60話 アズリア、暗黒魔術を喰らう
「くっくっく……貴女の剣の腕は相当なものですね、人間だと思って舐めていた事を謝罪しましょう
……ここからは遊びではありませんよ」
「おやぁ?遊びの時間はもう終わりなのかい?……てっきりもう少し夜遊びが出来ると思ってたのにねぇ」
「これを受けてまだその減らず口が叩けますかな?────奈落螺旋弾!」
パチン!と指を弾くと金髪の吸血鬼の黒い翼から10を超える無数の黒い塊が生まれると、アタシ目掛けて放たれる。
一発や二発程度なら躱し切れる速度なのだが、何せその数が多いためか一発の塊が鎧のない右太腿を掠めていくと、掠めた部分の肉が、目の粗い金鑢で何度も擦り上げたように抉れ、傷口全体から血が滲み出してくる。
「くっくっく、気をつけて下さいね。この魔法の弾はただ飛んでくるだけでなく、凄まじい勢いで回転しています……当たればその美しい肢体に穴が空きますよ?」
脚から血を流しながら迫ってくる闇の弾を躱し続けるアタシだったが、時折襲ってくる脚の傷の痛みに気を取られた隙に、ついに闇の弾が左の肩口を鎧ごと抉り取られていった。
肩の肉を持っていかれ、激痛でその場にうずくまる。様子を見過ぎて攻め時を間違え深傷を負ってしまうアタシ。
「……ぐうッッ⁉︎す、少し掠っちまった……ッッ!」
「胴体を避けたのは流石ですが、その肩の傷では最早剣を振るうのは無理でしょう……貴女は頑張りましたが、やはり人間。その程度が限界でしたね」
「は、はは……コイツは油断しすぎたかねぇ……」
すると、金髪の吸血鬼はアタシに深傷を負わせた闇魔法ではなく。再び爪を長く伸ばしてアタシに止めを刺すべく、こちらが膝を突いて剣で迎撃出来ないと知ってか無造作に歩み寄ってくる。
魔法でなく爪撃でアタシを仕留めようとするのは多分、先程の超接近戦で一度は折られた心の傷を癒そうという魂胆なのだろう。
「……貴女の息の根を止める前にもう一度だけ聞いておきます。どうですか?私に血を捧げて下僕として私に従いませんか?」
血が流れる肩の傷を押さえてうずくまるアタシへ最後通告なのだろう、金髪の吸血鬼は再び自分の軍門に降るよう手を差し伸べてくる。
だが、コイツは色々と思い違いをしていた。
まず、アタシが今肩の傷口を押さえているのは、血文字で肩に描いた生命と豊穣の魔術文字で傷を治癒しているのを悟られないためだ。
そして、アタシは筋力増強の魔術文字を発動させれば大剣を利き手である右手一本で振るうことが出来る。今回傷を負ったのが利き手ではない左の肩だったから、あの金髪の吸血鬼が大剣の間合いに入ってきたら斬り付けるつもりで、無言でその時を待っていた。
だが、突然目の前の吸血鬼が絶叫したと同時に身体のあちこちが焼け焦げ始めたのだ。
……まさかフレア達が?と思い周囲をキョロキョロと確認してみてもフレアの姿やエグハルトの槍が落ちているわけでもなかった。
代わりに城壁へ登ってきていた人影があった。
「……何やってるのよアズリアっ!馬鹿っ!」
その人影とは治療しているはずのエルだった。
エルが放った神聖魔法が、アタシ以外に意識がなかっただろう吸血鬼に直撃し身体を焼き焦がしていたのだ。
だけど、亡者でも上位種にあたる吸血鬼にここまで打撃を与える神聖魔法を彼女が扱えるなんて初耳だった。
「……オービットから話は全て聞かせてもらったわ。吸血鬼を相手にするなら何で一言声を掛けてくれなかったのよ……馬鹿なんだからアズリアは……っ」
「助けられちまってるから返す言葉もないね。除け者にしたみたいになっちまって……その、ごめんな、エル」
「……いいわよ。どうせアズリアのことだから、わたしが変に気を回さないよう気遣ってくれたんでしょ」
アタシの肩から流れる血の量や太腿の怪我を見ると、慌ててパタパタと駆け寄ってくるエルだったが。ある程度は「ing」の魔術文字で再生していた傷口を見て、そこまでの深傷ではなかった事に安堵し胸をホッと撫で下ろしていた。
だが、神聖魔法で焼かれた吸血鬼はアタシとエルが少し和んだ様子に憤慨して。
「……多少厄介な魔法を使う人間が増えたくらいで勝った気でいるのは困りものですね。今のはあくまで不意を突かれただけですよ。あまり調子に乗らないでいただきたい……」
実は、エルの横槍がなかったら今頃この金髪の吸血鬼は大剣で真っ二つになっていたのだろうが。その事に全く気付いていない彼はまだ自分が優勢だと勘違いしているのだ。
「へえ……あの魔法なら従属種程度消滅するんだけど、消滅しないところを見るとあなた……吸血鬼でも上位種なのね」
「理解して頂いて恐悦至極ですよ、お嬢さん」
「なら……もう少し強めの魔法を撃てばいいのね」
「……は?あ、あれが貴女の放つ全力の神聖魔法ではなかったのですか?」
「うん?あんなの対亡者用じゃ初歩の初歩よ」
エルが放った神聖魔法にはまだ上があると聞いて明らかに顔色を変える金髪の吸血鬼、そして爪撃の対象を突然アタシからエルへと焦ったように変更していく、が。
エルには指一本触れさせまいと吸血鬼の前に大剣を構えて立ち塞がるアタシ。
「おっと、アタシをあんなに熱心に誘っておきながら浮気は良くないねぇ?」
「……な?何故肩をやられたのに剣を構えていられる?まさか……最初から片腕が使えなくなったように見せたのは私を騙すつもりで……」
「おや?今頃気付いたのかい?……吸血鬼になると色々と鈍くなるのかねぇ、なら吸血鬼になるのは考えモノだね」
ようやくあの時自分が大剣の一撃をまともに喰らっていたかもしれない、という事実に気付かされ。アタシの間合いへ踏み込むのを警戒する吸血鬼。
その間にも、立ち塞がるアタシの背後で詠唱を続けるエルに、徐々に焦りの色を濃くして冷静な判断が出来なくなっていく。
「それが絶望感ってヤツだよ。さあ選びな……アタシに斬られるか、それともエルの魔法で焼かれるのかを、さ」
「う、ううう……うわぁぁあああああっっ!」
ついにエルの詠唱が終わり時間切れを迎えると、金髪の吸血鬼はアタシがいるにもかかわらず後ろを向いて一目散に逃げ出そうとしたのだ。
「奈落螺旋弾」
闇の魔力で作成する魔力弾に質量を与え、表面に無数の溝のある弾を高速で回転させ低速で飛ばすため、受けた対象は回転する溝によって肉を抉られ続ける暗黒魔術。
この話に登場する、魔法弾を複数作成する魔法は超級魔法に匹敵する。
実は物質化されているために、アズリアの大剣で受け流す事が出来たが、下手に受けた場合は回転の摩擦で受けた剣が破損、破壊される可能性が極めて高い。




