56話 アズリア傭兵団、夜の魔物退治に挑む
詰め所代わりにトールら傭兵団が落ち着いていたのは、街の中心部に建っている領主邸。領主は帝国軍が侵攻してきた際に戦死し、帝国軍が司令部として利用していたそうなので。
領主には悪いがアタシらも使わせて貰っている。
そこに仕留めたばかりの人ならざるモノの死骸を引き摺って、先に見せたオービット以外の連中に見てもらっていた。
「な、なんだぁコイツは?姉さん……まさか戦い足りなくて街の外まで魔物狩りに行ってたんじゃ……」
「そうだったらどんなに良かっただろうねぇ……残念だけどトール、コイツは偶然湧いたワケじゃないよ」
「それはどういう根拠があるんだ、姉さん?」
「例えば、この短剣を見なよ。刃に毒が塗られているだろ?……多分この毒はフレアがアタシと合流した時に侵されてたのと同じだと思う」
そう言って、先程拾い上げておいたこの死骸の持ち物だった短剣を取り出して見せる。
その短剣をまじまじと見つめるのは、毒の被害者であり、魔術師であるフレア。
「そうね……この刃に塗られてる毒、僅かだけど魔力を帯びてるわね。まだどういった毒かは詳しく鑑定してみないことには断言出来ないけど、普通に出回ってる毒じゃないわね……」
確かに外見こそ派手で華美な装飾のフレアは、毒や薬とは縁遠いと思われがちだが。
一部の例外もあるが、魔術師は魔術の研究の過程において色々な薬品を触れる機会があり、フレアもその例に漏れず意外と毒の知識が豊富だったりする。
アタシはそろそろ本題を切り出すために、仕切り直しにと両掌を打ち合わせて音を鳴らす。
「……実はさ。負傷した帝国兵から聞き出した情報だと、ナイトゴーント隊っていう隠密部隊がアチラにはいるみたいなんだが……どうもこの吸血鬼はその部隊の手先なんじゃないかねぇ……?」
『────は?』
この場に集まった全員が同じような声を上げた。
当然と言っちゃ当然か。
アタシらが今戦っているのは人間相手だと思っていたら、まさか吸血鬼討伐をしなければならないとは思ってもいなかったろう。
「……じょ、冗談だろ……?吸血鬼とか……」
「そういうのは……冒険者に依頼するワケにゃいかないかな?」
「いい提案だが、残念ながら依頼するにも支払うだけの報酬を俺たちは持ってない」
「……そうだな、間違いない」
……あれ?
吸血鬼と聞いて尻込みするかと予想してたが、意外と軽口を叩けるくらいの気持ちの余裕があることに驚く。
「いや、イイのかい?吸血鬼が敵に回るんだよ?厄介な相手になるのは間違いないのに……余裕そうだねぇ、アンタら」
『ぷっ……あっははははははははははっ!』
そんなアタシの懸念に、イリアス以外の全員が吹き出したかと思うと大きな声で笑い飛ばしてくる。
「はははっ……いや姉さん、今更だって話さ。俺らが10人かそこらで今相手にしてるのは帝国軍なんだぜ?そこに吸血鬼が加わったところで、もう驚かねぇよ」
「……寧ろ、その吸血鬼を投石で仕留めたアズリアのほうが俺は驚愕だがな」
オービットの意見に皆が「うん、うん」と頷く。
「ま……まあ、それはともかく。奴らの持ってる毒にやられると気を失って目覚めなくなる厄介な効果だ。一応、アタシが解毒出来るけど、絶対でも確実でもないから過信はしないでおくれよ」
「アズリア。吸血鬼相手なら教会を訪ねておいたほうがいい。祝福された聖水や聖別された武器が準備してあるかもしれないし……」
「だね。いいかい?吸血鬼をマトモに相手にする自信がない連中はイリアスの助言通りに素直に教会に行っておきな」
吸血鬼とは戦った経験はないが、屍人や動く骸骨、食屍鬼といった亡者の群れならば相手にした事がある。
亡者は、教会で格の高い聖職者が祝福した聖水や武器にとても弱い。それさえ用意出来れば、村人でも退治出来る程に弱点なのだ。
確か先程、教会から負傷した帝国兵の治療を手伝いに人が派遣されたとエルが言っていたね。ならこの街の教会には、それなりの格の高い聖職者がいる可能性がある。
何しろ相手は吸血鬼なのだ。
どれだけ準備をしすぎても無駄になるコトはないだろうから。




