81話 ナーシェン、最悪の選択
一瞬、視線が泳ぎ。無意識なのか、助けを求めるようにナーシェンを見るも。
その時、バーガンの視線に映ったのは「待たせるな」「さっさと魔力を込めろ」と言っているような目線と表情に。
決断、というよりは諦めの気持ちが勝ってしまい、抵抗する心が折れたバーガンは。
「く、くそ……もうどうにでもなれっ!」
副所長が命じたままに、握った短剣に魔力を注ぎ込んだ。
すると、短剣の切先の先端に込めた魔力が反応を起こし、赤い光が現れた──次の瞬間。
赤い光は燃え上がる人の頭ほどの大きさの炎の塊へと変化し、バーガンの前方にあった樹へと放たれ。
樹に衝突した炎の塊は爆音を鳴らして弾け飛び、幹に衝突した箇所が黒く焼け焦げてしまっていた。
「う、うわあぁっっ⁉︎」
短剣から炎が投射された反動なのか、バーガンは叫び声をあげながら、転倒して尻を突いてしまっていたが。
今の様子を一から見ていたイオやタワーズも、地面に座り込むバーガンを助け起こすのを忘れ。目の前で黒焦げになった樹から目が離せずにいる。
「す、凄え、威力の魔法だっ……」
「こ、この魔法が、短剣の力だってことかよっ……?」
二人の胸には、手に握っていた同じような装飾の短剣にも。バーガンのと同様に、魔力を込めれば凄まじい威力の炎を生み出す効果があるのか、という期待が湧き上がる。
何しろ、他の訓練生同様にイオら三人もまた、養成所で魔法の訓練を受けてはいるが。
今、バーガンが短剣から放った、樹を黒く焦がす程の威力の炎の攻撃魔法など使う事はまだ出来なかったからだ。
「ふ、副所長っ、俺も一つ、試してみてもいいですかっ?」
「お、俺も? 俺もっ!」
強力な攻撃魔法に少なからず憧れのあった二人は、地面に座り込んだバーガンを後目に、短剣の効力を試し始める。
するとバーガンの時とは違い、魔力を込めた短剣の先端に灯ったのは、赤い光ではなく。青と緑、それぞれ違った色彩の光。
そして、二人の持つ短剣から放たれたのも炎の塊ではなく。
「え⁉︎ あ、あれ、炎じゃ、ないっ……?」
青く光ったタワーズの短剣からは、白い煙を纏った同じ程度の大きさの水の塊が。
イオが握った短剣からは、緑に輝く光から生まれた風の刃が一つではなく三つ。
それぞれが異なる軌道を描いて飛んでいった。
想像とは違った光景に唖然としていた二人。
目の前で発揮された効果にも驚きだったが、やはり一番の驚きは。短剣の力とはいえ、このような威力の攻撃魔法を初めて使えた事に感動すら覚えていたからだ。
「す、凄え……凄えよっ副所長っ、魔法の短剣さえありゃ」
「試してみて、納得したか?」
背後から声を掛けられた事で、咄嗟に振り向くと。
副所長が腕を組みながら、如何にも勝ち誇ったような表情を浮かべていた事に。二人は不思議に思ったが。
「お前たちに渡した短剣はそれぞれ、火属性に水属性、風属性を帯びていて。魔力を込めれば簡単に攻撃魔法と同じ力を発揮出来るわけだ」
攻撃魔法を扱えない人間でも、攻撃魔法を発動させる事が出来る──これだけ凄い効果の魔導具は聖銀製の武具と同等、いやそれ以上に貴重な物かもしれない。
そんな魔導具を、戦場の最前線で戦う屈強な兵士や騎士に、ではなく。兵士になる前の、たかが訓練生四人に。ほぼ無償で提供してみせたのだ。
副所長がせめて自画自賛したくなるのも無理はない。
しかし、副所長の言葉はまだ終わりではなく。
「普段の訓練の成績が芳しくないお前たちでも、遠征を無事に終わらせる事が出来るだろうし──」
先程までの勝ち誇ったような表情が歪み、邪な意図を含んだ笑みへと変え。何かを言い掛けた副所長。
何かしらの意図を含んだ視線は、聖銀製の長剣で数度、空を斬り裂いて試し振りをしていたナーシェンへと向けられ。
ナーシェンもまた、副所長が何を言おうとしていたのか。言葉の先の意図を汲み取り。視線を返していくと二人の視線が交差し。
直後──副所長は発言の最中で、納得したように言葉を差し止める。
「まあ、こちらの援助はこれで終わりだ。後はお前たちの好きにするがいい……だが」
一旦言葉を止めた副所長は、用件を終えたとばかりに纏っていた外套の頭巾で頭をすっぽりと覆い。
この場から立ち去ろうとするが。
「くれぐれも俺が関わった事は他言無用だぞ」
最後に一言、ナーシェンら四人へと強い口調で。自分の関与を口外するな、と警告を残して。
今度こそ本当に副所長は姿を消してしまう。
この場から退去した副所長の立っていた場所を、いつまでも眺め続けていたイオら三人だったが。
「……行ってしまいましたね、ナーシェン様」
イオは覚悟を決めて、恐る恐るナーシェンへと声を掛けた。
当初、ナーシェンが思い描いた構想は魔術師である副所長が遠征の数日間、共に行動をする事で。別行動をしているランディ組よりも優れた結果を残す、というものだった筈。
確かに副所長から譲渡された魔導具は、いずれも優れた効果を持つ。
それでも、ナーシェンの計画通りに物事は進まなかったのだ。イオが覚悟したのは、副所長が立ち去った今、再び癇癪を起こす可能性があったからだ。
だが意外にも、ナーシェンは癇癪を起こしたり、苛立っている様子には見られなかった。
「く、ふふふ……ああ、そうだな」
それどころか口端を吊り上げて笑みを浮かべ、時折低く重い笑い声を漏らしていた事に。
「聖銀の武器に、魔法が放てる短剣……この力があれば」
話し掛けたイオは、ナーシェンの低い笑い声に思わず背筋に寒気を覚える程の不気味な印象を受け。
「な……ナーシェン、様?」
同時に、癇癪を起こした時よりも直感的な危険を笑い声に覚える。
イオだけでなく、バーガン、タワーズの両名もまた同様にナーシェンの態度から危険を察知したのか、顔色を蒼白に変えていた。
三人は男爵家に仕える使用人や調理師、庭師の出身であり、ナーシェンと近い年齢だった事から。幼少期から親交を深めていたが。
だからこそ、ナーシェンがこのような態度を見せたのは過去に二度あったが。とんでもなく無謀な事態になる事を、三人は経験済みだった。
最初は、ラウム男爵家に代々伝わる魔法の槍・リロデールを勝手に拝借しようとした時。
二度目は強力な魔獣である魔熊を偶然見つけたナーシェンが、「四人で討伐しよう」と言い出した時。
一度目は入手には成功したものの、家宝の槍が紛失した事に男爵は激怒し。責任を取って、ナーシェンの教育係の首が飛んだ。
二度目の時は、無謀にも魔熊に挑んだ挙句。魔熊の一睨みで足が竦んだところを前脚の一撃が直撃し。ナーシェンの不在に気付き、探索していた男爵家の騎士が発見に遅れれば、四人は死んでいただろう。
そして今、イオらは三度目の危機を迎えようとしていた。
ナーシェンの頭に浮かんだ無謀な計画、それはランディやアズリアら四人の襲撃計画だった。
「いつも私の上をいく忌々しいランディ、そして……肌が黒いくせにこの私の誘いを蹴ったあの女。あの者らに直接、制裁を下す事が出来るのではなかろうか……っ」
それは、副所長が言葉にしようとするも言わなかった、邪なる意図。
強力な魔導具を持たせた事で、帝国貴族であるナーシェンらの自尊心を刺激して。対抗しているアズリアら四人に襲撃を仕掛けさせる、という密やかな悪意だが。
副所長の悪意は言葉にせずとも、魔導具を手渡したと同時にナーシェンの心に伝染していたのだった。
・呪魔の短剣
武器の柄にそれぞれの属性を帯びた宝石を埋め込み、魔法の術式を短剣全体に組み込んだため。
発動する魔法の習得や詠唱、予備動作を必要とせずに元来の魔法に必要とされる魔力消費のみで、組み込まれた魔法を使用出来る魔導具。
──と、一見すると実に都合の良い道具なのだが。
当然ながら、短剣による魔法発動には魔力消費以外にも代償が存在している。




