78話 ナーシェン、副所長との邂逅
ナーシェン 武勇で名を馳せたラウム男爵の長子
イオ ナーシェンと同室の取り巻き
バーガン イオと同じくナーシェンと同室の取り巻き
タワーズ イオと同じくナーシェンと同室の取り巻き
──時は少しだけ遡り。
ヘクサムの街を出発し、ランディらとは全く別の方角へと足を進めていたナーシェン。
「で、でもっ……本当に俺たち四人だけで平気なんですか、ナーシェン様?」
護衛、という名目ながら。実際には男爵子息であるナーシェンの威光を借りるのが目的だったイオ・バーガン・タワーズの三名は。
養成所に所属する訓練生の中でも、実力の一つ抜きん出ているランディと別行動を取る事に不安を覚えながら。ナーシェンの後を着いて行くのだが。
「ナーシェン様?」
そのナーシェンはというと、頻りにキョロキョロと周囲を警戒している。索敵というよりは、まるで何か──いや、誰かを探しているように。
しかし、探しものが一向に見つからないナーシェンは。途端に苛立ちの感情を露わにし始める。
「何処だ? 一体何処にいるっ!」
ついには、後方にいた取り巻きの三人の目を気にも留めずに愚痴を漏らすだけではなく。
手にした槍を意味もなく振り回して、周囲に生えた繁みの枝や葉を薙ぎ払い。苛立ちを吐き出していくナーシェン。
「くそっ……目標がない外では、何処にいるのか分からないではないかっ!」
ラウム男爵家の長子であるナーシェンは、唯一の後継者として甘やかされた影響で。自分の思い通りにならないと癇癪を起こし始める性格となってしまった。
しかも父親である男爵や、あからさまに立場が上だとナーシェンが認めた所長の前では。癇癪という悪癖を隠し通せる狡猾さまで合わせ持っていた。
その悪癖こそ、アズリアへの勧誘を拒否され、取り巻き共々騒動になった理由でもあり。所長の判断に不満があったものの、直接異議を言い出せなかった理由でもあった。
養成所に入所するよりも前からナーシェンの付き人として従っていたイオら三人は当然、彼の悪癖についても承知している。
だからこそ、苛立ちを露わに周囲に槍を振り回すナーシェンに。三人は声を掛けるのを躊躇うしかなかった。
「お、おいどうする? このまま癇癪を起こされ続けても、なぁ……」
「だけど、手伝おうにも。ナーシェン様が何を探しているのか俺たちは聞かされてないんだぜ?」
下手に機嫌を損ね、街の外でナーシェンに置き去りにされる事態は避けたかったのもあるが。
一番の理由は、今ナーシェンが何で周囲を散策しているのか、その目的を三人は聞かされていなかった事だ。
三人が顔を合わせ、ナーシェンへの対処をどうするか相談していたが。
相談と同時に、上手くいかないナーシェンの苛立ちは最高潮に達してしまう。
「……くそうっ!」
一際力を込め、槍で繁みの枝葉ではなく、大きく太い樹の幹を叩いてしまった、その時。
「まだ始まったばかりだというのに、随分と荒れてるじゃないか、ナーシェン」
ナーシェンが強打した樹木とは別の樹の影から、スッと姿を見せたのは一人の人物。
「「ふ、副所長っ?」」
後方に控えていたイオら三人の声が、突然現れた人物を指差しながら揃って口にしたのは、副所長という役職。
そう、姿を見せたのは副所長のカイザスだった。
「で、でも何で……副所長がこんな場所に?」
三人が驚いたのは、出発の際に姿を見せていなかった副所長が、突如として自分らの前に姿を見せたその理由だ。
今、ナーシェン一行は数日に及ぶ遠征の最中であり。その間は街や養成所の人間の手を借りる事は許されていない。
そんな状況下で、副所長が突然現れたのだ。
まず三人が頭に浮かべたのは、何か所長らが養成所内で敷いた決まり事を違反したか、という焦りだった。
ただでさえ副所長は、成績の悪い訓練生に加える必要のない懲罰を与える事で、悪い方向に有名だっただけに。
所長以下、誰の目もないヘクサムの郊外にて。騒動を起こした自分らに懲罰を与える目的かと思い。
「……ひぃっ! お、お助けっ……」
三人は思わず小さな悲鳴を漏らし、副所長が懲罰に良く使う攻撃魔法に備え、身体を屈めて縮こめてしまうが。
「ふぅ……探したぞ、副所長」
三人とは対照的に、ナーシェンだけはまるで態度を崩す事なく。樹の影から現れた副所長に不遜に言い放つ。
「荒れてたのは貴様のせいだろう、副所長。この私との約束を反故にしたかと思ったぞ」
「へ? や、約束?」
「ど、どういう事ですか、ナーシェン様っ?」
三人は、副所長を前に全く振る舞う態度を変えなかったナーシェンを不思議に思わなくもなかったが。
それよりも。主人であるナーシェンの口から飛び出た「約束」という言葉にこそ、三人は関心を示さずにはいられなかった。
どう聞いても約束とは、目の前にいる副所長が対象だったからだ。
「所長に抗議しても無駄だと聡明な私は知っているからな。副所長に手を貸して貰えるように、あれから打診したのだ、私自ら」
「──あ」
ナーシェンの話を聞いて、ようやくイオら三人は。
昨夜、所長に翌日の遠征を命じられた直後。「副所長を味方に付ける」と豪語したナーシェンが、交渉のために副所長の部屋へと向かった事を思い出した。
当然、三人もナーシェンの後ろに着いて、副所長の部屋の前までは同行したのだったが。
「あ、あの時話してたのって、そういう内容だったんですね……」
とは言え、副所長の部屋に入るのが許されたはナーシェンただ一人。三人は、部屋の中でナーシェンと副所長がどのような内容の会話が繰り広げられたのか、まるで知らなかった。
だからこそ、副所長が姿を見せた時。三人は揃ってあれだけ驚いたのだ。
「だ、だけどイオ。副所長がこうして合流した、って事は本当に俺たちの味方になってくれるって話なんじゃないか?」
「そうだとしたら……勝てるぞ、俺たちは。あのランディたちにも」
ナーシェンが副所長を味方に付ける交渉を実際に行なっていた事。そして実際に副所長が自分らに合流した事から。
イオら三人は、副所長が味方となって遠征に参加してくれたのだ、と歓喜し。今回の遠征で、自分らの陣営が勝利する事を確信する。
そもそも、今回の遠征は訓練の一つではない。
ランディの部屋の四人と、ナーシェンら四人の合計八人しか参加しておらず。緊急事態が発生しても大勢で対処が出来ない時点で。ある意味では、揉め事を起こした懲罰とも言える。
元来であれば「遠征」という訓練は、まず第一の目的は生存する事だ。その点では勝利も敗北もないのだが。
昨夜の騒動を多くの訓練生が野次馬として見ており、喧嘩を吹っ掛けたのが無断で勧誘を仕掛けたナーシェン側なのは知れ渡っている。だからこそ、ランディらとの優劣を結果として残す必要性がナーシェンらにはあった。
手っ取り早く、遠征での優劣を示す方法は大きく三つ。
高い脅威の魔物を討伐するか、数多くの魔物を討伐するか。或いは相手が遠征途中で脱落するか。
しかし、その三通りの方法でナーシェン一行がランディらに優位性を示すのは、ほぼ不可能に等しかった。
 




