102話 ランディ、難敵を単騎で討つ
ふと、アタシの視界に飛び込んだのは。
「ありゃあ……ッ」
今、アタシが立っている位置から数歩ほどの距離に、無造作に地面に転がっていた剣。
それも……ただの剣ではなく、養成所で貸し出されるよりも遥かに上質そうな長剣だった。
剣が転がる場所は、アタシらが救援に割り入る前、意識のないナーシェンが倒れていた地点と偶然にも一致する。という事は、あの四人の内誰かの武器なのだろうという点までは予想出来たが。
確か、ナーシェンが持っていた武器は槍。それに取り巻きらが魔法の短剣を補助に攻撃魔法を使っていた事から。
落ちていた長剣が一体誰の持ち物だったかを予想するのは、今のアタシには困難だった。
地面に落ちていた、持ち主不在の長剣を見ていたアタシだったが。
「ん、ッ? 誰かが……こっちを見てる?」
頬や服が焼け、肌が晒されていたからこそ感じ取れた──何者かに視線を向けられている気配。
アタシは早速、察知した視線の元を辿ると。
「ランディ?」
こちらを見ていたのは、手負いの悪名付きと戦闘の最中だったランディ。
魔法の炎で火傷を全身に刻まれ、反撃する余力すらない悪名付きと。そのような状態にもかかわらず、勝敗を決する一撃を与える事の出来ないランディとで。
互いに膠着を続けていた戦闘だったが。
しかもよく見れば、ランディが視線を向けていたのはアタシではなく。つい直前までアタシも見ていた、地面に落ちていた上質の長剣。
もし仮に、巨大な棍棒が一撃でも直撃をすれば無事では済まない。側頭部に一撃を喰らったアタシが、傷口から大量の血を流したように。
それ程の打撃を放つ強敵と一対一で対峙している、そんな状況で。
何故にランディが、わざわざ地面に転がっていた剣に目が入ったのか。
「……なるほど、ね」
推察ではあるが、アタシの頭にある一つの仮定が浮かび。一見、余裕の表れとも思えるランディの行動の理由に、納得を示すと。
「だったら……ッ」
アタシは激しく痛む背中の火傷に耐えながら、足を動かして。距離にして数歩、長剣が落ちている位置へと移動していく。
おそらく、アタシの想定が的中しているならば。ランディは落ちている剣を必要とする筈だったから。
「アズリアっ! その剣を──」
「わかってるさ。ほらよッ、受け取りな!」
だからアタシは、ランディが指示を飛ばすよりも先に落ちていた長剣を拾い上げ。距離を空けていたランディに向け、全力で投擲した。
「──うお⁉︎」
さすがに現状、アタシとランディは一〇歩以上離れた位置に立っていたため。ただ放り投げる程度の力加減では、ランディに届かないと思ったからだ。当然ながら何かの間違いでランディに命中しないよう、出来る限り足元に落ちる軌道を描くように。
だが、剣を投げ終えた後の、違和感。
「な、何だよあの剣……とんでもなく、軽かったぞ?」
それは、拾い上げた長剣が異様な程に軽量だった事だ。アタシが長剣よりも重量のある両手剣を扱っているのを差し引いた、としても。
軽過ぎたのだ。
今、真っ直ぐ投擲してみせた長剣は。
どうやらアタシとランディ、二人で目を付けた剣は。ただ上質というだけでなく、さらなる秘密を持った代物なのかもしれない。
軽過ぎたためか、長剣に込める力の加減をアタシは間違え。
「し、しま……ッ!」
勢いが付き過ぎて、元々の狙いであったランディの足元から軌道は大きく逸れ。あらぬ方向へと投擲していった剣に、思わず口から声が漏れる。
しかし受け取りを待つランディは咄嗟に、曲がった軌道へと回り込んでいき。まるで何事もなかったように空中で、飛んでいた剣の柄を掴んでみせた。
「いや、上出来だよアズリアっ」
長剣を手にした事でランディもまた、アタシ同様にこの剣の違和感に気が付いたのか。
「こ……これは、ッ⁉︎」
一瞬、ランディの表情が驚きと違和感で険しくなるのを、アタシは見逃がさなかった。
つい先程、アタシが予想したランディの狙いとは、こうだ。
おそらくランディは、アタシとサバランが負傷で参戦出来ず、イーディスもまた取り巻きらへの牽制に場に残しておく必要がある。つまり一対一で悪名付きをどうにかする必要がある……そう考え。
偶然、ナーシェン一行が裏切りに固執したあまり、回収し忘れた上質な出来の長剣に目を付けたのだろう。
肌を黒く、鉄の武器を弾く程に硬化させる悪名付きの防御方法を突破するには。より強靭な刃であれば……とランディは考えたのではなかろうか。
そして、受け取ったのがあまりに軽過ぎた違和感だらけの長剣だ。
「は、ははっ……まさかこんな窮地で、嬉しい方向で裏切られるとはな」
そう言って、握ったばかりの長剣を一振りしたランディは口端を吊り上げ、確信めいた笑みを浮かべる。
「……よし、っ!」
アタシが見た限りでは、かなり品質の良い剣だという直感はあったが。実際に剣を扱ってみせたランディの表情が、その予想が間違っていなかった事を物語っていた。
「これなら悪名付きにも通用するっ……」
腰を低く落とし、受け取ったばかりの長剣を構え。次の攻撃に向け、力を溜め始めるランディは。
さらにもう一つ、攻撃の威力を高めるための準備を重ねる。
「──筋力上昇」
ナーシェンの取り巻きらが短剣を使い、攻撃魔法を放った時と同様に。ランディもまた「筋力上昇」の魔法を詠唱無しで発動させた。
魔法の効果によって腕の力を上昇させたランディは、間違いなく次の一撃で悪名付きに決着を付けるつもりだ。
その悪名付きの様子はと言うと。
『グォォォ……ガフ、グ……グオオオォッ‼︎』
つい先程までは、全身に受けた火傷の影響からか、防御に徹し。これまで一度も反撃をしてこなかったが。
一つ、大きく咆哮を上げた悪名付きの棍棒を握る腕が、ゆっくりと動き始めた。
剣を構えたまま動かず、しかも身体強化魔法まで発動させたランディにただならぬ気配を感じたのかもしれない。
悪名付きの腕が動いたのを察知したアタシは、即座にランディへと警告を発する。
「お、おいランディ! 急げ、悪名付きが動き出しやがったッ!」
「わかってるっ!」
アタシへの返事を合図に、いつもは横へと振りかぶるランディが。握った長剣を頭上へと掲げた体勢で、地面を強く蹴って前へ出る。
先程の「筋力上昇」で増したのは腕の力だけではなく、脚の力もだった。突進する速度は、アタシと同等かそれ以上。
渾身の力を込めた一振りで、頭を割るか。或いは胸を深く斬り裂くか。それがランディの狙いなのだろう。
だが、悪名付きもただ斬られるのを待つつもりはないらしく。
緩慢ながら、持っていた巨大な棍棒を振りかぶる姿勢を取り。突撃を仕掛けたランディを迎撃しようとしていた。
『──グルゥゥオォォォォオオオ‼︎』
再び、悪名付きが最後の悪足掻きとばかりに咆哮する。
現在のランディの位置と速度から、突撃を停止し、後方へと飛び退くのは最早不可能。
ならば──悪名付きから離れたアタシが出来るのは、ランディの攻撃が棍棒よりも先に到達するのを願う事だけだ。
「退くなランディ! 踏み込め! 悪名付きの首を落としてやれッッ!」
巨大な棍棒と、振り下ろされる剣閃とが激突すると思われた──次の瞬間だった。




