113話 アズリア、座して救援を待つ
一週間ほど執筆お休みさせていただき、リフレッシュさせて貰いました。
大丈夫、完結するまでしっかり書き上げますのでご安心あれ。
接近する前、ジルガが立っていた場所に現れた響く低い声に見合わぬ、小柄な体格の複数の人影。
『おいジルガ。そいつか、道案内を引き受けたのは』
「ああ、そうだ」
その先頭に立つ人物は、カイザスも見憶えがあった。
「お、お前たちは……モードレイの岩人族」
モードレイとは。ヘクサムに隣接した都市の名前であり。
今、カイザスの視界の先に立ち、ジルガの名前を呼んだ人物こそ。モードレイの街の最大戦力でもある岩人族たちだった。
人間以外の種族が居住する事を公的に認めていない帝国においては珍しく。モードレイは、帝国内の岩人族が暮らす事が許されている都市でもあり。
金属を扱う技術が人間より優れた岩人族は、近隣の都市や農村へ鉄製品を供給し。また頑強な肉体と膂力を誇る岩人族は、一度武器を握れば優れた兵士にもなり得た。
その岩人族らが、何故にモードレイの街を離れ、ヘクサムに来ているのか。
しかもジルガとの会話を鑑みるに、岩人族らが急遽押し掛けた訳ではない。
「み、道案内……どういう事だ? わ、私はそんな話など聞いてはいないぞっ?」
「ジルガから聞いていないのか? 儂等は悪名付きを討伐する目的でわざわざヘクサムまでやって来たんじゃ」
この岩人族らが先程口にした「道案内」という言葉が示す、本当の意味にカイザスは戦慄した。
「──は?」
それはつまり、ジルガはつい先程のやり取りよりもさらに前から。カイザスが悪名付きの情報を知り、かつ情報を握り潰していたのを確信していた事に繋がるからだ。
でなければ、事前に隣接しているからとはいえモードレイの街に常駐している岩人族らをこの場へ呼び寄せる事は不可能だからだ。
「ば、馬鹿な……っ?」
カイザスの思惑、一瞬垣間見えた勝機と計画は。この時点で脆くも崩れ去る。
誘導するのがジルガ一人であれば、何か理由を付けて離れてから魔法を使えば。どうにでも監視の目から逃がれ、先にナーシェンらの口封じと証拠隠滅が出来る算段だったが。
モードレイから派遣されてきた岩人族の数は、この場にいるだけで六──しかも。
「村を三つ滅ぼした小鬼相手か……腕が鳴るわい。外で待ってる連中も街を発つのを、今か今かと待ち侘びておるぞ」
建物、もしくは街の外にはさらなる人数の岩人族が待機しているのは間違いなく。しかもカイザスは道案内という、一番注目を集める役割ともなれば。
全員の目を逃がれ、姿を眩ませて証拠の隠滅を図るのは、カイザスの習得している魔法だけでは不可能に近い。
「くそ、っ……ジルガめ、余計な事をっ……」
豪快、かつ粗野な振る舞いから知恵が足らない性格だと侮られるジルガだったが。実際には、周囲の状況をよく観察し、的確な指示を出せる人物である。でなければ何度、何十もの戦場を生き抜けはしなかっただろうから。
その事を長らく副所長という立場でジルガを見ていたカイザスも理解していた筈──否、理解していたつもりだったが。
魔術師という驕りからか、どこかでまだカイザスには「ジルガより遥かに賢い」という思想が抜け切れていなかった。
その結果が、今に至る。
「それじゃ、カイザスよ」
カイザスの想定通り。先日の遠征中に訓練生が数名、帰還してこなかった原因が。強力な個体に統率された小鬼の群れである事に、ジルガは早くに気付いており。
当然、その情報の一切が入ってこない時点でカイザスが何らかの情報を隠蔽している事を察知はしていた。
まさか、小鬼の集団が出没した警告にモードレイに送った際に。「村喰いのグリージョ」なる危険な小鬼の個体の話を聞けたのは偶然であったが。
「しっかりと俺らを案内してもらおうか。何を企んでいたかは知らないが、な」
まさに万策尽き、後悔で無意識に爪を噛んでいたカイザスを逃がすまいと。
ジルガは今一度、そんなカイザスの肩を鷲掴みにし、指先に力を込めていく。
「……ぐ、うっ⁉︎」
最早、逃げられまい事を理解したカイザスは。肩を掴まれたまま、大人しくモードレイから来た岩人族らとジルガを悪名付きの元へと案内する事とした。
◇
「──さて、と」
サバランは脚を負傷し、ランディも魔力が回復するまではこの場を動けない。
そう判断したアタシは、イーディスの提案に賛同し。戦場となった場所で救援を待ち、ひたすら待機する選択を取った。
救援のために用意された小枝を、アタシが火に投げ入れた事によって、空には赤い煙がもうもうと上がるが。
見上げた空の色もまた赤く染まっており、すっかりと陽が落ちていく事にアタシとイーディスは気付いた。
「今夜はここで野営になるかね」
「ああ、そうだな」
幸運にも、小鬼らと戦闘となったこの場所は、ヘクサムからそう遠く離れた位置ではない。救援を示す煙に気付いてくれれば、半日ほどで救援が駆け付けてくれるに違いない。
つまりは、どう急いでも救援が到着するのは明日になる。となれば、野営の必要性が出てくるわけで。
「アズリア、お前も負傷してるだろ。野営の準備は任せて、ゆっくり身体を癒せ」
「お、おい、ちょっと……ッ」
この中で唯一、負傷のないイーディスが率先して野営のための準備に動き。
背中に大きな火傷、頭には悪名付きの棍棒で殴られ裂けた傷痕のあるアタシは。焚き火の番、という名目でその場に座らされる。
最低でも大きな血溜まりに土を被せ、小鬼らの亡骸を片付けなければならない。
亡骸を下手にその場に放置しておくと。動く屍体となり、生者を襲ってくる可能性があるからだが。
「はぁ、はぁ……っ、ふう……っ」
懸命に手持ちの短剣で地面を掘り返すイーディスだったが。顔には疲労が色濃く滲み出ている。
空が暗くなる前に、小鬼だったもの複数体を処理するには。通常の状態であっても、イーディス一人ではさすがに手が足りないというのに。
ましてや、小鬼にナーシェンの取り巻きとの二連戦を終えたばかり。負傷こそないものの、イーディスもかなりの疲労を負っているだろう。
身体を休めろ、と言われたアタシだったが。このままでは安全に野営の準備を終わらせる事は出来ない現状を、ただ黙って見ているわけにもいかず。
「仕方ないね、イーディスは」
背中に負った火傷の痛みに耐えながら、ゆっくりと立ち上がろうとすると。
同時に、アタシを庇って両脚に火傷を負った筈のサバランもまた立ち上がる。多分、アタシと同じ理由で。
「まったく。手間、掛けさせやがって」
「あ、アズリアにサバラン、お前らっ……怪我は大丈夫なのか?」
「俺のほうはそこまで深刻じゃねえよ。養成所に帰って治癒魔法使ってもらえりゃ、すぐ走れるようにはなるさ」
「それにッ……片付けが間に合わないと、また血の匂いで小鬼襲ってくるかもしれないだろ?」
立ち上がったアタシは、両手剣の先端を地面へと突き刺し。持ち前の怪力を駆使して、次々に土に深々とした穴を掘り進め。
「地面が相手なら手加減も必要ないしね」
その土を小鬼の血溜まりに被せ、アタシが完成させた穴に亡骸を放り込んでいくサバラン。
「はは、違いねえ」
腕力に優れたアタシに加え、サバランも手伝った事で。大抵の血溜まりにも土を被せ終え、転がっていた小鬼の死体は全部、地面へと埋葬が完了した。
夜が訪れ、辺り一帯が暗闇を覆われるよりも早く。




