101話 アズリア、激痛に耐え切れず動けない
ランディと、彼に任せていた悪名付きの小鬼・「村喰い」のグリージョの事だ。
短剣を足蹴にしながらアタシは振り返り、無力化した取り巻きの三人からランディへと視線を向けた。
「そ、そうだッ、いくらランディでも。悪名付きは一人じゃ……」
二〇体以上の小鬼を率い、ヘクサムの街に迫っていた小鬼が異常に変異した個体で。
アタシが横に二人並んだ程の巨躯と、体格に見合っただけの怪力。それだけでも複数の小鬼を率いるに値する力なのだが。
特筆すべきは、攻撃を受けた箇所の肌を瞬時に黒く染め、鉄製の武器を易々と弾き返す程の硬さへと変貌させる能力。
アタシとランディは二人で挑みながらも、悪名付きの能力に攻撃を阻まれ、有効な一撃を与えられず。
二人掛かりでようやく鉄壁、とも思える悪名付きに攻撃を通し、傷を与える事が出来たのは記憶に新しい。
そう。悪名付きの防御を突破するには、二人で協力する必要があったのだ。
しかし、今。
ランディは一人で、悪名付きと対峙している。
元来、二人以上で戦う必要のある難敵をランディただ一人に任せていたのは。勿論、アタシが背後から背中を焼かれ、放置して危険だった側に対処したからでもあるが。
直前にランディが放った魔法で、悪名付きに深傷を負わせていたからというのもある。
『グ……フゥゥゥゥゥッッ……』
全身を焼かれた悪名付きは、苦痛に満ちた息を吐きながら、アタシが目を離した位置からほとんど動いてはおらず。
余程傷が深いのか、握っていた巨大な棍棒こそ手放してはいないが。攻撃を仕掛ける様子は一切ない。
相手が動かないのだから当然、ランディは一方的な攻勢に転じる。
「うおおおっっ!」
気合いを込めた声を吐き、握っていた剣を横へと振り。悪名付きの分厚い胸を斬り裂こうと剣閃を放つ。
アタシならば相手が無防備なのに合わせ、両手剣で頭蓋を叩き割る一撃を放っただろうが。ランディとアタシとでは、握る武器も攻撃に重視する点も何もかもが違う。
持って生まれた異能の腕力にものを言わせた力任せのアタシの攻撃とは違い。ランディの攻撃は狙いの正確さと速度に重きを置いた攻撃。
──しかし。
辺りに響き渡る、金属同士を衝突させたような甲高い音。
そんなランディの剣は、黒く染まった悪名付きの肌によって弾き返されてしまう。
「そんな状態でも防ぐのかよ? だったら!」
反撃に転じる動きが悪名付きに見られないにもかかわらず、棍棒が届かない距離にまで一旦退いたランディは。
先程、悪名付きに深傷を負わせた時同様に、剣を持たぬ側の手を前方へと突き出し。
紅蓮の火よ我が手に集え 敵を貫き燃え盛れ
慣れているのか流暢に詠唱を紡ぎ終えると。
突き出したランディの手に、握り拳より一回り小さく集束した魔力が突如として燃え上がった次の瞬間。
「──炎の矢!」
炎の礫と形状を変え、悪名付き目掛けて飛んでいく。
魔法戦士としてそれなりの実力を既に身に付けているランディは詠唱無しでも「炎の矢」を発動する事は可能だった。
それを敢えて詠唱したのは、威力を上昇させる目的があった。
そのままの軌道であれば、ランディの魔法は頭部へと直撃し、悪名付きへとさらなる深傷を負わせる筈だったが。
傷付きその場から動けない悪名付きは、頭を庇うように棍棒を握っていない側の腕を動かす。
アタシが深々と斬り裂き、浅くない傷を負わせた腕を無理やりに。
その直後──ランディの放った「炎の矢」が頭ではなく、腕に直撃し爆発を起こした。
「や、ッ! やったか?」
ランディの魔法が炸裂した様子を、距離を置いて見ていたアタシは思わず歓声を漏らした。肌を硬化させて剣の刃は防げても、魔法の炎と熱を防ぐのは難しいと思ったからだ。
しかし、アタシとは対照的に。
「……いや」
苦々しい顔で爆発が起き、白煙と土埃が舞う空間を凝視し続けていたランディ。
その予感が的中したかのように、煙が収まり視界が開けていくと。黒く染まった腕を掲げ、今のランディの魔法を完全に防ぎ切った悪名付きが立っていた。
「さっき、サバランがしてみせたのと同じ防御……それを悪名付きもやってみせたという事らしい」
「あ、あの黒い肌は魔法すら防ぐッてコトかよ……」
せめて、眼前に起こった衝撃でアタシが付けた傷が拡がっていれば良かったものか、と思ったが。その期待も見事に打ち砕かれる。
肌を黒く、鉄以上の硬さへと変貌させる悪名付きの防御能力に。剣が通用しないのは、何度も挑戦したアタシは理解しているが。
まさか、魔法まであの肌による防御が有効だとは。
こうなると、やはり悪名付きに有効な攻撃手段は二人以上の共闘という話となってしまう。
「だったら……誰かがランディの加勢に入らなきゃ、悪名付きにトドメはッ──」
そう思いアタシは、周囲へと視線を向けた。
その先にいたのは取り巻き二人を無力化したばかりのイーディスと、アタシを庇ったサバラン。二人のどちらか、或いは双方にランディとの共闘を頼もうとしたからだが。
サバランは脚に火傷を負い、たとえ無理に動いたとしてもランディと息を合わせる動きは難しいだろう。
ではイーディスはどうか。
「いや、駄目だ。今イーディスが離れたら、あの二人が何をしでかすか」
見れば、そのイーディスは戦意を喪失して地面にへたり込んでいた二人へ監視の目を向けている。さらにはアタシとサバランの目の前にも一人。合計三人もの取り巻きが不穏な動きを見せないか、を。
火傷で動きの制限されるアタシとサバランだけで監視するのは難しい。
「その事をイーディスも理解してる。だからあの二人の前を動かないんだ」
つまりは、ナーシェンの取り巻き三人が大人しく敗北を認め、これ以上アタシらに牙を剥かないためには。イーディスの監視の目は絶対に必要なのだ。
「ホントなら、アタシが加勢すりゃ丸く収まるんだろうけどさ……」
元来であれば、直前までランディと共闘していたアタシが本来の役割。つまり悪名付きと対峙するべきなのだろうが。
今のアタシはサバラン同様、不意を突かれた事で、脚が止まる程の激痛を発生させる火傷を背中に負ってしまっている。
つい先程は痛みを我慢し、どうにか炎の魔法を発動直前に食い止める事が出来たが。
無理に動いた代償で傷が拡がったからか。短剣を足蹴にしている今も尚、じくじくと背中が激しく痛んでいた。
「ぐ、うッ……が、我慢だ、我慢しろアタシ……ッ!」
正直に言えば、少しでも気を緩めれば口から「痛い」と叫び声を漏らしてもおかしくはなかったが。
短剣を取り上げ、戦意を喪失したナーシェンの取り巻き三人がアタシの痛みに呻く声を聞けば。自分らの攻撃は効果的だったのだと再び息を吹き返す可能性があったから。
傷の影響を悟られまいと、アタシは息を殺しながら奥歯を噛み。地面に焦点を当てながら、何とか背中から襲ってくる痛みと不快さを耐え忍んでいく──その時。
「炎の矢」
火属性の魔力を術者の眼前に展開、集束し、対象目掛けて解放する火属性の初級魔法となる攻撃魔法。
初級魔法とはいえ、同じ「矢」形態であれば一二属性でも一、二を競う威力を誇り、直撃すれば生物ならば重傷、大木すら炭になる威力である。




