54話 アズリア、一難去ってまた一難
自分で言うのも何だが、随分と胡散臭い話だと思う。それでもこの母親が目を醒さない旦那に会わせてくれるアタシの提案を受けてくれたのは……きっと他に縋るモノがないからなのだろう。
花をくれた女の子に手を引かれながら案内された家の奥の部屋には、苦痛で呻き声をあげながらも目を醒さない男がベットで寝かされていた。
「夫は……あの人はもうずっと苦しんでいます……いっそ苦しまずに楽にしてあげられたら、なんて考えをした事も一度や二度では……うっ……ううっ……」
「ねぇママ、パパ……死んじゃうの?」
きっと毎日、旦那さんの苦痛に呻く声を聞かされて心が折れてしまったのだろう。涙を流しながらアタシに旦那さんの現状を説明する母親の姿を見て、傍にいた女の子ももらい泣きしそうになる。
だからアタシは、そんな女の子の頭をそっと撫でてやりながら。
「死なないよ。アタシがどうにかしてみせるから、だから泣くんじゃないよ」
「……ホントに?お姉さん……パパを助けてくれるの?」
「ああ。だから……母親のアンタも約束してくれ。アタシが何をしても驚かないでくれよ?」
母親も女の子も首を縦に振って無言ながらアタシとの約束に承諾してくれると、腰から短刀を取り出し、自分の指の先を軽く切りそこから血が滲んでいく。
「驚かせて悪いねぇ……何しろアタシの使う魔法はだいぶ使い勝手が悪いモンでね」
寝ている男を覆う掛け布をめくり上げて、毒を注入された傷口を探していると、横から母親が恐る恐る男の右腕をアタシへと見せてくる。
その右腕には、紫色に変色し腫れ上がった刃物による裂傷があった。
その傷口に指で「ing」の魔術文字を描いていく。
最初に師匠にこの魔術文字を渡された時には軽い怪我しか治療出来なかったのが、村でエグハルトに試した時に折れた骨を繋げるほどに成長していた。
ならば、もしかしたら毒を消すことだって……
「我、大地の恵みと生命の息吹を────ing」
男の右腕に描かれた血文字が緑色に輝き出すと、紫色だった傷の腫れが徐々に血色が戻っていき、腕の腫れも引いていく。
男の苦痛に呻く声が傷口が治癒されていくにつれて穏やかな寝息に変わっていき、血文字がパキン!と何かが砕けたような甲高い音を立てて消えると。
……男の目蓋がゆっくりと開いていった。
「……あなた……あなた!」「パパあ!」
「……メイカ、マリアナ……お前たち、どうして?」
目を醒ますなりいきなり妻と娘に抱きつかれて困惑している男を尻目に。
「……ふぅ。いや、駄目もとだったけど上手くいってよかったよ。アタシは将軍と戦った時より疲れたけどねぇ……」
解毒のためにかなりの量の魔力を消費したのだろう、全身から汗を吹き出し、魔力の消耗と上手くいった安堵感による脱力で思わずその場に尻餅を着いてしまう。
「……ありがとうございました……本当に……この街だけでなく、夫まで救って下さり……何とお礼を言っていいのか……」
「いや……それよりもさ、もし街の住民に同じような毒で苦しんでる人間がいたら、アタシ達のところに来るよう伝えてくれないかねぇ?」
さすがに目が醒めた後は久々の家族の団欒だ。邪魔したら悪いと思い、疲労を隠して立ち上がり黙って部屋を立ち去ろうとすると。
背後から三人に声を掛けられる。
「また……よかったら来て下さい。娘も喜びますし、今度は食事でもご馳走しますわ……」
「お姉さん!パパを助けてくれて……うっ……うっうっ……あ、ありがとう……ごじゃいましたぁっ」
「どうやら寝ていた間に色々と世話になったようだ……俺はヘーニル。ラクレールの衛兵隊に要件がある時は俺の名前を出してくれ。悪いようにはしない筈だ……本当にありがとう」
振り返って返事をしたいのは山々だが、これ以上顔を見てしまうと一晩世話になってしまう流れになってしまう……ご馳走も気になるし。
実は今回のヘーニルの解毒で気になる点を早く解消したくて行かなければいけない場所があるのだ。
なので、振り返ることなく無言で片手を上げてそのまま部屋を出て家から立ち去っていく。
そして、エルが帝国兵を治療している検問所。
あれから時間が経っている、既に治療を終えて山場を過ぎた負傷兵もいるだろう。
「どうしたのアズリア?……血相変えて」
「エル、治療した兵士でもう話が出来る奴はいるかい?……少し尋ねたいことが出来てね」
エルもあれからずっと治療を続けていたのだろう、顔色に疲労が色濃く出ているが、運び込んだ負傷兵の怪我はいずれも治療に緊急を要する重傷だ。だから安易に「休め」とも声を掛けられない状態なのは理解している。
ただ、まずはこちらの疑問を解消するのが先だ。
「うん、実はあれから教会から治療を手伝いたいって言ってくれてね。そのおかげで何人かは話が出来るくらい回復してると思うわよ?」
「ソイツは教会に感謝だね。それじゃアタシは回復した帝国兵と話をしてくるから、エルはあまり無茶するなよ?」
「わたしよりアズリアこそ休みなさいよ?自分じゃ顔色見れないかもしれないけど、アズリア……随分顔色悪いわよ?……って話を聞きなさいよっ!」
エルには悪いと思ったが、アタシはどうしても頭に浮かんだ疑問を早く解消したくて検問所の建物の中なのに走って負傷兵らが寝かされている部屋へと向かっていた。
ヘーニルもだが、確か傭兵団が死屍累々で村に辿り着いた時もフレアが毒に侵され生死の境を彷徨っていた。だが、アタシが村やエクレール、そしてここラクレールで帝国軍と対峙した際にそんな危険な毒を使った連中には一度も遭遇していないのだ。
ヘーニルもフレアも毒を受けたのはラクレール防衛の時で間違いないだろう。そして今までの戦いと防衛戦で違う点は……紅薔薇軍とロゼリアという将軍の存在だ。
帝国軍本隊と紅薔薇軍が別途に動いているとしたら、これからの戦いにおいて非常に厄介な事になるのは間違いないだろう。
だからこそ、アタシが頭に浮かべていた疑念が的中して欲しくないと本気で思っていたのだ。




