103話 アズリア、魔剣についてを知る
「う、おおッ⁉︎」
ランディを狙っていた筈の棍棒が突如、遠巻きに観戦していたアタシ目掛け、飛んできたのだ。
この場に留まったままでは、巨大な棍棒が直撃する。
後方に飛び退いたり、小さく動いた程度では棍棒は回避し切れない。
アタシは、背中の痛みに構わず身構えると。
「あ、危ねえッ!」
地面を強く蹴り、真横。空中で勢い良く回転し迫る棍棒が届かない位置に大きく跳躍すると。
アタシの顔を、棍棒が切る風が掠めていく。
しかも、咄嗟の判断で回避には成功出来たものの。さすがに跳んだ後の姿勢にまで頭を回す余裕がなく。
「ぐ……あああぁぁッ!」
避ける事は出来たものの、アタシは着地に失敗して肩から地面に激突し、転がりながら激しく転倒してしまう。
たった今、地面に打ち付けた肩も痛むが。地面に転がる段階で、制服が燃え焦げて剥き出しになっていた背中の火傷が地面に触れ。あまりの激痛にアタシは声が抑えられなかった。
「痛え痛え痛え痛ええぇぇッッ⁉︎」
だが、飛んできた棍棒が直撃しようものなら、この程度の痛みでは済まなかっただろう。
痛い痛い、と口にしながらもアタシは地面を転がりながら、どうにか姿勢を立て直して片膝立ちの体勢となると。
ふと、頭には疑問が浮かぶ。
「はぁ、ッ……はぁ、ッ……で、でも何でいきなりこっちに棍棒がッ……」
そう、今飛んできた悪名付きの棍棒は。ランディが放った渾身の一撃に合わせて振るったものではなかったか。
悪名付きが持つ唯一の武器である棍棒を、アタシに向けて投げ付けたのだとしたら。
力を溜め、「筋力上昇」の魔法まで重ねて放ったランディの攻撃がどうなったのかが気になり。
「じゃあ……ランディの一撃は、ッ?」
顔を上げ、棍棒が飛んできたその先へと視線を向けたアタシは。
おそらくはナーシェンのであろう長剣を、斜めに振り抜いた体勢で固まっていたランディの姿と。
首から上、頭が丸々と見えない悪名付きの姿が映り込む。
見た瞬間は、悪名付きがランディの剣撃を回避するため、おそらくは頭を下げたのかとばかり思ったが。
直後、ランディと悪名付きの近くに何かが空から落下してきた。
それは──悪名付きの頭。
「ッ⁉︎」
驚きとともにアタシは……いや、同じくランディを注視していたこの場にいた全員が。ほぼ同時に見たに違いない頭を飛ばされた悪名付きが。
首があった箇所から、血が噴き出す瞬間を目撃していた。
「た……倒したっ、ランディが? 『村喰い』の小鬼を……っ」
アタシではない、誰かの言葉の通り。噴き出した血飛沫は相手に致命傷に与えたという事。
つまりは悪名付きに勝利した、という紛れもない事実を表していた。
──だが。
アタシには一抹の疑問が浮かんだままだった。
ここまで綺麗に首が飛ぶのだろうか、と。
背中に魔法の直撃を喰らう直前まで、ランディと共闘し、ランディの剣の腕を間近で見ていたアタシは。
ただ力を溜め、身体能力を増強する魔法を使った程度で。ランディが一撃で悪名付きの首を刎ねられるとは想像だに出来なかったからだ。
「嘘……だ、ろ……ッ?」
何よりも、信じられないといった顔で驚いていたのは。剣を振るったランディ当人だった。
ランディの視線は勿論、首を両断したばかりの悪名付きの頭無き胴体にも向けられていはしたが。
もう一つ。振るったばかりの長剣にもランディの視線は向けられる。
そう、ここまで想定外の威力であった原因は。
間違いなくナーシェンの剣なのだ。
確かに、ランディに渡すために剣を拾い上げた際、その軽量さから。落ちていたナーシェンの剣が普通ではない事くらいは理解はしていたが。
その武器がいかなる性能を秘めているのかは、実際に扱った者でないと分からない。
「こりゃ……魔剣だ。それも、とんでもなく強力な」
「な、何だい、その……魔剣ッてのは?」
実際に剣を振るったランディの口から漏れた、「魔剣」という聞き慣れない単語に。アタシはその言葉が何を意味するのかを、思わずランディへと聞き返す。
「魔剣、ってのは。剣を対象とした様々な魔法を永続的に発揮させた武器をそう呼ぶんだ」
元来、魔法というものは術者の魔力を消費する事で発動し、効果を維持するだけでも絶えず魔力は浪費していく。
魔法とは違うが、アタシの右眼の力もそうだ。
しかしランディの魔剣の説明が本当であるならば。剣が帯びた魔法の効果を維持するため、何者かの魔力を必要とする筈だ。
つまり、剣を振るったランディの魔力を。
「えッ? 魔法を永続……それって、ランディの魔力が削られやしないのかよ?」
「いや、俺の魔力が剣に吸われた感覚は、今のところはない……多分」
だが、ランディはアタシの問いを首を左右に振って完全に否定する。
魔力の供給源無しに、難敵であった悪名付きの首を一撃で刎ねた程の威力の魔法の効果をずっと発揮出来るのだ。
魔法を扱う事の出来るランディが驚愕するのも無理はなかった。
「いや、それにしてもッ……」
「ああ、それにしてもだ──」
魔剣について話していたアタシとランディは揃って、とある人物へと視線を向けた。
魔剣の元来の持ち主であろう、まだ意識のないナーシェンへと。
「アズリアも手に取ったから気付いただろうが、この剣の尋常でない軽さ。どう考えても鉄で出来た剣じゃない」
「あ、ああ……そりゃ、普通の武器の軽さじゃないのはすぐに分かったさ。でも、鉄でなきゃ一体何で出来た──」
「この剣、こいつは聖銀だ」
ランディはそう言って、悪名付きの首を両断した時に付着した血を拭うため、一度空を斬ってみせる。
「……聖銀」
今、話題に出た言葉に聞き覚えのあるアタシは、ふと過去を遡り。辿り着いたのは、一二歳の時の記憶だった。
あまり思い出したくもない、故郷で一番酷い扱いを受けていた頃の記憶。
「そういや。あの女も、同じコト言ってたね……」
アタシはある一人の人物との出来事を、思い返していく。
◇
『今日こそは! この私も我慢の限界ですわ……この忌み子があっ!』
まだ一二歳だったアタシは、故郷の街の街中で、数名の帝国騎士に包囲された状況で。騎士らの主人である一人の少女──いや帝国貴族の令嬢に叱責を受け、怒声を浴びせられていた。
その令嬢の名は、ベルローゼ。
街の領主や、この辺り一帯を広く治めている貴族よりもさらに上。
包囲する騎士からは「白薔薇姫」と呼ばれているが。アタシから見れば、まだ一〇歳にも満たない子供でしかない。
そんな貴族令嬢が、何故にアタシに怒りの矛先を向け。地面を何度も踏みながら、癇癪を起こしていたのかと言えば。
『……見なさいなっ忌み子! お前のせいで、この私の服が汚れてしまいましたわっ!』
原因は、令嬢の着ていた純白の礼装服。その生地の端に、僅かに付着した「汚れ」だった。
確かに令嬢が言うように、その汚れが付着した原因はアタシにある。
だが、それはアタシの過失では決してない。




