72話 アズリア、四人で獲物へ迫る
そう訊ねると、先程まで偵察で確認していた繁みの奥を一度振り返ってからイーディスは答える。
「……小鬼だ。それも一体や二体じゃなく、群れで」
どうやら、気配の正体は小鬼だったようだ。それも複数体の。
単独でなら、武装したアタシらにとって大した脅威とはならないが。群れ、つまり集団を作っているとなると、これが意外と危険な存在に変貌したりするのだ。
「小鬼の群れか。ソイツは……厄介なモノを見つけちまったね」
小鬼らは、数が揃うと悪知恵が働くようになるのか。単独で徘徊している時と、複数体が相手とでは危険度が大きく変わる。
まず、自身の非力さを充分に理解しているからか一対一という戦況をとにかく嫌がり、多数で一人を囲もうとするし。転倒罠や落し穴等の簡単な罠を使うようになる。
しかも戦況が劣勢になると、その内の一体が場から逃走し。周辺にまだ潜んでいるかもしれない小鬼らを呼び寄せたりもする。
極めつけは群れになると攻撃性が増し、場合と揃った数によっては街を襲撃する事もあったりする、という点だ。
群れを成した小鬼が非常に厄介な存在だ、と知っているからこそ。
先程、イーディスは表情を曇らせたのだろうか。
「さて、と」
繁みの奥の気配の正体が小鬼だと知ったアタシは、先程は交戦に反対していたサバランの顔を覗き込む。
「なあサバラン。これでもまだ戦うのにゃ反対かい?」
「……う」
アタシの印象では口達者なサバランが、言葉を詰まらせるのには歴とした理由があった。
まだヘクサムを出発してから、大した距離を歩いてはいない地点。つまり街からそう遠くない場所で、街を襲う可能性のある下位魔族の。しかも集団を発見してしまったのだ。
「さすがに小鬼相手に逃げたとあっちゃ、後で何言われるか分かったモノじゃないぜ」
「……だよなぁ」
しかもアタシら養成所の訓練生は、衛兵と同じく街を防衛する義務が課せられている。後に兵士となるのだ、当然という理屈だが。
それ故、街を襲う危険のない小型の獣であれば、戦闘を回避する選択もあっただろうが。小鬼……それも街を襲撃してくる可能性のある群れ、ともなると。
討伐する一択しかアタシらには許されてはいない。
「ほら、ランディもイーディスもとっくに戦る気だぜ」
見れば、イーディスの偵察の結果を聞いたアタシ同様にランディも。一度は腰の鞘に納めた長剣を抜き。
偵察を終えたばかりのイーディスもまた、突撃用に柄を極端に短くした槍を握ると。
この場から姿こそ見えないが、繁みの奥にいるであろう小鬼らに。二人は交戦の構えを既に取っていた。
先程までは交戦に賛成と反対が、二対二と同数だったのに。イーディスが臨戦態勢を取った事で、今や小鬼との交戦に反対しているのはサバラン一人。
一対三となり、諦めが付いたからだろうか。
「……はぁ。怪我するの嫌だから、出来るだけ戦闘は避けたかったんだよなぁ」
「ははッ、よく言うぜ」
サバランは深い溜め息を一つ吐いた後、嫌々そうな顔で盾を構えると。
予め、攻撃の準備を整えていた二人と、そして両手剣を握ったアタシに並んだ。
本人は「怪我は嫌だ」と口にしてはいるが、サバランの評価が過小評価だという事をアタシは知っている。
「所長の一撃をガッツリ止めたアンタが、どうやって小鬼相手に怪我するッてんだい」
「……俺は防御役で一番攻撃受けるから、その分怪我しやすいんだよ」
「……おい」
並んだ後も緊張感なく、相変わらず軽口を叩きながら会話を続けていたアタシとサバランだったが。小鬼との交戦を間近に控え、横に並んでいたランディが口を挟む。
「二人とも、そろそろ敵に集中してくれ。小鬼とはいえ、油断してたら本当に怪我をするぞ」
「──あいよッ」
その言葉を皮切りに、アタシら四人は足を揃えて小鬼がいるであろう繁みへとゆっくりと距離を縮めていく。
いくら気配を消すのが不得手だからといっても、下手に突然走り出し接近すれば。足音から警戒されてしまい、逃走や仲間を呼ばれる等の行動を取られては厄介だからだ。
そして。
いよいよアタシらは、小鬼の姿を目視出来る距離にまで迫った時点で。一旦、前に進む足を止めた。
見れば、アタシの視界の範囲内からでも確認出来た小鬼の数は一〇を僅かに超える。
「……パッと見ただけでも、一〇体は確実にいるね」
「うへぇ……一人が二体倒すだけじゃ足りないのかよ」
サバランの言う通り、アタシら四人がそれぞれ二体の小鬼の息の根を止めても、まだ討伐数一〇には届かない。
「にしても、これだけ近づいたッてのに。小鬼はアタシらにゃ気付いてないみたいだね」
こちらからは小鬼の数が見えている距離だというのに、小鬼側はアタシらの接近を全く察知出来ていない様子に。
「ああ。これも、先にイーディスが偵察をしていたおかげだな」
ランディがそう呟いたのには理由がある。
鋭敏な耳を持つ獣と違い、小鬼は一般的な人間と比較してもあまり耳や鼻が利くわけではない。
イーディスの偵察で、潜んでいた正体が小鬼だと判明していたからこそ。アタシら四人は足音を立てる事を気にせず、一〇体を超える小鬼に察知されずに接近出来たのだから。
一〇を超える数の小鬼の集団を観察し。攻撃を仕掛ける機会を今か今か、と伺っていたアタシらだったが。
その時。突然、サバランが大きな声を発した。
「ちょ──お、おい皆んなっ!」
何かを指差しながら驚いている様子のサバランだったが。
アタシら三人からすれば、小鬼を目視出来る程の距離で大声を出せばどうなるかを理解しただけに。
まずは三人でサバランに組み付き、大きな声を発したばかりの口を慌てて塞いだが。
「ば、馬鹿サバランッ? な、何大声出してんだよ、小鬼に気付かれるだろッ!」
「む、むぐぅ……い、いや、まず見てみろっての!」
三人で制止してもなお、サバランが懸命に指差していた先──一体の小鬼にアタシら三人も視線を移すと。
「……あいつ、あの小鬼だけ持ってる武器が違うんだってっ」
その光景を見て、アタシらは理解した。
今見ている小鬼と、その他の小鬼とのあまりの装備に違和感を覚えたサバランは。
おそらく、声を出さずにはいられなかったのだろう、と。
一〇体以上の小鬼は基本が素手で、何体かは木の棒を持っている程度の粗末な武装なのだが。
サバランの言葉の通り、指差されたその一体だけは何故か。
アタシらが養成所から配給されたのと同等の質に見える、立派な長剣を握っていたのだから。




