88話 アズリア、放たれた雄叫びに
ランディらの到着が近いのを、アタシは足音等から察知していた。
アタシにばかり注意が向けていた小鬼が、背後から突然迫る魔法に気付いたのは。本当に直撃する直前だった。
当然、回避など間に合う筈もなく。
『──ギャギャワワアアアアアアア⁉︎』
魔法が生み出した爆炎は、三体の小鬼を範囲に捉え。巻き込まれた小鬼が堪らずに絶叫を上げ、全身が炎に包まれる。
小鬼や取り巻きらが気付かないのに、何故アタシだけが察知出来たのか。
──理由は簡単で、途中まで一緒に行動していたアタシは、ランディら三人が来る方向を熟知していたからだ。
闇雲に辺り一帯全部に警戒を払うのと、とある一方向のみに注意するのでは、自ずと成果は変わってくる。
だからアタシはランディらの接近を、この場の誰よりも早く察知する事が出来た……という話だ。
残るは二体──そこへ。
ランディが放ったであろう攻撃魔法が飛来した方向から。疾風のごとき速度で飛び出してきたのは、短槍を構えたイーディス。
イーディスの突撃から一瞬だけ遅れ、背後から続くのは剣と盾を構えるサバラン。
先に小鬼に槍先を届かせたのは、先駆けたイーディスだった。
速度の乗った突撃から繰り出した彼の槍は、ランディの魔法の威力に怯んだ小鬼の胸へ深々と突き刺さり。一目で致命傷と分かる一撃を浴びせた。
一方でサバランは、イーディスが仕留めたのとは別の小鬼に対し、体当たりを敢行する。
ランディの魔法のように不意を突かれた訳でもなく、イーディスほど速くはない攻撃だったためか。小鬼もサバランの接近に合わせ、反撃を仕掛けるために握っていた棍棒を振りかぶる──が。
武器である剣ではなく、本来は防具である盾を前方へと構えたサバランは。
「さすがは小鬼、頭が単純だ……ぜっ!」
振り下ろされた小鬼の棍棒目掛けて、構えた盾を撥ね上げ、強く叩き付けていくと。
所長の巨大な鉄製の大鎚の一撃に威力負けせず、互角に受け止めたサバランの腕力は。いとも簡単に小鬼の棍棒を弾き飛ばし。
手に伝わる衝撃に耐え切れず、武器を手放してしまう小鬼。
『ギイ?──グギャァッ⁉︎』
棍棒を吹き飛ばしたサバランの盾は、そのまま呆気に取られた小鬼の頭部に叩き込まれる。
サバランは小鬼の攻撃を盾で防御したのではない。イーディスと同様に突撃していたのだ、槍ではなく剣でもなく、盾を構えて。
盾による突撃が直撃した小鬼は身体が浮き上がり、盛大に後方に吹き飛んでいく。
つまりはアタシの待つ方向へと。
「アズリアっ! そいつは任せたぜ!」
言うなれば盾は平たい鉄の塊だ、そんなもので。しかもサバランの腕力で殴られれば、無事で済む筈もないが。
一方で、盾は剣や槍のように肉を斬り裂く刃や鋭利な先端があるわけでもなく。敵の生命を断つ武器としてみれば、力不足は否めないが。
だからといって、アタシに始末を任せるとは。
「まったく……ちゃんと仕留めろッての」
やれやれ、といった表情を浮かべたアタシは。先程、小鬼の頭を真っ二つにしたばかりの両手剣を片手から両手で構え直し。
吹き飛ばされ、地面を転がる小鬼に近付いていくと。地面に剣先を向けながらゆっくりと持ち上げ。
そのまま、倒れた小鬼の心の臓辺り目掛けて、勢い良く剣を突き刺していった。
口から末期の絶叫と一緒に血を吐き、絶命して動かなくなる小鬼。
アタシは一度身体を蹴って、小鬼が本当に息絶えたかどうかを確認するも。何の反応も返ってはこなかった。
「……コレで、この場にいた小鬼は全部倒したハズだよ」
全ての小鬼を倒した事を確信し、アタシは背後にいたナーシェンの取り巻き三人に声を掛けた。
負傷し、意識のないナーシェンを連れて取り巻きの三人がこの場から一旦離脱するためには。追撃を避けるため、小鬼の全滅が必須だったが。
到着したランディらとの挟撃が上手くいき、六体いた小鬼を瞬く間に倒し切る事が出来た。
今ならば、負傷者を担いで安全な場所まで移動も容易いだろう。
だが、そう上手くはいかなかった。
これまで、配下である小鬼がアタシらに倒されても微動だにしなかった統率役の巨大な小鬼が。
突如、腹が膨らむ程に息を大きく吸い出した。
『スウゥゥゥゥ──』
これまで見せた事のない異常な行動に、アタシは偶然に気付いた。
一際異常な個体だ、当然警戒こそしていたが。ランディらが到着するのが間近と知り、さらに小鬼を全滅した事がアタシの心に隙を作ってしまったようで。
正直に言えば、統率者からアタシは完全に注意を逸らしてしまっていたのだ。
「し⁉︎ しまッ……」
異常な行動に気付いたアタシは、咄嗟に警告の声を張り上げようとした。
何故なら、統率者が視線を向けていた先は小鬼を倒したアタシではなく。明らかに取り巻き三人だったのだから。
だが、アタシの声より統率者の行動が早かった。
統率者が大きく口を開いた、次の瞬間。
『──グオオオオオォォォォオン‼︎‼︎』
とんでもない大音量の雄叫びが、統率者の口から放たれ。辺り一帯に大きく反響する。
それ程の絶叫を、間近で聞いてしまったアタシは咄嗟に武器を手放し、両耳を押さえたものの。
「な、なんて大声出しやがるッ……み、耳がッ?」
それでも声を聞いてからの反応だったため、大音量の悪影響を完全に避ける事が出来ず。耳を塞いだ後も、まるで先程の絶叫が頭の中で響き渡っており、耳が麻痺した感覚。
今度は絶叫したばかりの統率者から目線を切らず、しかし一瞬だけランディらの様子を確認すると。
どうやらランディら三人は、アタシよりも統率者から距離が空いていたからか。咄嗟の耳の防御が間に合った様子だ。
一方でランディら側も、距離がより近しいアタシを心配しているようで。何か声を掛けてくれてはいたのだったが。
「くそッ……この耳じゃ、何言ってるのか全然わからねえッての」
先程の絶叫の悪影響で、耳が麻痺していたためか。口が動いているから何かを言っているのは確実だが、その一切を聞き取る事がアタシは出来ずにいた。
いや、問題はそこではない。
咄嗟に反応が出来たアタシでも、これだけの悪影響が身体に現れたのだ。
だとしたら。同じ距離にいて、まだこの場から離脱をしていなかった負傷者と取り巻き三人は、同じく耳が麻痺してしまったのだろうか。
だとすると、彼らへ逃げる方向や機会等の指示を飛ばす事が出来ず、逃がす難易度が格段に上昇する。
状態の確認のため、アタシが逃すべき相手へと視線を向けると。
「う、おッ?」
何と、三人は自分の耳すら塞いでいないではないか。つまり、統率者が叫ぶ大音量をまともに喰らってしまったようで。
結果、三人の目の焦点が合っておらず、かろうじて意識はあれど、立った状態で半ば放心している事に。
「う、嘘だろ、せめて耳くらい塞げよ……ッ」
アタシは愕然とし、思わず愚痴が口から漏れる。
これではとてもではないが、負傷者を運ぶどころか、自力で戦場を離脱など望めないからだ。




