86話 アズリア、悲鳴の正体を知る
こうしてアタシが悲鳴の元へと駆け続けていると。辿り着いた先は、木々が立ち並ぶ一帯から丁度開けた場所。
「──いたッ」
先程アタシらも交戦した、土色の肌で小柄な体格の小鬼。その小鬼数体に取り囲まれているであろう数名か。
悲鳴はおそらく包囲された人物が出したのだろうが、まだ距離があり、小鬼が邪魔なため姿や顔は良く見えないが。囲まれているのは複数人、しかも足元に倒れている負傷者までいる様子だ。
そして、何よりも。
一体だけ、小鬼の群れに混じっていない異質な個体がそこには、いた。
小鬼同様に土色の肌をしてはいるが、体格は遥かに巨大。遠目ではあるが、もしかしたらアタシよりも巨躯かもしれない。
持っている武器も、丸太から切り出したかと思わせる程に巨大な棍棒。
目にした個体を果たして「小鬼」と呼んで良いかは疑問だったが。
どうやら、その異質な個体が群れを統率しているのは間違いないだろう。
「やっぱ……嫌なほうにばかり予想が当たるね」
アタシは一瞬、躊躇して接敵しようとする脚を止めてしまう。
まずは、悲鳴を上げて助けを求めた対象からどうにか小鬼を引き剥がしたい。
先程の交戦でアタシが実践してみせたように、先制攻撃で小鬼の一体を倒し、怯ませた隙に逃がしたいところだが。
奇襲で敵を斬り伏せ、相手の戦意を削ぐ方法は。群れを率いる存在がいない集団だからこそ有効であって。統率者がいる集団に通用する可能性が低い……というのはアタシの経験からだ。
「さて、どうするよ……アタシ、ッ」
救出は緊急を争う、ランディらの到着を待つという選択肢は最初からない。そもそもアタシの先行を許したのも、先んじて攻撃を仕掛けるのを期待されての事だが。
ならば闇雲に先制攻撃を仕掛けるよりも、まずは一旦囲みを観察し。包囲が薄くなるように小鬼を狙うべきではないだろうか。
だが、アタシが脚を止め、見せた迷い。
それが致命的な失策となってしまう。
『グ……オッ⁉︎』
「し、しまッ──」
脚を止め、小鬼を観察していたアタシは。
本当に偶然、或いは不運だったが、異質な個体との視線が交差し、目が合ってしまったのだ。
つまり、先にアタシの存在を察知されたという事。
『ガアアアアアア! グオアアァァッッッ‼︎』
当然、こちらの接近に気付いた巨大な個体は、同じく巨大な棍棒を片手で振り回し。武器の先端をアタシへと向けて、大声で騒ぎ始めたのだ。
残念な事にアタシは小鬼らの言葉は理解出来ないが。今の状況から、敵対的な意味であろう事くらいは察知が出来た。
先手を奪われたアタシはまず、両手剣を構えると。
「ふぅッ、ふぅ……ッ」
息を一度、二度大きく吐いて、敵に発見されてしまった動揺を鎮め、敵側の行動を待つ事を選んだ。
アタシの位置が看破された以上、もう先制攻撃で相手の戦意を削ぐ戦法は意味を持たないからだが。
それと、もう一つ。
「さあ、小鬼どもはどう出る?」
巨大な棍棒を持つ個体が動くのか、誰かを取り囲んでいる最中の小鬼らにアタシへの攻撃を命令するのか。
アタシを捨て置く、もしくは地面に落ちている小石を投擲するという選択もあるが。
果たして小鬼がどの命令を受けたのか、見極める事が重要だったからだ。
中でもアタシは「小鬼が包囲を解き、こちらに攻勢を仕掛ける」のを選べ、と心の中で願ってみせる。
そもそも先制攻撃を仕掛けるか悩んだのも、一番の目的である「悲鳴の主を救援する」だったが。アタシの希望通り、小鬼がこちらに敵意を向けてくれるのなら。寧ろ、目的を果たすには好都合だった。
逆に、アタシにとって一番都合の悪い選択肢は「石を投げられる」だ。
どうしても故郷にいた頃の、住人に受けた扱いと暴言を思い出し、感情的になってしまうだろうから。
アタシが待ち受ける中。
異質な個体、そして小鬼が選んだのは。
「──動いたッ!」
統率する役割を持つ巨大な個体はその場を動かずに、配下である数体の小鬼らが一斉にアタシを注視し。
その凶暴な爪や粗雑な武器を振りかざし、全員が駆け足で迫ってきたのだ。
まさにアタシの希望の通りに。
小鬼らへ下した命令が判明した今、アタシがこれ以上攻撃を待つ必要はもう、ない。
「う──おおおおおオオッッ‼︎」
アタシはこれまで息を大きく吐く等して、鎮めていた感情を一気に爆発させると。
まるで雄叫ぶように、腹の底から大声を張り上げる。
──感情の昂りを吐き出すのともう一つ、後方にいるランディら三人に「交戦した」と伝達する意図も含まれていた。
叫ぶと同時に地面を大きく蹴り上げたアタシは、構えた両手剣を肩に担ぐと。集団で迫る小鬼の先頭目掛けて飛び出していく。
『ギ、イィッッ⁉︎』
突如として距離を詰められた事態に、驚きのあまり身体を震わせ、動きを鈍らせてしまう攻撃対象だった小鬼。
アタシは何の逡巡もなく、肩に乗せていた両手剣を跳ね上げ。小鬼の頭上へと渾身の力を込め、勢い良く刃を振り下ろし。
小鬼の頭蓋を真っ二つに叩き割る。
割れた頭の切断面から、血と様々な体液をゴボゴボと溢れさせながら。哀れな小鬼の身体が、力無くその場に崩れ落ちる。
ここまでは先程に交戦した小鬼らの集団と全く同じ展開──だが。
「やっぱり、攻撃の手を緩めはしないか」
あの時は、アタシが一撃で頭を叩き割るのを目の当たりにした小鬼らは、一体の例外なく恐怖で怯み、動きを止めたが。
今回も同様に……とはいかず。小鬼の戦意を削ぐまでにはいかなかった。最初にアタシが抱いた懸念が的中し。
「ホント、嫌なほうばかりに予想が当たるよッ!──でもねッ」
小鬼が倒れ、隊列が崩れた事でようやく視線が通り。包囲され、救助を待つ人間の顔と姿が確認出来るようになる。
同時に、包囲にも穴が空き。足が動くならば突破する道を作る事が出来た。
早速アタシは、逃走経路を指差しながら。この場から急いで撤退するように指示を出す。
「後ろから援軍も来てる! 怪我した人間を運んで、とっとと逃げるんだ……よ?」
しかし指示を出していたアタシは、思わず言葉を止めてしまう。
救助を待っていた人物の顔、そして姿を見てしまった途端に。
「あ、アンタらは……ッ?」
まずは着ていた服装だが、アタシらと同じ養成所から配給された制服。
しかも、先程亡者にならないようにより深く地面に埋めてきた訓練生とは違い。その顔には見覚えがあった。
昨晩、アタシらに喧嘩を売り。今回、養成所の外で数日間の野営をする原因を作った、ナーシェンとその取り巻き。
アタシの記憶が確かなら、朝にも見た四人の顔にあまりにも酷似していたからだ。




