この街で負傷した帝国兵を助けて、そして今夜アタシを助けてくれた。それだけで充分だからさ」
「……アズリア」
エルは宿屋に到着するまで、もうそれ以上は何も喋らずにただアタシにギュッとしがみ付いてきた。
最初は落ち込んでいるのかと思ったが、チラッと見えたエルの表情はどこか頬を赤らめて笑っているように感じた。
そして宿屋に到着すると、エルは少しだけ我儘を言ってのけた。
「ねえ……アズリア?ベットまでわたしの事、運んで貰っても……いいかな?」
「ん?そりゃ、構わないけどさ」
城壁でも身体を支えてやらないと立ったられなかったくらいに疲労してたエルだ。それくらいは当然と宿屋の親父に話をして借りた個室にエルを運んで、ベットに寝かせてやると。
不意にエルの顔がアタシの目の前に迫り、頬に触れた柔らかい感触。
「……ありがと、アズリア」
それがエルの唇だと理解したのは、彼女が布団に潜り込んだ後だった。
「神聖十字砲火」
神に祝福された魔力を掌より投射し、悪しき存在や本来ならば死者である亡者に高い威力を発揮する「聖光閃」を広げた両手から撃ち出し、互いの光線を攻撃対象で交差させる相乗効果により聖光閃二発分を遥かに超えた威力を生み出す。
当然ながら、両手で同時に聖光閃を発動させる熟練度と、動き回る攻撃対象に二本の聖光閃を命中、交差させるという難易度が要求される。




