53話 アズリア傭兵団、奪還した街を見回る
降伏した帝国兵は30名程度になったが、さすがに捕虜として身柄を預かるにはこちらの人数が足りなすぎる上に、数が数だけに住民が報復に出たり蜂起して暴れられると厄介だ。
なので没収した帝国軍の物資の中から、最低限の食糧と馬車3台を出して帝国軍本隊のある王都へと逃してやった。
怪我人でも自分の足で歩ける者は、治療は本陣に帰ってからでも間に合うだろうと降伏した兵士と一緒に逃したが。
怪我人の中には傷が腹の中に届いていたり、歩くのもままならない重傷者もいた。その様子を見たエルはトールらの制止も聞かずに治療を始めた。
「いくら敵兵だからって放置したら死んじゃう人間を放っておけるワケないじゃない!」
トールは何かを言いたそうだったが、フレアが背後から両手で口を塞いでその続きを物理的に言えなくする。
「はーいやめやめ。トール……あんたの言い分も理解出来るけど、ここはエルの好きなようにやらせてあげなよ?」
長く傭兵稼業を続けるトールには彼なりの戦いに挑む考えがあるのだろうが、同じく放置していれば生命の危機にあったところをエルに救われたフレアは多分トールとエル、両方の気持ちを理解したのだろう。
アタシは他の手が空いている傭兵と一緒に、重傷の敵兵を最初に馬車ごと運ばれた検問所へと運び込んでいた。
検問所を出ようとするアタシにエルが小声で声を掛けてくるが。
「ねえアズリア……」
「先に言っておくからね、エルは何も間違っちゃいない。それにエル……アンタのやりたい事を支えてやるって約束したろ?」
「うん……うん……ありがと、アズリア」
「だからエル、根を詰めすぎてまた倒れるんじゃないよ?」
やはりトールが言わんとしていた事はエルも理解していた。ならばアタシからわざわざ言うコトは何もない。
アタシはまた街の様子を見に戻ることにする。
ラクレールの街をある程度警戒しながら歩いて、市街地で敵兵と戦闘を仕掛けてしまったせいで出た街の被害の状況を確認して回っていた。
それでわかったのだが、今回の市街地での戦闘以前からの被害もラクレールの各所で見られたのだ。
そもそもエルが治療院を使う提案をしなかったのも、この街の治療院は今怪我人でベットが埋まっていたからだ。
「うーん……こりゃ計画の次の段階に移る前に、当面の拠点になる街の修繕をアタシらで手伝ったほうがイイのかもねぇ……ん?」
すると、路地の角からチラッとアタシを覗いては顔を隠している子供を見つけてしまった。
しばらく立ち止まって角の様子を見ててみると、またひょっこりと顔を出すが、アタシと目が合うと顔を再び角に引っ込めてしまう。
「……随分と可愛い刺客みたいだけど、何か言いたいコトでもあるのかねぇ……?」
このままこの場で待っていても埓が開かなそうなので、路地になるべく足音を殺して……とは言え鎧甲冑を着けているので完全に殺すのはオービットでもない限りは無理だが、とにかく子供が隠れた角へアタシがヒョイっと顔を出す。
「ねぇ君?アタシに何か用件でもあるのかい?」
「ふわっ⁉︎……ち、ちちち違うのっ?」
多分アタシから近づかれるとは思ってなかったようで、その子供……女の子は突然アタシが声を掛けたコトに大層驚いていたが。
後ろ手に持っていたモノをアタシに差し出してくる。その女の子が持っていたモノとは……一輪の花だった。
「その……あのっ!お姉さんっ!パパを寝たきりにした帝国の悪い人たちを追い払ってくれて……本当に、ありがとうございますっ……」
アタシは女の子が差し出してきた花を受けとるために膝を屈めて同じ目線の高さになり、その花を受け取ると。
路地の向こうから血相を変えて走ってくる一人の女性は、花を手渡してくれた女の子の頭を無理やり下げさせると。
「も、申し訳ありません傭兵さまっ!う、うちの娘が何か粗相をしたのでしたら代わって私が謝罪しますので……どうか、どうか……」
と、慌てて謝罪しこちらが申し訳なくなる程に頭を下げていくので、アタシは首を横に何度も振って子供は何もしてないと主張する。
「いやいやいや!アタシはその子からこの街を取り返した報酬を貰っただけだよ。それより……この子が言うには、旦那さんは帝国にやられた傷が元で寝たきりに?」
「この娘はそんな事まで……ええ、確かに帝国が攻めてきた際に、衛兵だった夫は街に忍び込んできた帝国の間者に傷つけられて。傷自体は大した事はないのに、何故かうなされたまま目を醒さないのです……」
傷が大した事ないのに目を醒さない?
それって……もしかしなくても、武器に毒が塗ってあったとしか思えないんだけど。
「それで治療院には見せたのかい?旦那さんは今どこに?」
「え?……あ、はい。もちろん治療院で見てもらいましたが、原因はわからないと言われ……治療院は他にも帝国との戦いで怪我をした人が大勢いるとのことなので、今は我が家に寝かせてます……」
解毒なら最初はエルに無理を言って頼もうかと思ったが、検問所に運び込んだ重傷兵は10を超えておりいずれも余談を許さない怪我ばかりなのは、運び込んだ本人だから知っている。
今すぐエルに解毒してもらうのは無理だろう。
ならエルに治療を任せる前に、とりあえずアタシの「ing」の魔術文字で何とか出来ないか試してみてからでもいいのかもしれない。
「なあ?……もしよかったら、アンタの旦那の傷と身体、見せてもらってもイイかい?」




