93話 アズリア、強敵への秘策を閃く
予想外の事態に、アタシも驚く。
「は? アタシの攻撃が……通った、ッ?」
何なら、弾かれてしまった初撃よりも腕に力を込めてはおらず。言わば、ランディを逃がすための牽制に等しい一撃が。
悪名付きの傷を付けるどころか、腕を半ばまで斬り落とす程の深傷を負わせるとは。思ってもみなかったからだ。
ともあれ。
ランディへの反撃を阻止するという目的を果たしたアタシは一旦、悪名付きから跳び退き、棍棒が届かない位置にまで離れる。
「な、何で……今の攻撃が通ったんだ?」
初撃と今回の牽制の一撃、一体何が違ったというのか。
頭を盛大に殴られる直前、悪名付きに斬り掛かった時の事を思い出してみると。
アタシは一点、大きな違いに気が付いた。
「──そういや、あの時は」
それは、両手剣の刃が身体に触れる直前に。悪名付きの土色の肌が、黒く光沢のある色へと変貌したかどうかという点だ。
「そうだ、刃を跳ね返したあの時も。悪名付きの肌が黒く変わってた……」
アタシの剣を弾いた時もだが。たった今、ランディの鋭い攻撃を弾き返した瞬間も。確かに刃が命中した箇所の肌が黒く変わっていた。
しかし同時に。
ランディも、そしてアタシも。一度ずつ攻撃を弾かれもしたが。同じく一度ずつ、悪名付きに傷を負わせてもいた事実に。
多少の困惑をしながらも、アタシの頭が導き出した一つの答えが。
「もしかして、悪名付きに刃を通すのに攻撃の威力や剣の技術は関係がない……?」
アタシの攻撃は弾かれたのにランディの斬撃が通用した理由を。最初は、剣の扱いがランディに比べ未熟だったからだと結論を出したが。
どうやらその前提そのものが間違いだったようだ。
悪名付きが用いていたのは、肌の色を変え、微動だにせずアタシらの剣を弾き返す防御手段。
ならば、次にアタシが頭を巡らせたのは。攻撃を弾いた時と刃を通した時に、何が違っていたのかだ。
──だが。
「思い当たるコトはある、でも……確証はまだ、ない」
まず、悪名付きに傷を負わせた状況を今一度アタシは振り返る。
最初はランディが、サバランが構えた盾で棍棒を弾き飛ばし、大きく体勢を崩した時。
そして二度目は先程のアタシの牽制。ランディへの強烈な反撃を放とうとしたその横から、アタシが割り入って。
どちらにも共通する点は「大きな隙があった」点だが。そうだ、と決め付けるにはたった二度では根拠としては弱すぎる。
「なら──試してみりゃイイだけか」
二度の検証では弱すぎるなら、三度目、四度目と確証を得るまで挑戦すれば良いではないか。
右眼の力を開放する以外、悪名付きの堅い肌を斬り裂く手段がなかったアタシとしては。突破口が開けるかもしれない展開に、再び胸中で戦意を激しく燃え上がらせ。全身には力が漲ってくる。
まずは、あの悪名付きに大きな隙を作る。
そのためには、力任せに重い一撃を叩き込むのではなく。二撃、三撃と速さ重視の牽制を繰り返して放ち、隙が生まれるその時を待つ。
「……行くぜッ」
そう決めたアタシは、一言。小さく決意を口にしたのを合図に。
両手剣を握る腕にではなく、地を蹴る両脚にこそより一層の力を込めて。一度は距離を空けた悪名付きとの間合いを一瞬で詰めていく。
『ガ──ァァァァォォォォ‼︎』
どうやら悪名付きも、敵意を向ける対象をランディからアタシへと移したようで。間近に迫ってくるアタシを睨んで、再び吠え出すと。
刃が骨にまで達する深傷を負った腕から、まだ無傷の腕へと棍棒を持ち替え。接近するアタシを迎撃しようと試みる──が。
「遅いんだよッッ‼︎」
悪名付きが棍棒を振りかぶり、力を溜めるよりも早く。
牽制のため、大振りせずに切先を向けた状態のまま、構えた両手剣を前方へと突き出す。
アタシが選択した攻撃手段は、刺突だった。
狙いは胸の急所、心の臓目掛けて。
鋭利な剣先が迫る悪名付きは、棍棒を持たない傷を負った側の腕を前へと伸ばし。開いた手の平を、刺突の軌道上へと割り込ませてアタシの剣を防ごうとする。
そして想定通り、悪名付きの手の平全体の肌色が光沢のある黒へと染まり。これまで同様に、アタシが放った刺突の一切を通さずに弾き飛ばしていく。
これまでのアタシなら、刺突に渾身の力を込め、前方へ高速で突進する事での全体重を乗せて放っていた。
だから刺突の威力を跳ね返された場合。当然ながら剣に乗せた力や体重が、反動として攻撃したアタシへと返ってきて、大きく体勢を崩してしまっていただろう。
だが、今回に限っては違う。
「はッ! アンタがそう防御するのはアタシだって想定済みだよッ──だから!」
攻撃が弾き返される事を、予め想定していたならば、対処の方法もある。
握る両手剣に跳ね返ってきた衝撃を左側へと逃がし、そのまま衝撃を利用して剣と身体を回転させ。一旦後方へと武器を振りかぶり、力を溜める動作を一瞬で完了したアタシは。
さらに一歩、悪名付きへと踏み込んで距離を縮め。今度は脇腹目掛けて、真横に軌道を描いて両手剣を振り抜いていった。
その一方で、片手でアタシの刺突を受け止め、弾いた悪名付きはというと。
これまでアタシとランディ、二度の攻撃を弾き返し全くの無傷だったように。剣先が触れた手の平には傷一つ無かったが。
突進からの攻撃による勢い、その衝撃を相殺する事はさすがに出来なかったようで。悪名付きの身体が後方へと数歩分、後退ってしまう。
と同時に。
『グ、オオォ──ォッッ⁉︎』
響き渡る苦悶の絶叫とともに、握っていた唯一の武器である棍棒を手離し。防御に使った腕を押さえてしまった。
先程、アタシの刃が半ばまで沈み、骨にまで達した深傷が。刺突を受け止めた衝撃でさらに開いたのだ。
今、悪名付きは完全な無防備。
あと数度、攻撃を繰り出さなければ隙を作れないと想定していたアタシは。今まさに絶好の機会を得た。
隙を突けば、黒い肌に変わり攻撃を弾くという悪名付きの防御手段も使えない、という確証を得るための。
「この一撃で──確かめてやるッッ!」
アタシの予想が的中していれば、放った横薙ぎの一閃は確実に無防備な悪名付きの腹を斬り裂くだろう。
そう確信し、両手剣が悪名付きの脇腹を捉えた。




