69話 アズリア、選択に割れる四人
サバランの過小評価を改め、大型の獣の可能性を否定したところで。
最初に気配を察知したランディが、腰に挿した剣の柄に手を掛けながらアタシに問う。
「……どうする、みんな?」
繁みの奥に潜む気配の正体こそまだ判別が付いてはいないが。
サバランと声を交わしたにもかかわらず、逃げ出す様子もその逆も──アタシらに襲い掛かってくる気配もない。
という事は、繁みの奥にいる正体不明の何かは。まだアタシらの接近に気付いていない。
ならば、こちらから攻撃を仕掛ける事は当然ながら。このまま何もせずこの場を立ち去り、戦闘を回避する事だって出来る。
アタシらが置かれている状況を全部踏まえて、ランディは聞いてきたのだ。正体の分からぬ相手にどう動くのか、を。
問われた質問に、アタシは即答する。
「勿論、こっちから仕掛けるさ。殺られる前に殺るのが、外の基本だからね」
故郷の外で生活していた頃に、粗悪な武器一本で小鬼や小型の獣と日常的に戦ってきたアタシだが。
あの頃と違って今、こちらは四人。しかも出発前に配給された武器は、故郷にいた頃に使っていた粗悪品とは比較にならない質の良さ。
さらに、相手よりも先に攻撃を仕掛けられる好条件となれば、戦闘を躊躇う理由がない。
アタシは質問を投げ掛けてきたランディの、腰にある剣を握っていた手を指差して。
「それに。ランディも攻撃を仕掛けるつもりだったんだろ?」
今回、所長から命令された遠征だが。目的はあくまで二日間を養成所の外で無事に過ごすというだけだ。
獣や下位魔族との戦闘を必須とされている訳でも、ナーシェンらと討伐の数を勝負してもいないため。
今回、戦闘を仕掛ける必然性はないのだが。
もし交戦を回避するつもりなら、腰の剣を使う必要はない。剣を握る、という行動自体がランディに戦闘の意志があるという何よりの証明だった。
その仕草を見逃がさなかったからこそ、アタシも迷い無く「戦闘を仕掛ける」と発言が出来た。
「──いくよ」
ランディに倣い、アタシも出発前に受け取り、背負っていた両手剣を構えて戦闘の準備を開始する。
だがしかし。
「……ちょ、ちょっと待てよアズリア、ランディ」
突然、両手を広げてアタシら二人の一歩前に踏み出してきたサバラン。
繁みの奥にいる何かが、まだこちら側に気付いていない以上は声を被せて制止する訳にはいかなかったのだろう。
戦闘を仕掛ける気でいたアタシとランディは、先程までアタシと会話をしていたサバランに水を差され。
突然のサバランの行動に、正直言って苛立ちを覚えずにはいられなかったが。感情のまま大声を出せば、繁みの奥にいる正体不明の相手への優位な状況が崩れてしまう。
どうにか感情を抑えながらアタシは、前に立ち塞がって攻撃を妨害したサバランに行動の意図を問い掛けるも。
「な、何だよサバラン……何で邪魔するんだよッ?」
「それはこっちの言葉だ。何、二人とも勝手に戦闘しようとしてんだよっ」
こちらの問いにサバランは一歩も退く事なく。寧ろ、アタシら二人が交戦しようとした態度を責めてくる。
見ればサバランは、背負っていた盾や武器を構えてもおらず、交戦する気がまるで皆無だったのが窺えた。
「だ、だからアタシらは所長に勝てるだけの実力があるから心配すんな……ッて、さっき話してただろうがッ」
「それとこれとは話が別だってのアズリア。そもそも戦闘するか俺らに確認せずに、勝手に決めんじゃねえって話だ」
質問を投げ掛けてきたランディが、戦闘を仕掛ける選択に前向きだった姿勢から。てっきり誰も交戦に反対などない、と勘違いしてしまったのもあるが。
まさか、つい直前まで自分の実力を過小評価していた事を訂正し、理解していた筈のサバランが。戦闘を回避する選択をするとは思ってなかっただけに。
「ゔ、ッ! そ……そりゃ」
語気を強め、交戦に反対するサバランの言葉に、アタシは反論をする事が出来なかった。
「だ、だったらイーディスにもッ──」
サバランから逃げるように、まだ意見を聞いていなかった最後の一人、イーディスに視線を向け。
交戦か戦闘回避か、どちらを選択するのかを先程のランディに倣い質問していくと。
イーディスは口を開く前に一息置き。アタシ、ランディ、サバランの順序で見渡した後。
「……悪いが、俺はサバランに賛成だ」
サバランに続いてイーディスにまで交戦を反対されてしまう。
交戦の意思があるのがアタシを含め二人、対して戦闘を回避する選択もまた二人。となれば、四人の意見を一致させなければ次の行動には移れない。
「理由を、聞いてもイイかい?」
色々と主張したい事はあったが、まずはサバランとイーディスが何故に交戦を避けようとするのか、その意図を知ろうと思い。
戦闘回避を選んだ二人へと理由を訊ねた。
「……正体が分からない相手にこちらから戦闘を仕掛けるのは、あまりに無謀が過ぎると思ったからだ」
「そりゃ、確かにね」
イーディスの懸念材料は、敵となる対象の正体が不明だという点だった。
小型の獣や下位魔族と一概に言っても、種類は様々だ。
一角兎は名前の通り、頭部に鋭く尖った角を生やしており。素早い動きと跳躍力で、角による体当たりを仕掛けてくる。角の一撃は腹に喰らえば致命的であり、戦闘経験のない成人の男でも脅威だが。
戦闘訓練を受けたアタシらにとっては良い食糧となる。
子供程の体格しかない小鬼は、木の棒や投石などの簡素で粗悪な武器を装備してはいるが。体格が示すように基本、非力であり。戦闘経験のない成人した男なら一対一で戦える程度の強さだが。悪知恵が利く小鬼は、一対一で戦う場面などほとんどなく、周辺にいる仲間を呼び寄せ
一人を多数で取り囲み襲撃する戦法を得意とするため。
決して油断は許されないのは、さすがは下位でも魔族である証だ。
──とまあ。
よく出没し遭遇する二種ですら、決して楽観的には出来ない対象だったりするのだが。
それに先程、サバランとの会話で「大型の獣の可能性はない」と発言したアタシだが。もし運が悪く、繁みの奥が窪んでいたり水場だった場合は身を屈めた大型の獣を見落とす事もあり得る。
「戦うか逃げるかどうかは、正体を確認してから決めても遅くはないだろう」
「いや、イーディス。悪いけどさ──」
聞けば確かに「相手の正体を確認する」というイーディスの理由は正論ではあるのだったが。
「それじゃ遅過ぎるんだよ」
問題は今、アタシらは相手には気付かれずに相手側の存在と大体の位置を把握している、優位な状況であり。
その優位な状況を保ったまま、正体を確認するためにさらに接近を続ければ。相手にこちらの気配を察知される危険が大であり、最悪待ち構えられた狩場に足を踏み入れてしまう可能性だってあり得るからだ。
「相手に気付かれず接近出来る……そんな真似、アタシらの中に出来るヤツがいるってのかい?」
アタシが主張する優位な状況、そしてイーディスの主張する相手の情報を知るという双方の意見を満たす方法がない訳ではない──が。
一切の足音を出さない歩き方や気配を悟られずに相手に近付く挙動など、兵士以上に訓練を受けていなければまず不可能であり。
当然ながら、アタシが投げ掛けた質問には。ランディとサバランの二人は、無言ながらも首を左右に振り。出来ない、と態度で示していた。




