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71話 アズリア、不思議な手振りの謎

 街中で足音を忍ばせるのと、野外での隠密行動は勝手が違うと話すイーディスだったが。


「探れなくったって別にイイよ。何しろ、アタシらじゃ近づくコトすら出来ないだろうからさ」

「そういう事なら、わかった」


 失敗しても構わない、というアタシの発言にイーディスが首を縦に振って承諾(しょうだく)すると。

 早速、息を大きく吐いて。何かが身を潜めているであろう繁みに、偵察のためにゆっくりと接近していったのだが。

 既にこの時点で、イーディスの足音はしっかりと消えていた。


「もし、危ないと思ったら無理すんな。すぐにこっちに逃げて来なよ」


 足音もなく徐々に離れていくイーディスの背中を眺めながら。

 もし相手に接近を察知され、攻撃に転じられた場合に。即座にイーディスに加勢、もしくは逃走経路を確保するために。

 アタシは両手剣(グレートソード)を構えた、次の瞬間に。


 他の二人(ランディとサバラン)もまた、アタシに(なら)い。二人がそれぞれ横に並んで得意な武器を構えて臨戦体勢を整える。

 ランディは長剣(ロングソード)を片手に、サバランは直剣(ブロードソード)(シールド)と。


「……お、おいアズリアっ」

「何だよ、サバラン」

  

 すると、右隣に並んだサバランが何を思ったのか、アタシに語りかけてくるが。

 今はイーディスに偵察を頼んでいる状況であり、相手がいつこちらの偵察を察知し、攻撃に転じてくるのかを警戒している立場だ。

 さすがに会話に意識を取られるわけにはいかず。アタシはサバランを相手にしながらも、イーディスから視線を外さず。


「大体、人に散々聞いてるけど。お前はどうなんだよ」

「アタシが? あー……無理だね」


 先に気配を隠し、相手を探る事が可能かという問いに対し。(いな)、と答えを返していたランディとサバラン同様に。

 アタシもまた、足音や気配を隠して行動するのは苦手だったりする。


「なあ、憶えてるかい? アタシが生まれ故郷で、街の外で獲物を狩って暮らしてた……ッて最初に話したのをさ」

 

 故郷(ローゼベリ)にいた頃に、目の良いアタシは相手に気付かれるより先に獲物を発見し。足音を出さずに接近しようと挑戦した事は何度かあったが。その(たび)に木の枝を踏み折ったり、周囲の枝葉に触れ音を鳴らしたりと──結果は散々であった。


「うんうん」


 話を始めてからというもの。サバランは終始、何度も小さく(うなず)きながら、納得がいったような表情を浮かべていた。


「どうやらアタシは、隠れて近づく……ッてのにはどうも向いてないみたいでさ」

「まあ……予想通りというか、隠密行動(そういうこと)苦手だそうだものな、お前」

「……うっさいねえ」


 普段から人と接する場面が少なかったからか、細やかな配慮を働かせる事に慣れておらず、苦手なのは認めざるを得ない──確かにサバランの言葉の通りなのだが。

 部屋で「力加減が出来ない」とサバランに揶揄(やゆ)されたばかりなのを、アタシはしっかり憶えている。


「それで、正体を確かめずに攻撃しようとしたってわけかよ」

「……まあ、つまりはそういうコトだよ」


 幾多(いくた)の挑戦を()て、結局アタシが学んだのは。相手に察知される隙を与えずに、素早く接敵する事だっただけに。

 過去の教訓から今回もアタシは、相手の正体を知るよりも接敵を優先してしまったわけで。


 交戦に危険な野熊(ベーア)猪豚(ボーア)等の大型の獣は、大型であるが(ゆえ)に遠目でも判別は可能だ。

 もし目視を見誤り、大型の獣と遭遇(そうぐう)してしまったとしても。余程の近距離で相手側に不意を突かれない限りは、逃走する事を選んでも充分に間に合う。

 

「だって、先に叩きのめしたほうが手っ取り早いじゃないか」

「……はぁ」


 アタシの発言を聞いて、(あき)れ顔で溜め息を吐いたサバランは何かを言おうと口を開いたが。彼の口から言葉が飛び出てくる事はなかった。


「──あ」


 何故なら、口を開けたまま硬直していたサバランの視線の先には。

 先程、先制攻撃を仕掛ける事に賛同したランディが、何かを言いたげにジッとサバランを睨んでいたからだ。


「二人とも、油断するなよ。イーディスが偵察から戻ってくるぞ」

「え? あ……あ、ッ」


 自分でも気付いてなかったが、言葉を交わす間に、いつの間にかサバランへと意識を(かたむ)けてしまっていたらしく。

 ランディの指摘で、アタシはあらためて正面。偵察に奥に進んでいたイーディスへと意識と視線を戻すと。

 

 これまた、いつの間にか。


 繁みの奥をしっかりと覗き込み、片手を上げたイーディスは。手首や指で、何か合図(あいず)のような仕草を何度か繰り返していた。

 合図(あいず)が何を示しているのか、アタシには行動の意図がまるで分からず。サバランも同様に、不思議そうな顔を浮かべていたが。


 どうやら横にいたランディだけは、合図(あいず)の意味を把握していたようで。


「あの手振り……何か意味があるんだよな?」

「あれは言葉が使えない時に、指や手振りだけで簡単な意味を伝える方法でな」


 アタシの目の前で、先程イーディスが繰り返していたのと同じ手振りと指の形を真似(まね)てみせるランディ。

 

「さっきイーディスがした合図(あいず)は、偵察が無事終わったのとこれから戻る、二種類の意味の手振りだ」

「……へぇ、ッ」


 思わずアタシの口からは感嘆の声が漏れ出てしまったが。

 

 他人との交流の機会がほぼ無かったアタシには、言葉を介さない情報伝達の手段がどれ程に有用なのか。あまり実感が湧いていなかったが。

 それでも今この時点では。繁みの奥にいる相手を下手に刺激せず、離れたアタシらに情報を送る事が実際に出来ているわけで。


「便利なモノだね。さすがは養成所、こんな合図(あいず)まで教えてくれるなんてね」

 

 驚いたのは、養成所では身体を鍛える内容や魔法だけではなく。戦場で(おちい)るかもしれない状況を想定し、言葉を介さない情報伝達の手段を教えていたという事に、だ。


 しかし続くランディの、アタシの想定を反する説明に。アタシはもう一度、別の意味で驚く事となった。


「いや、養成所で教わったものじゃない」

「え?」

「アズリアの言う通りだったらサバランだって理解出来てるハズだろ」


 そうだ、確かにランディの言葉の通り。

 今の合図(あいず)が、アタシが想定していたように養成所で学んだ事ならば。サバランがアタシと同じ反応を示していたのは明らかにおかしい。

 (ある)いはサバランが、魔法の詠唱の時と同様に不勉強だった可能性もあるが。それでも全く知らない、という事は考え(がた)い。

 しかし。

 初日に聞いた過去の経歴から、コルム公国出身のサバランとイーディス。両親共々、冒険者出身のランディ。二人の共通点はまるで思い当たらなかった。


 ならば、今二人が使った合図(あいず)は何処で学んだ事だというのか。


「だったらそりゃ一体ッ──んぷ、ッ⁉︎」

「説明は後回しだ、アズリア。まずはイーディスから聞かなきゃいけない事があるんじゃないのか」


 好奇心を抑え切れずに、ランディに疑問をぶつけようとしたアタシだったが。

 質問の最中に、ランディが自分の指をアタシの口唇(くちびる)に置いて言葉を途中で(さえぎ)ってしまい。

 ランディはさらに背後を指差したことで、衝動的にアタシは振り返ってしまうと。

 

「……アズリア。お前の注文通り、繁みの奥にいた気配の正体、調べてきたぞ」

「う、おッ⁉︎ い、いつの間にっ……」

  

 声を出し、盛大に驚いてしまうアタシ。


 とっくにこちら側に合流を済ませていたイーディスが、わざわざアタシの背後を選んで立っていたからだ。

 しかし、背後に立ってアタシを驚かすという目的は見事果たせたのに、何故か表情を曇らせたままのイーディス。


 不意に驚かされた事よりも、表情を曇らせる事態こそが真っ先に気になったアタシは。


「──で。繁みの奥に、一体何がいたんだい?」

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