75話 アズリア、握っていた長剣の謎
いや、呆れているというよりは。
小鬼相手に傷一つ負う事なく、盾役であるサバランが活躍する機会を奪ってしまったアタシらに対し。
恨めしい、という表現が正しいのかもしれない。
「いやいや、サバランッ──」
アタシは三体の小鬼を叩き斬り、刀身にべっとりと付着した血と体液を一振り、空を斬る事で拭い払った後に。
小鬼との戦闘の直前に、交わしていた会話を思い出して。恨みがましい視線をアタシらへと向けていたサバランに声を掛ける。
「アンタ言ってたじゃないか。戦いになったら傷を負う、だから嫌だったんだ、ッて」
「い、いや、確かに言ったさ」
まだ敵の正体が小鬼だと判明するより前から、サバランが交戦に反対していた理由というのが。
今アタシが言ったように「傷を負うのを嫌がって」だったのだ。
サバランの主張には納得が出来る点もある。
養成所には治癒術師が一人おり、訓練生はたとえ日々の訓練の最中に負傷しても簡単な治癒魔法を使って回復して貰えるが。
一度、養成所の外に出てしまえば治癒術師はいる筈もなく。傷を負っても回復する手段は当然ながら、ない。
傷というのは厄介なモノで、動くのが困難になるような深い傷はともかく、肌を切る程度の浅い傷でも、痛みで身体の動きや反応は鈍るし。放置をすれば傷口が膿み、毒や病に冒されたように身体が動かなくなってしまう。
「だからアタシらは……いや、少なくともアタシは頑張ったんだぜ。アンタが小鬼の攻撃を受けないように、さ」
しかもサバランはこうも言っていた。
盾を持ち、敵の攻撃を真っ先に受け止める自分こそが一番、負傷する可能性が高いとも。
先日の模擬戦でアタシは、不用意に所長の握る鉄製の大鎚と衝突し。
大鎚の威力に力負けし、大きな隙を作り、あわや所長の反撃が直撃……という時に。咄嗟に割り込んできたサバランの盾に危機を救われた、という事があっただけに。
事前にサバランから負傷する事への懸念を聞いていたアタシは。
今回の小鬼との戦闘ではいらぬ反撃を出来る限り喰らわないよう、細心の注意を払ったのだ。
いくらアタシが予想外の威力の攻撃を繰り出し、さらにランディの魔法で一気に戦況を優位に傾けたとはいえ。
まさか、ここまで一方的な展開になるとはアタシ自身思ってもなかったのだが。
「……で。何が一体、不満なんだよ?」
「そ、そりゃ? その、何だ……っ」
とにかく結果としては、負傷する事を懸念していたサバランは傷一つ負わなかったのだ。感謝されこそすれ、恨みがましい目線を向けられる理由などない。
そう反論され、口籠ってしまいアタシから目を逸らしたサバラン。
言葉が上手く出てこないからか、或いは、正直に口に出すのが恥ずかしい理由だったのか。
アタシは知っている。その理由というのを。
「そりゃ……言えないよねえ」
ランディの魔法が眼前て炸裂し、一〇体はいた小鬼の集団が半数を減らし。劣勢を悟ったからか逃走しようとする小鬼らへ。
最初にイーディスが追撃し、アタシやランディも続いて逃げる小鬼へ追撃を仕掛けた一幕は記憶に新しい──が。
その時、盾を構えていたサバランが「あ」という言葉を残し、その場から踏み出すのを躊躇したのをアタシは見逃がさなかった。
まさか、そのまま追撃を行わずに呆然と立ち尽くしてしまったなどと。サバランも正直に言えなかったのだろう。
「そ、そりゃお前たちが速過ぎた……いや、俺は防御役だから後方に控えてたんであって、俺が遅かったりしたわけじゃ……」
言葉を選びながら、必死に言い訳を続けていたサバランを。アタシは口端が緩むのをどうにか堪えながら眺めていた。
サバランが口籠る理由の大体の予想が出来ているのに敢えてアタシが黙っていたのは。
遠征が始まる前に「力の加減が出来ない」と揶揄われた事への意趣返しだったりする。
……だが、あの時はアタシが拗ねた反応を返してしまったのが仇となり、予想外の騒動に発展してしまった。
あまり責め過ぎては同様の結果になる、とアタシは引き時だと判断し。一度、サバランとの会話を強引に切り上げた。
「……と。サバランを揶揄うのもこの程度にして」
「お、おいっ……そりゃどういう意味だよっ」
と言い返すサバランだったが、表情からはどこか安堵した様子が窺えた。
おそらく、これ以上深く追及されれば。アタシが内緒にしていた事実を、勘の良いランディかイーディスのどちらかが気付いてしまうかもしれないから。
サバランとの会話を中断した理由はもう一つ。アタシはどうしても気になるとがあったからだ──それは。
「お。間違いない、コイツだ」
アタシは視線をサバランから、地面に転がっていた小鬼の物言わぬ亡骸へと移して。
戦闘開始前に見つけた、立派な長剣を手にしていた個体を探し。対象だった亡骸は、容易に足元で発見する事が出来た。
黒焦げにはなっていない亡骸の状態から、ランディの攻撃魔法で倒されたのではない。ならば、アタシら三人の誰かが交戦した……という事になるが。
「……ちなみに、何だったんだい? この小鬼はさ」
「群れを率いた上位種、というのが小鬼にはいると聞いた事があるが。どうも、それとは違うみたいだし……な」
アタシも衛兵らからの噂話を耳にしていたが。
小鬼や野生の獣が複数体で群れを作る時には、稀に群れを率いる能力の秀でた長が存在している、と。
最初に長剣を握っていた小鬼を見た時、アタシの頭に過ぎったのは。あの小鬼こそ群れの長、という可能性だったが。
「群れを率いた上位の個体がこの中に混じっていた……いや、とてもそんな風には感じなかったぞ」
「だよなぁ、アタシも同感だよ」
しかし、然程苦戦する事なく三体の小鬼を倒したアタシはともかく。
同じく実際に小鬼と交戦したランディやイーディスも、首を左右に振って思い当たる点がまるでないと主張する。
だとすれば、小鬼が持っていた長剣は。個体の強さに関係なく、偶然にあの小鬼が入手したという結論になるが。
「じゃあ、あの剣は拾った? いやいやいや……あんな剣がポンとそこら辺に落ちてるか、ッての」
鉄は貴重な金属であり、当然ながら鉄製の武器や防具も貴重な存在であって。街の住人がおいそれと入手出来る物でも値段でもない。
しかも、たとえ破損して使えなくなった武器や防具は、回収されて鋳潰され農具等の別の道具に再利用されるのが普通だ。
だから戦争が終わった後に、戦場で壊れたり放置され、或いは死者が身に付けている武器や防具を回収する「戦場漁り」という仕事まであるくらいだったりする。
それに、先程の小鬼が握っていたのは長らく捨て置かれて赤錆の浮いた代物ではなく。錆びが浮いておらず、遠目ながら刃毀れのない新品同様の長剣だった。
いくら周囲へ侵略戦争を繰り返しているこの国で、兵士の養成所があるヘクサムとはいえ。新品の長剣が地面に転がっている筈もない。




