16話 アズリア、冒険者志望の子供を助ける
台詞などを追加したら長くなってしまったので。
二話に分割しました。
試験をすると言われて受付の女性に案内されたのは、組合の建物の中庭にある訓練所であろう場所だった。
「はい。試験の会場はこちらになります。あなたたちの実力を測る試験官はもうすぐ到着しますので」
同じく連れてこられたのは、前に受付をしていた男女の子供それぞれ二人ずつの四人組と、随分とくたびれた装備の状態なんかを見たところ……三人組は傭兵くずれなのだろう。
アタシを含めて合計八人が試験とやらを受けるため待機していたのだが。
「あー……一、二と、今日試験を受けるのは八人もいるみたいだね、盛んなことで何よりだ」
訓練所の奥から現れたのは、筋肉質で体格の良さに加え、革鎧から露出している肌や頬など至る所に傷痕のある、見るからに年季の入った傭兵、といった眼光鋭い女性の姿だった。
年齢は……四〇は越えているだろう。
「こほん……私の名前はメノア、これでも元は二等冒険者だったこともある。これからアンタらが冒険者として本当にやっていけるのか、模擬戦で腕を見させてもらうよ」
奥から現れたのはメノアという初老の女性たった一人、ということはアタシらを試験するのは彼女のみなのだろうか。
「まずはそこの三人組、アンタらからだ」
試験を受ける順番から、最初に実力を試されるのは三人組の傭兵崩れのようだが。
その中の一人が組合から用意された模擬戦用の木製の武器を構える素振りを見せると、試験官であるメノアが三人に声を掛ける。
「ああ、違う違う。一人ずつじゃなくって三人いっぺんに相手をするって言ってんだよ。後ろの二人もさっさと準備しな」
「は?……な、なんだと?」
どうやら試験官の一人ずつではなくて三人まとめて相手にするようだ。
さすがにその言葉を聞いた三人は憤慨を隠そうともせず、試験官に向けて暴言を吐く。
「二等冒険者だったからって俺たちを舐めすぎてねぇか?……いくら元・二等とはいえ今はババアじゃねえか!」
「その言葉……後悔させてやるぜ」
片や三人の傭兵崩れ。
しかも大した実力の持ち主には見えない連中。
片や一人、とは言え。
元二等冒険者の実力者だ。
「いくぜええええええ……おらああああああ!」
最初は三人の実力を確認するために、敢えて防御に回り三人の攻撃を受け続けていた試験官だが。
「あ……当たらねえっ?」
「そんな攻撃じゃあたしどころか、そこいらの角兎だって仕留められないよっ」
「くそっ!くそっ!……はぁ、はぁ」
攻撃をさせてもらっていた三人があまりに大振りな攻撃に疲れたのか隙だらけになり徐々に攻撃が雑になり、ついには肩を上下し、息を切らせて腕が止まる。
「どうやらその程度みたいだね──そりゃ」
三人の動きが限界を迎えたと見るや、メノアが軽々と振った模擬戦用の木剣が三人のそれぞれ脇腹、肩口、背中に木剣を叩きこまれ。
その場で三人は悶絶。試験官の合図で終了した。
「ふう……この程度じゃ他の街ならともかく、この王都で冒険者の許可は出せないよ!」
三対一なら何とか相手になるんじゃないかと予想していたアタシだったが、メノアの実力以前に傭兵崩れの連中の腕の無さがあまりに酷過ぎて相手にもならなかった。
「な、何だ今の」「やっぱ等級違いすぎ……」
「勝てっこないよこんなの」「怪我しないうちに帰ったほうが……」
自分らよりも体格だけは大きかった傭兵崩れの圧倒的な負けっぷりを目の当たりにして、次の順番を控えた子供ら四人組は完全に意気消沈していた。
「やれやれ……意地の悪い試験官だねぇ」
アタシが見るに。
冒険者登録をこれからする全くの新人相手に、わざわざ元・二等冒険者という格の違う実力者を引っ張りだして試験官に据えているこの試験の意図とは。
試験官に勝利することではなく、自分の枠を超えた困難に対して踏み出せる勇気を試されている……のだと睨んだ。
正直言って、この程度の戦いを見たくらいで消沈してしまうくらいなら冒険者にならないほうが生命の危険がない分、幸せに暮らしていける筈である。
その点では組合の方針は決して間違っていないのだが。
「で、でもよっ……ここで諦めたらネリの母さんの薬代は到底稼げっこない!薬がなかったらマズいんだろ、ネリっ?」
「う……うん……」
四人の中でもまだやる気を保っている活発そうな少年が、意気消沈した三人を励ましていくと。
ネリ、と呼ばれた一番弱気そうな女の子が涙目でコクリと一度首を縦に振る。
ああ、もう。そういう話、弱いんだって。
ほら、横にいるシェーラも口には出さないけど「何とかしてあげられませんかお姉様?」って表情を浮かべてるし。
本当なら、ここで手を出したくないのが本音だ。
今ここであの子供らに手助けして冒険者になれたとしても、次に困難に遭遇した時に運悪く誰も助けてくれないかもしれない。
結果、生命を落とす事に繋がるかもしれない。
それならここで手助けせず冒険者になれなかったほうが、長期的に見ればあの子供らのためになると頭ではアタシだって理解している。
「してるんだよ……でもさ、ほっとけないじゃんか」
アタシはこの肌の色と右眼のせいで、住んでいた街の大人にも同い年齢としの子供らにさえ「忌み子」と石を投げられ、一日を生き抜くのだって大変だった過去がある。
だからこそ、子供があの頃のアタシのように苦しい目に遭っているのを見ると、やっぱ手を出さずにゃいられないんだよね。
……そういう意味ではアタシって馬鹿なんだよね。
確か、何時ぞやも。
そんなことを言って、手持ちの食糧のほとんどを手渡してしまい。シェーラの父親に拾われたのは記憶に新しい。
「なあ……アンタたち、ちょっといいかい?」
だからアタシは、三人組との模擬戦を見てすっかり弱腰になっていた子供らへと声を掛ける。
「「え、えっお姉さん、誰っ?」」
アタシの声に反応して四人が動く。
先程の少年ともう一人の活発そうな少女がアタシの前に立ちはだかり、一番長身の男の子がネリと呼ばれた弱気な少女を庇う。
何の接点もなく素性も知れない女性から突然に声を掛けられたのだ。警戒心を抱くのは当然だと思う。
それでもアタシは言葉を続ける。
「どうせあの試験官にゃ負けると思ってたんだろ?だったら……ここは騙されたと思って、お姉さんの話を聞いてみる気はないかい?」
「え……それってどういう──」
不安そうに聞き返してくる少年に向かって、アタシは意地の悪そうな笑顔をニヤリと浮かべながら、こう返事をしてやるのだった。
「あの試験官に勝つ方法を、だよ」
◼️冒険者、という立場
この大陸では、冒険者の立場は一般職よりも低い。
この世界の都市は基本、魔物が居住区に侵入しないための大小あれど壁に囲われているが。一部、稀少な薬草等を育てる場合を除き、農地は壁の外にあるため。
農作物を餌とし荒らしたり、農作業に従事する住民の危険を少しでも軽減するために。魔物の討伐は定期的に行われていたりする。
だが、衛兵や騎士は街の治安維持のために頻繁に街の外に出て魔物討伐をするわけにもいかない。そのため、冒険者という職業と制度が必要となっていった。
また、半数以上の魔物の肉は食用に適しているため。討伐した魔物の死骸は出来る限り持ち帰り、食用肉として住民の間に売買されたりもする。
冒険者の魔物討伐は、住民の食糧供給にも必要不可欠な生業ともなっている。
そのためか、大陸ではあまり「食肉を目的として家畜を飼う」という発想は持たれていなかったりする。家畜を維持するにも、魔物から防衛するための労力が自前で必須となるからでもある。
例外として──大陸で筆記に使われる羊皮紙の製造のための羊や、農地を耕すための労力として馬が飼育されていたりはするが。
(なので、動物の乳や鳥の卵を一般的に食す習慣は原則としてない)
そういう事情から、各国では冒険者を一つの職業として認定し、無法者や野盗に身を落とさないよう「組合」を設立している。
もっとも、討伐依頼も無限に湧くわけではない。
そういう場合、街の奉仕活動や衛兵や見張りの代理、行商人の護衛やその他──様々な仕事の依頼を遂行し、報酬を貰うことで生計を立てている。
依頼の成功数が多く、より稀少で強力な魔物討伐が可能な上級冒険者は住民らに尊敬される一方で。下級の冒険者は「ならず者」「無職」と同等の扱いで見られたりもする。