73話 アズリア、失策を挽回する
「な、何で……小鬼ごときが、あんなイイ剣を持ってんだッ⁉︎」
アタシもサバラン同様に。胸に湧いた違和感が堪え切れず、口から飛び出てしまう。
「わ……ば、馬鹿っ⁉︎」
すると隣にいたサバランが慌てて手を伸ばし、アタシの口を塞ごうとする。
先程、驚いて大声を発したサバランとその口を塞いだアタシの立ち位置が、まさに入れ替わったように。
あの時は幸運にも。咄嗟にサバランの声を遮ったからか、小鬼どもにこちらの位置を察知されずに済んだのだが。
──さすがに幸運は二度、続かなかった。
今のアタシの声に、数体の小鬼が反応し。小鬼を見ていたこちらと目が合ってしまう。
偶然に視線を向けたのではなく、明らかにアタシらがこの場にいる事を理解した上での小鬼の視線に。
「……ち、っ。気付かれたか」
イーディスが言う通り、こちらに気付いた小鬼の一体が指を差し。他の仲間に何かを知らせるかのような、不快な鳴き声を発すると。
他の小鬼が次々と声を上げ、拳や持っていた木の棒を掲げながら興奮しているのが一目で理解出来た。
アタシが原因とはいえ。こうなってしまっては、もう攻撃の機会を探るどころの話ではなく。
四対一〇以上、相手の側が多勢となれば。先に動かなくては包囲され劣勢になるため、必然的にアタシらが動くしかない。
多数を相手にするのだ、少しでも優勢になるよう絶好の機会──小鬼の集団が少数ごとに分散してくれるのを待っていたというのに。
「わ、悪いッ……アタシのせいで」
小鬼に気付かれてしまう原因を作った事をアタシは、交戦状態に入る前に三人へと謝罪の言葉が口から出た。
イーディスが危険を顧みず、単独で偵察を行った事で手に入れた優位な状況をみすみす手放したのだ。
今の失策をてっきり、三人に責められるとばかり覚悟していたからこその。咄嗟の謝罪の言葉だったが。
「……気にするな」
「ああ、それでも気にするんだったら」
左右の肩をほぼ同時に叩かれ、アタシは交互に顔を向けると。
「所長の模擬戦の時に見せたような戦い振りで返してくれるとありがたいな」
「……頼りにしてるぞ」
右には短槍を握るイーディス、左に立っていたのは長剣を構えたランディが。アタシの謝罪に対し、それぞれ余裕のある笑顔を浮かべていたのだ。
こんな時、軽口を言ってきそうなサバランだったが。アタシの二歩ほど前に進み出て。無言のまま、盾を構えて見せる。
考えてみれば、最初に大声を発しながらも幸運にも小鬼に気付かれなかったサバランだが。一歩間違えれば、自分がアタシと同じく四人を危険に晒していた事もあり。
今のアタシを揶揄する程、サバランも軽率ではなかったようだ。
「……アンタら、ッ」
失策を決して責める事のなかった三人の態度に、アタシは「責められなかった」という安堵と。同時に胸に湧いたのは──嬉しさ。
だからなのか。
両手剣を握る手や指に、自然と力が込もる。無駄な力みではなく、腕に効率良く力が巡るという感覚。
いや、力が充足しているのは腕だけではない。小鬼を見ていた両眼や、地面を踏む足の指の先まで、力が巡っているのが分かる。
先程、ランディが「失敗したなら戦果で返せ」と言っていたが。今のアタシなら冗談抜きで、小鬼の三、四体くらいは簡単に屠れる気がする。
元々、故郷にいた頃はアタシ一人で二、三体の小鬼を相手にしていたのだから、充分に戦果は出せるとアタシは踏んだからだが。
「任せな、失敗分はしっかりと取り返してやるから」
「お……おいアズリアっ? いや、あれは冗談というか失敗なんて気にしてないって意味であってっ──」
ランディの制止の言葉も待たずに、アタシは握っていた両手剣の刃の部分を肩へと乗せたまま。
一番距離の近かった小鬼の一体に狙いを定める。
「──行くぜッ!」
一つ、息を大きく吐き出したと同時に。アタシは勢い良く駆け出していき、攻撃対象と決めた小鬼へ迫ると。
両手剣が届くだろう距離に、アタシが接敵した瞬間。刃を乗せていた肩を上へと大きく跳ね上げ、勢いを上乗せした状態で。小鬼目掛けて、一気に片手ではなく両手で握った両手剣を振り下ろす。
「うおおおオオオオオオオオッッ‼︎」
気合いを込めた大声と一緒に、渾身の一撃を放ったアタシ。
故郷で暮らしていた頃、粗悪な質の短剣一本で小鬼を相手にしていた記憶を思い返す。
真っ当な品質の両手剣を振るったら、アタシの攻撃はどれ程の威力となるのか。先日の所長との模擬戦では、あまりに戦況が拮抗し追い詰められ、威力の違いなど見極める余裕など皆無だったが。
交戦の経験のある小鬼が相手ならば、良い比較になるのではなかろうか。
実は、両手剣の威力の確認こそ。小鬼との戦闘に積極的だった理由の一つだった。
──その結果は。
『グギャ⁉︎』
何の反応も出来ずに、呆然と立ち尽くした状態で。頭上に振り下ろされた両手剣をまともに喰らった小鬼はというと。
「う、うおお、ッ⁉︎」
あまりの予想外の威力に、思わずアタシの口から驚きの声が漏れる。
短い断末魔を吐いた後。勢いの付いた刃が直撃した頭部が、熟れ過ぎて枝から地面に落ちた果実のように潰れた。
過去の小鬼との戦闘では、粗悪な短剣を使って渾身の力を込めれば、武器が壊れてしまう。だから胸を浅く斬り裂く程度の攻撃しか繰り出せなかったアタシは。
てっきり今度も、両手剣の刃が小鬼の頭に突き刺さる程度の結果を想定していただけに。
予想を遥かに上回る威力に一瞬、唖然としてしまったが。
「と、とにかくッ……仕留めたぜ、まずは一体」
気を取り直したアタシは、頭部を叩き潰した後も力を緩める事なく武器を振り下ろしていくと。頭部を欠いた胴体、胸の辺りにまで両手剣の刃が沈み込んでいき。
どう見ても、小鬼が絶命しているのは確定だったが。
ここで問題が発生した。
「し、しまッ……た? 剣が抜けねぇ……ッ!」
予想外の威力の一撃で頭を砕いたものの、胴体を真っ二つにするまでには至らず。
アタシが振るった両手剣は、あまりに深々と小鬼の胸に突き刺さってしまっていた。
今の剣の状態では、仲間を倒された事で興奮した小鬼らから身を守るのは難しい。
アタシは懸命に頭部のない小鬼の屍から刃を抜こうと試みながらも。
他の小鬼に取り囲まれぬよう、周囲を警戒する。
いざとなれば一旦武器を捨てて離脱する、そんな事も頭を過ぎったが。
「あ、あれ、ッ……?」
アタシの経験であれば、仲間を無残に倒されて激昂し、攻撃の手が激しくなると予想されたのだが。
視界に入ったどの小鬼も何故か、先程まで騒いでいた鳴き声すら止み、何故か動きを停止していたのだ。




