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68話 アズリア、ヘクサムの外へ

「さて、じゃあ俺たちも出発するか」


 ランディの合図(あいず)で、アタシら四人は先にナーシェン一行が駆け出していった方角とは逆に進み始める。

 襲撃の可能性が頭にある以上、わざわざナーシェンの近辺を歩いてやる必要はなかったからだ。

 ──それに。


「……なあ、アズリア。気付いてたか?」

「ああ、さっきのナーシェンの態度だね」


 先頭を歩くランディの背中を追いながら、アタシの横に並び。小声で話し掛けてきたのはイーディスだった。

 どうやらアタシ同様に、こちらより先に出発したナーシェンのとある不審な態度が気になっていたようで。


 そう。

 集合場所には所長(ジルガ)に、荷物を用意した大人ら。そしてアタシら四人にナーシェンの部屋の連中と、遠征に参加する全員が顔を揃えていた。

 所長(ジルガ)がわざわざ「全員揃ったな」と確認したように。


 なのに、である。


 遠征の開始に怯えていたナーシェンは同時に。誰かの姿を待っていたように、(しき)りに周囲を見渡していたのを。アタシとイーディスは見逃がさなかった。

 

アイツ(ナーシェン)は一体、誰を探してたのかね……」


 だからこそイーディスとの、小声での言葉のやり取りだったのだが。

 ナーシェンの不審な態度に気付いたイーディスは、アタシ程に深刻な事態だとは捉えていなかったようで。


「案外、偉い自分の父親に泣きついて援軍でも呼んだのかもしれないな」

「ははッ……そういや、ナーシェンは帝国貴族って名乗ってたっけ。だったらあり得ない話じゃないね」


 ナーシェンが探していたのは、男爵家から今回の遠征のためにわざわざ呼び寄せた援軍なのではないか、というイーディスの言葉には。

 男爵家の武勇を鼻に掛けながらも実力が伴わないナーシェンに、どこか侮蔑(ぶべつ)の感情を宿していた。


 故郷(ローゼベリ)での記憶から、帝国貴族という立場に嫌悪感しかなかったアタシだが。それは帝国(ドライゼル)に出身である公国(コルム)を征服されたイーディスもまた同様らしく。

 憎々しげな表情で、口に溜めた(つば)を地面に吐き出し。悪態を()いてみせる。


「ああ、そういやあの野郎……貴族の息子なんて立場だったな。あまりに腑抜(ふぬ)けなんですっかり忘れてたぜ……くそっ!」


 ナーシェンの話題になった途端、イーディスの感情の(たかぶ)りが止まらない。いくら帝国貴族に対する嫌悪感があっても尋常(じんじょう)ではない。


 ──そう言えば。


 思い返せば昨夜、ナーシェンの取り巻きの三人の言葉に怒りを(あら)わにした際も。表情や感情をころころと変えるサバランが(いきどお)るのは理解出来たが。

 これまでの印象であれば、イーディスが感情を抑える役割を果たすだろうと勝手に思い込んでいたのに。サバランと一緒になって取り巻きの連中と一触即発の事態になってしまった事が頭を()ぎる。


 最初、小声でアタシと話していたのは。ナーシェンの不審な行動に気付いたのは自分(イーディス)の他にアタシだけ、と見越した行動だったのだろうが。

 悪態を()くイーディスの声量は、徐々に周囲にも漏れ出し始めていた。


「ふうん……まあ、アタシとしちゃ」


 このままでは、イーディスと小声で会話していた事を、サバランや前を歩くランディにも知られてしまい。

 追及されれば、ナーシェンが自分ら以外の援軍を呼ぼうとしていた不審な行動を。他の二人にも話す事になり。結果として、街の外での活動にさらに不安の影を落としてしまう。

 

 今の会話の流れを「良くない」と直感で察知したアタシは、話題を変えるために。ナーシェンの不審な行動から起因した話を強引に切り上げた。


「こっちを邪魔しないなら。援軍でも何でもいくらでも呼べばイイんじゃないか、とは思うけどね」

「……そ、そうか?」

 

 アタシの言葉に、つい直前までナーシェンへの嫌悪から感情を(たかぶ)らせていたイーディスはまるで毒気を抜かれたように。

 憎々しげな表情が普段の顔に戻った途端、どこか(ほう)けた声を口から漏らす。

 

「それよりも、後ろを見なよ」


 話題を完全に変える駄目押しとしてアタシは。腹に力を込めて一際大きな声を出し、後ろを振り返って指を差し示すと。

 何事か、と最後尾を歩いていたサバランも一緒になってアタシが差した後方を振り返る。


「……うお? もう街の入り口が見えなくなってるっ!」


 サバランが驚いているのは、単にいつの間にか距離を歩き、街から離れた事に気付いたからだけではない。

 住人が集団で生活し、火や照明の絶えない「街」という空間は。不利な状況で戦闘を行わない獣や魔物の襲撃を避けるのに非常に効果があるのだが。

 逆に言えば街の外、集団や照明等の恩恵から遠ざかれば。それだけ魔物との遭遇(そうぐう)の可能性が高くなる理屈だ。

 つまりサバランは、それだけ危険な位置に立っている事をあらためて認識し。声を大きくしたのだった。


「三人とも。少し声を落としてくれ」


 先頭を歩いていたランディもまた、今いる位置の確認のためアタシら三人が足を止めたのを知り。

 一本立てた指を自分の口唇(くちびる)の前に置き、「静かに」という仕草をしてみせるランディは。

 今度はもう一方の手で、アタシが指を差した位置とは全く別の地点を指差してみせる。


「──あそこだ。あの繁みの奥に、何かいる」

 

 魔物か獣か、未知の存在がアタシらの進路の先にいる事を先んじて教えてくれたランディ。

 確かに視線の先には繁みがあり、目でこれ以上の詳細な状況を確認するには難しいと判断したアタシは。

 両の目を閉じ、ランディが差し示した場所へ片耳を向け。耳の後ろ側に手を置いて、音がしっかりと拾える動作を取ると。

 さらにもう片側の耳を手で塞ぎ、余分な音が耳に入らないようにする。


 聞こえてきたのは、ガザ……という繁みの中で何かが動き回り、葉や枝が擦れる音。

 それに混じり、何度か生き物の(うな)り声に似た音。

 視線が通らない繁みの奥に、何かがいるのは確定した。


「ホントだね。さすがにこの距離じゃ、あれが小型の獣か、小鬼(ゴブリン)犬鬼(コボルト)かは判断が出来ないけどね」


 問題は繁みの向こう側にいる何かの正体と、アタシらがどう対処するかの二つだ。

 

「け、けどよアズリアっ、さすがに野熊(ベーア)猪豚(ボーア)みたいな大型の獣だったら、俺たち四人じゃ手に負えないかもだぜっ?」

「あのなぁサバラン……そんな大きな獣だったら、さすがに繁みから頭一つ飛び出してるだろ」


 サバランの懸念はもっともな内容だったが、目視した時点で心配していた大型の獣という可能性は消えている。

 説明した通り、大型の獣であれば多少の繁み程度で姿を隠し切れないだろうし。聞こえてくる(うな)り声ももっと大きい筈だ。


「それにね、サバラン。アタシら四人で手に負えないッてのがもう間違いなのさ」

 

 そしてもう一つ、サバランが勘違いしている事がある。大型の獣の実力を過大評価し過ぎるあまり、自分らの力を低く見積り過ぎていた事。


「じゃあ質問するけど。野熊(ベーア)所長(ジルガ)、どっちが強いんだろうね」

「そ、そりゃ……所長じゃないか?」

「なんだ、そこまで理解(わか)ってりゃ充分じゃないか」


 サバランの返答にはアタシも全くの同意だ。いくら野熊(ベーア)の頑強な身体と、強靭(きょうじん)な前脚から振り下ろされる爪の一撃は。下手に喰らえば頭が割られ、絶命する程の威力だ。

 実際にアタシは二度三度、熊の爪の一撃を身体に掠め、傷を残している。

 だからこそ所長(ジルガ)大鎚(ハンマー)の威力は、爪撃より(はる)かに脅威的だと断言する。

 

「アタシらはその所長(ジルガ)に四人で勝ったんだぜ」

「──あ」


 それに。

 サバランはもう忘れてしまっているかもしれないが、アタシが養成所に来た初日に。所長(ジルガ)との模擬戦で勝利しているわけで。

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