97話 アズリア、裏切りの一撃
盾を構えるサバラン、そして参戦のため槍を握るイーディスのさらに後方。
ナーシェンの取り巻きの一人が地面に座り込んだまま、身体を震わせながら短剣を両手で握っていた。
「お、お前っ……今」
「あ、ああ……間違い、ない。こいつが今、アズリアを」
見れば、サバランもイーディスも交戦中の悪名付きではなく、アタシと同様に取り巻きの一人へと視線を向けられていた。
二人の反応から、アタシを背後から攻撃したのはナーシェンの取り巻きなのはほぼ確定する。
「は、ははッ……すっかり油断しちまったよ。街を出発するまでは、こういうコトも警戒してたつもりだったんだけどね……ッ」
確かに出発の朝、四人で作戦を話し合った時にはナーシェン組が小競り合いを仕掛けてくる可能性も話題には挙がっていたが。
出発時にそれぞれ別の方向へ進んだ事、悪名付きが率いる小鬼に襲われ弱っていた事で。ナーシェンらへの警戒をすっかり緩めてしまっていたのが正直な話だ。
しかし。
倒れていたのがナーシェンだと気付いた時、僅かに覚えた違和感。
何故、真逆の方向に進んでいたナーシェン組が、アタシらの進路のすぐ近くで小鬼に襲われていたのか。
つまり。
「──そうか。お前らがこんな近場にいたのは、俺たちへの襲撃が目的だったからか」
同じ結論にどうやらイーディスもまた到達したようで。
アタシが言葉にするよりも先に。取り巻き三人を睨みながら。これまでの連中の行動から導き出された答えをイーディスが口にした。
即ち、ナーシェン組がアタシらに危害を加えようと、襲撃の機会を窺っていたという事を。
「くそっ! あの連中から副所長の名前が出た時点で俺がもっと警戒してればっ……」
そう吐き捨てたイーディスは、まるで自分を責めるように額を一度ではなく、二度、三度と拳で打ち据えた。
アタシが攻撃されたのは、悪名付きとの戦闘に参加するために直前まで厳しい態度で問い詰めていた取り巻きから目を離したからだ、と思ったからか。
自分の額を数度殴り終えた事で、冷静さを取り戻したからか。
「……おい」
怒りを含んだ低い声を発したイーディスは、両手で短剣を握ったまま、地面へとへたり込む取り巻きの一人に歩み寄る。
再び胸ぐらを掴むのか、或いはこれ以上アタシやランディの邪魔をさせないよう鎮圧するのか。
見ればサバランも、悪名付きに備えるのではなく。取り巻きを見るアタシの視線に割り込む位置へと立ち塞がる。
おそらく、二度目の攻撃を通さないという意図から。
だが、アタシはもう一つの違和感を口にする。
「イーディス、その短剣に気をつけろッ!」
「何だと? どういう意味──」
それは、取り巻きの持っていた短剣が、明らかに養成所で配給された簡素な物とは異なり。華美な装飾が施された品だったからだ。
養成所では、昨晩のように訓練生同士の諍いが発生する事を想定し。武器の所持や外からの持ち込みが許されてはいない。
訓練の際は、養成所内にある武器庫から貸し出される、練習用に刃を潰した剣や槍を使用する決まりがある。
今回の遠征で配られた武器は、さすがに刃を潰してはいないものの。武器そのものの品質は養成所で普段から使用される簡素な鉄製品であるのは変わらない。
だが、取り巻きが握っていた短剣は、一目で「違う」と分かる。
だからアタシはイーディスに用心を怠るな、と警告したのだったが。
『……そこまで知られたんだ、もう終わりだ──ならば』
アタシにイーディス、サバランが警戒の目を向けていたのとは別、残る二人の取り巻きの一人がボソリ……と小声で漏らした途端。
二人もまた、同じような華美な装飾の短剣を懐から取り出すと、両手で構えてみせた。
「な、何だ? その……構えはっ」
イーディスが驚きの反応を見せたのは、二人が短剣を両手で構えた姿勢が、どう見てもこれから攻撃を行う準備に思えなかったからだ。
短剣の攻撃手段といえば、振って刃で斬るか、腕を突き出して相手を刺すか。両手で構えたなら全体重を乗せて相手目掛けて突撃し、腹に短剣を突き立てるか──だが。
二人はというと、短い柄を無理やり両手で握り、胸の前に短剣を掲げるといった構えを取ってみせる。
「あ……ありゃあ、まるで騎士が主人に剣を捧げる時の動作じゃねえか」
サバラン曰く。二人が取った謎の姿勢は、騎士ならば馴染みのある構えに酷似しているらしい。
帝国貴族を自称するナーシェンの取り巻きならば、見習い騎士の一人や二人が護衛に付いていても不思議ではないが。
「あ、あの取り巻き、騎士の家の出身だったのかい?」
「……そんなわけあるか。大体、騎士を目指す人間は兵士養成所になんぞ入ってはこないっての」
「そうなのか?」
「そうなの」
そんなアタシの疑問を、こちらを振り返ることなくサバランが否定する。
そう言えば。確かサバランは、今は帝国に攻め滅ぼされてしまったコルム公国の貴族出身であり、騎士を目指していたと聞いていたのを思い出す。
そのサバランが「違う」と言うからには、あの取り巻き連中の構えは、騎士とは何の関連もないのだろう。
「じゃあ、あの構えは一体……ッ?」
ランディの魔法が直撃し、反撃が出来ない程に弱った悪名付き──「村喰い」のグリージョと呼ばれた巨体の小鬼を。
ランディには悪い、と思いながらも。一旦アタシは放置し、取り巻き三人に視線と意識を向けた。
──次の瞬間だった。
座り込んだ取り巻きの眼前には、先程ランディが発動させたような炎が生まれ。
謎の構えを見せていた二人の前には、水で出来た頭一つ程の球体に、渦巻く風が巻き起こる。
「こ、攻撃魔法だとっ!」
「しかも……今、あの三人、詠唱も何もしてなかった、なのに?」
驚きのあまり、無造作に接近していたイーディスは背後へと素早く跳び退き、三人から距離を取る。
サバランもまた突然の魔法の発動に驚いていたが、アタシはようやく納得がいった。
「なるほど、ね……さっき、アタシの背中を焼いたのは、コレが原因だったッてワケかよ」
実は、完全に不意を突かれ。背中に直撃した魔法──おそらくは炎の塊は。
着ていた制服の背面を焼き焦がし、背中を晒しただけでは終わらず。アタシは背中全体に手酷い火傷を負わせた。
正直言って、少しでも身体を動かすと。背中の火傷が激しく痛むという状態に。
「前にゃあのデカい小鬼、そして後ろにゃ詠唱せずに魔法を撃てる連中が三人……か」
ランディ一人に任せてはいたが、もし悪名付きが反撃に転じてくるだけの余力をまだ残しているとしたら。
肌を硬化させ、攻撃を弾き返す戦法を一対一で突破するのは不可能だと、アタシは身を以て知っているではないか。
それだけでも厄介だというのに。
小鬼らに襲われ、意識を失っているナーシェン含め、生命を救ってやったにもかかわらず。
まさかこの状況下で背後からアタシらを襲ってくるとは。
「こりゃ、窮地に追い詰められたッてヤツかもね」
そう言いながらもアタシは、裏切られた事に不思議と怒りは湧いてこない。
何故なら、正々堂々と四対四で勝負をすれば間違いなく勝利するのはアタシらだった。
勝ち目のない戦いに、ナーシェンらは策を講じてどうにか勝とうとした。今回の奇襲、そして不意打ちはその手段だったからだ。
寧ろ今、問題にするべきは。この場をどう乗り切るかだ。
最悪とも言える状況の中で唯一幸運だったのは。
悪名付きを討伐するあと一息、というところまで追い詰めての裏切り行為だった事だ。
もし──まだアタシが、悪名付きの肌の硬化の突破方法を見出せるより前に。三人がアタシらに牙を剥いていたならば。
アタシらが無事にこの場を乗り切れる可能性は、皆無だっただろうから。




