74話 アズリア、ランディらの奮闘
倒した小鬼に突き刺さった両手剣を抜きながら、アタシは周囲をよく観察すると。
小鬼の視線はアタシと、アタシが今倒したばかりの仲間の亡骸に集まり。
動きを止めた、というよりは。一歩、また一歩とアタシに怯えた視線を見せながら、アタシから遠ざかるように後退っているようにも見えた。
確かに想定していたより遥か上の威力を叩き出した事に、アタシも軽く驚いてはいたが。
まさか敵である小鬼に恐れを抱かれてしまうとは。
「は……はッ、何とも複雑な気持ちだねえ」
誇らしいのも半分、敵に恐れの目を向けられた事に苛立ちも半分、という感情から。アタシの口から思わず言葉が漏れる。
アタシの見立てが間違っていなければ、小鬼が攻撃に躊躇していた中。
背後に控えていたランディから指示が飛ぶ。
「アズリア、数歩でいい! 後ろに退がれっ!」
何事か、と声の方向を一瞥したアタシは。
武器を握っていない側の腕を開いて構えた体勢から、次にランディが何の行動を取ろうとしていたのを察知して。
アタシは言われた通りに、体勢を崩さない程度に素早く、その場から後方へと跳び退いた。
──次の瞬間。
「吹き飛べ──火炎爆破!」
ランディが発動したのは、所長との模擬戦で見せたのとはまた違った攻撃魔法。
アタシが小鬼へと攻撃を仕掛けたと同時に、魔法の詠唱を開始していたランディは。詠唱を終え、発動の準備が整った魔法を開いた手から解き放つ。
直後、小鬼らの集団を巻き込む位置に突如、大気が強烈に震え。激しい音に続き、真っ赤な炎が辺り一帯に巻き起こると。
周囲にいてアタシに怯えた事で足が動かなかった小鬼の数体は、炎の範囲から逃れる事が出来ずに衝撃に薙ぎ倒され、或いは発生した炎に身体を焼かれていた。
「あ、熱ッちいぃ! それに……耳もッ?」
間近で展開した火属性の攻撃魔法、その衝撃と炎の余波は後ろに飛び退いたばかりのアタシにも届き。
鳴り響いた爆音の影響で聴覚が一時的に狂い、さらに炎の熱がアタシの頬を炙る。
見れば、先程までアタシが立っていた位置はすっかり、ランディが放った魔法で燃え盛る炎に包まれていた。
もしランディの警告を素直に聞かず、あの場に立ったままであれば。きっと炎が頬を舐める程度では済まなかっただろう。
警告のお陰で攻撃魔法の範囲からは無事、逃れる事が出来たものの。
間近で巻き起こった紅蓮の炎にアタシは、術者に文句の一つも言ってやりたくなり。
「あ、アンタ……危なッ──」
「助かったよ、アズリア」
しかし同時に、文句の対象であったランディがこちらの文句を遮るよう口にしたのは。今アタシが仕掛けた攻撃への称賛の言葉だったのだ。
「先に飛び出したのは驚いたけど。まさか、最初の一撃で小鬼を全員、恐怖に慄かせるなんて、な」
「い、いや、アレは別にッ……」
「お陰で、一気に魔法で小鬼の数を減らせたんだから」
ランディの言葉を聞いて、アタシは魔法の炎が巻き起こった一帯を今一度見返していくと。
先程まで激しく燃え盛っていた紅蓮の炎は、いつの間にか鎮火しており。地面には、全身を焼かれ息絶えた合計五体ほどの小鬼が転がっていた。
当初四対一〇以上というアタシらに劣勢だった戦況は、ランディの今の魔法で互角以上へと優位に傾く。
『ギ……ギ、ギギッ』
単純な数だけでも、一気に半分が倒されたのだ。獣と同じ程度の賢さの小鬼の頭でも、数で優勢だった状況が一転し、不利だと理解したのか。
アタシらに背を向けて、この場からの逃走を図ろうとする。
しかし、野生の獣ならばいざ知らず。下位魔族である小鬼は、放置すれば街の外に出た住人が襲われる危険が大きいし。再び群れを成し、街を襲おうとする可能性もある。
小鬼の逃走を許す危険性を理解していたのは、どうやらアタシだけではなかったようで。
「……逃がすかっ」
そう言って、槍を構えた体勢から一気に飛び出していったのはイーディス。
先日の模擬戦で見せたように、柄の短い槍の底部を腰の装身具で固定していたのは。ただ槍の柄を握って突撃するよりも、突き刺した際の貫通力を強化する目的なのだろう。
──しかも、驚く事に。
「は、早ぇッ⁉︎」
今、イーディスが突撃してみせた速度は。下手をしたらアタシがつい先程、小鬼との距離を詰めた時よりも速いかもしれない。
アタシが驚く程の速度の突撃で、小鬼が逃げに転じるよりも一歩早く──槍先が小鬼に到達し。
背中に鋭く槍が突き刺さったか、と思えば。あまりの突撃の威力だったのか。直後、身体を貫通した槍先が小鬼の腹部から飛び出してしまう。
背中から内臓まで貫いた槍は明らかな致命傷。
『ギィィィィッッ⁉︎』
アタシが頭を潰した時とは違い、今度は盛大に絶叫とも言える断末魔を上げた小鬼だったが。
『ギ、ギギッ! ギ……ギ……』
致命傷を負ったとはいえ、頭を潰されたり首を刎ねられた時とは違い。腹の致命傷は瞬時に絶命するわけではない。
イーディスの槍で貫かれた状態で、小鬼は手足をバタバタと動かし。最後まで鳴き声と抵抗を止めようとはしなかったが。
やがて小鬼の生命の灯は尽きたのか、嘘のように静かとなり、全く動かなくなる。
アタシの初撃、そしてランディの火属性の攻撃魔法に続き。イーディスもまた小鬼を一体仕留めたのだ。
残った小鬼も、地面に転がった先程までの仲間だったものの亡骸を放置し。
一目散に逃走を開始したのだったが。
「逃がすかよッ──ランディ、アタシは一番右側を貰うぜッ!」
「わかった。イーディス、お前は一番左の小鬼を任せたっ」
いくら背中を見せようが、アタシらに小鬼を見逃がす理由がない以上、攻撃を躊躇しない。
寧ろ、小鬼の脅威である集団行動が出来ない今となっては。逃げる小鬼を追撃するのは容易い事だった。
ランディの剣、イーディスの槍が次々と逃げる小鬼を仕留めていった。
アタシも構えた両手剣で、一体の首を両断し、もう一体は背中を大きく斬り裂いて二体の小鬼の息の根を止め。
「ふぅ……終わったみたいだね」
「だな。辺りを見ても、もう小鬼の姿や気配はないみたいだしな」
一度、確認のために周囲を見渡していくが。付近には、攻めに転じて追撃したアタシら三人以外の気配はもう感じない。
どうやら小鬼の群れの討伐は、無事に完了したようだが。
「ん、三……人?」
ふと、小鬼を追撃し全滅させた中にサバランの姿がなかった事をようやく気付いたアタシは。
背後に視線を向けると、盾を構えたままで最初にいた位置から一歩も動いていなかったサバランが。
「確かに怪我したくない、とは言ったけどよ。出番がまるでない、とは聞いてなかったぜ……」
と、戦闘を終えたばかりのアタシら三人に呆れた顔を浮かべていた。




