92話 ランディ、強敵に傷を負わせる
だが、戦意に迅るアタシよりも先に。
サバランの防御で体勢を崩された悪名付きに、一撃を浴びせた人物がいた。
好機を察知したのか、誰もが気付かない内に距離を詰めていたランディである。
『グ、オオォォォォッッ⁉︎』
ランディが振り下ろした剣が、悪名付きの背中を斜めに斬り裂くと。
斬られた傷口から血が噴き出し、堪らず悪名付きが汚らしい絶叫を口から漏らす。
先日の所長との模擬戦では、常に距離を取り、魔法による攻撃を担当していたからか。
実はランディが剣を振るっているのを初めて目の当たりにしたアタシは。ランディの剣閃の鋭さにも驚きはしたが。
「あ、あの硬い肌を、簡単に斬り裂きやがったッ?」
一番に驚いたのは、アタシの両手剣の一撃を通さなかった肌を。いとも簡単にランディが傷を付けた事にだった。
アタシより確実に腕力が足りないランディが、だ。
「ランディ……一体、何をしたんだよッ……」
目の前の光景に、アタシは思わず息を飲む。
サバランの高度な盾の扱い、防御技術にも驚いたが。今、目の前で悪名付きに傷を負わせたランディの剣閃で受けた衝撃は、それ以上だったからだ。
片膝立ちの体勢のまま、立ち上がるのも忘れて見入ってしまっていた──が。
「何してる! 無理せず寝てろって言っただろアズリアっっ‼︎」
「……な、ッ?」
突然、攻撃を放ったばかりのランディに怒鳴られた事でアタシは我に返る。
と同時に。
サバランとランディ、二人の姿に戦意をこれ程までに高揚させられたというのに。そのアタシを戦闘から遠ざけようとする発言に、憤りを感じてしまい。
その感情が、傷の痛みを完全に吹き飛ばしてしまう。
「じょ、冗談じゃねえッ……今さらアタシだけ除け者扱いするなッての!」
アタシは即座に立ち上がり、両手剣の切先を真っ直ぐ悪名付きに向け構え直すと。
ランディに反論した勢いで一歩を踏み出し、再び戦闘に復帰しようとした。
しかし、足を動かす瞬間。
「──待てよ」
頭を過ぎった思考が、激情に駆られた今のアタシを一瞬で冷静にする。
それは「果たしてアタシの攻撃が悪名付きに通用するのか」という疑念。
最初にアタシが悪名付きに放った一撃を思い返しても、何ら不足している要素も油断もなかった。
だからこそ、感情に任せて二度目の攻撃を仕掛けても。再び刃が悪名付きの肌に弾かれてしまう可能性が大だ。
故にアタシは二歩目を踏み込まず、その場に立ち止まって思考に耽る。
今はまさに眼前で戦闘が繰り広げられている、思案する時間は限られているが。何も考えずにただ攻撃しても、同じ事を繰り返すだけだろう。
「じゃあ……どうしたら。アタシの剣が悪名付きの肌に通用するようになる?」
解決策として、アタシがまず思い付くのは右眼の力を開放する事だ。
模擬戦の時にも右眼の力を使い、所長の鉄兜を両断したのが勝利を決定付けたのだから。
だが、アタシは即座に首を左右へと振り。右眼の力を使う案を否定した。
「いや、ダメだ。ありゃあ……遠征を続けるにゃ代償が酷すぎる」
その理由とは、右眼の力を使った後にアタシの身体を蝕む代償。全身の筋肉が痛みに襲われる事と魔力の浪費で、半日程度は身体を動かせなくなる事だ。
今のアタシらは養成所の訓練として数日間、ヘクサムの街の外で野営を行わなくてはならない。その最中に、半日動けなくなる状態にアタシが陥ったら。同行するランディら三人にどれ程の迷惑になるか、想像に難くない。
だが、右眼の力が使えないとなると。
急に剣の威力を増す、などという手段など本当にあるのだろうか。
「く、くそッ……どうしたら……ッ?」
時間がないのに、考えても考えても良い案が浮かばず、思考が纏まらない事に。
一度は冷静になりかけた頭の中に、徐々に苛立ちの感情が広がり。気付かない間にアタシは、噛み締めた奥歯を軋ませる。
考えに行き詰まったアタシはふと。
サバランに棍棒を弾かれ、さらにランディに背中を斬られた事で大きく体勢 を崩した悪名付きに視線を合わせると。
「──お」
悪名付きは、棍棒を構え直すよりも。ランディとサバランのどちらを攻撃対象とするかを迷っている様子で。
その隙に、ランディが再び攻撃を仕掛けるまさにその瞬間だった。
アタシの力任せな剣とは違い。悪名付きに傷を負わせたランディの鋭い剣閃を観察すれば、何かしら良い案の参考になるかと思い。
アタシは──ランディを「見る」。
より細かく。ランディが踏み込む瞬間から、剣を振り抜いた後まで、その一挙一動を見逃がさまいと。
一、二歩。
全く意図せずにアタシは足を進め、接近しながら。
「さっきは浅かったが、次はより深くっ──斬り裂くっ!」
その言葉通り。先の一撃よりもさらに一歩、前に踏み込んだランディは。より急所に近しい箇所を狙い斬撃を放つ。
ランディが先程浴びせた一撃は今もなお、背中に傷を残しはしたが。まだ悪名付きの動きから、傷が悪影響を及ぼしているようには見えなかったからだ。
──だが、次の瞬間。
アタシとランディが揃って驚きの声を発してしまう。
「「な、ッッ⁉︎」」
先程は見事に斬り裂いた筈の、悪名付きの肌が。刃が触れた箇所だけ真っ黒に変化し、ランディの剣を通さなかった。
まるでアタシの攻撃を弾き返した時のように。
そこまでが同じなら。
次に悪名付きが取る行動も、アタシの時と全く同じだろう。即ち──不用意に攻撃してきた相手への、反撃。
剣が弾かれたランディには今、立て直す事の出来ない一瞬の隙が生まれている。まるで、サバランが盾で悪名付きの棍棒を弾き返した時のような。
その生まれた隙は、アタシが反応出来ずに側頭部に直撃を喰らった時のように致命的だ。
悪名付きが握る棍棒が動く。
「──させるかよッ!」
と同時にアタシが吠え、地面を蹴り出して前方へと跳躍する。
その進路の先には、棍棒を振り回そうとしていた悪名付き。アタシの狙いは、棍棒を持つ腕。
今、仕掛けた攻撃は地面を踏み込む脚にこそ力を込めるのを重視し。腕に力が溜まっていないため、最初の攻撃に比べて威力は落ちる。
だから、アタシの剣が悪名付きの肌に弾かれるのは必然。
それでも──ランディへの反撃を阻止するには、アタシが割り込む以外には方法がなかった。
しかし。
アタシが腕を狙い、横へと振り抜いた両手剣の刃は。先程のように真っ黒な肌に弾かれる事なく、腕の半ばまで喰い込んでいった。
『グオオォォォォ⁉︎』
速度を優先したがために、腕を切断する事は出来なかったが。それでも、斬られた箇所からは背中の傷同様に大量の血を流し。
ランディへの反撃の好機を失った悪名付きは、痛みからか天を仰いで吠える。




