53話 アズリア、副所長との確執
全員が無言のまま傍観し、副所長の回復を待っていると。
腕で目を擦りながらもようやく、至近距離からの光で焼かれた両目の視力が戻ったのか。回復した途端に、副所長はアタシを睨み付け。
「お、おのれ……新入りっ……」
「……そうじゃないだろ、副所長」
言われた通りに、魔力に反応する石を強く光らせただけなのに。
何故か今、親の仇を見るような視線を向けられているのに。どうにも納得のいかなかったアタシは語気を強めた。
ただ目を焼かれた事への憤りなら。アタシも苛立ちを覚えはしたものの、その怒りをどうにか抑え込む事は出来ただろうが。
副所長はおそらく、朝の鍛錬の時間に初めて顔を合わせた時からこれまでずっと。アタシへ敵意を向け続けていたのだから。
「アタシが聞きたいのは、これで満足かどうかッてコトなんだけどねえ」
「……ぐぅ、っ!」
今はまだアタシだけが対象だが。後に副所長という立場を利用し、同じ部屋の三人にも敵意を向ける可能性だってないとは言えない。
現に、サバランも懲罰の対象に選ばれたばかりではないか。
睨む副所長に対し、一歩距離を詰めていくアタシだったが。
充分な光量で石を輝かせた事実を認めるどころか。怒りに満ちた表情のまま、噛み合わせた歯をギリギリ……と軋ませていた副所長は。
「ふ……副所長の俺に、よくも舐めた真似をしてくれたなっ!」
途端に感情を爆発させたかのような怒鳴り声を出したかと思えば。
腕をアタシへと向けて伸ばし、訓練生への懲罰に放った時とは違う詠唱を開始する。
まさか、本気で。
攻撃魔法をアタシに撃ち込むつもりなのか。
「……どうする、アタシ?」
この場での最善の対処が分からず、思いもよらずに足が止まってしまったアタシ。
対処が一つも浮かばなかった訳ではなく、寧ろその正反対。
アタシ一人が魔法の対象なら、まず回避を優先すれば良いが。副所長が放つ魔法が、都合良くアタシ一人を狙う効果とは限らず。下手に訓練場を動き回れば、ランディら三人や他の訓練生らを巻き添えにする可能性だってある。
ならば詠唱を止めるための、一番良い解決策は。副所長を拳、もしくは脚で黙らせる方法だが。
ただの訓練時ですら、懲罰を自由に与える権限を持つ副所長を殴りでもすれば。今は良くても、後にさらに手酷い懲罰が待っているのは間違いない。
過去、故郷の街でもアタシは同じ目に遭ったのだから。
考えが纏まらず、アタシが呆然と立ち尽くしていたように思われたその時。
「お止め下さいカイザス様っ!」
「な……何だ、お前らっ? 詠唱の邪魔だ、退けえっ!」
先程、訓練生らに魔力に反応する小石を配っていた養成所の男ら数人が。詠唱していた副所長の両脇を抱え、さらにアタシとの間へと割り込んできた。
咄嗟の出来事に、驚いて詠唱を止めてしまった副所長は。自分の動きを拘束し、魔法の発動を邪魔する男らに文句を言って暴れていたが。
「気持ちは理解しますが、さすがにやり過ぎです副所長」
「う……うむ、っ」
男のその一言で暴れるのを止め、大人しくなった副所長だが。
それでもアタシを睨む事だけは終始止めようとはせず。
「今日の魔法の訓練はここまでとする! 各自、次の鍛錬の時間まで解散だ!」
突然、アタシに攻撃魔法を放とうとし。周囲の人間に制止されるという醜態を見せた副所長に代わり。
副所長の右腕を掴んでいた男が、場に集まった訓練生らに鍛錬の終了を告げた。
その、去り際だった。
「──この、呪われし忌み子の分際で」
言った。
確かに今、副所長はアタシに視線を合わせ、そう言い残して訓練場を後にした。
捨て台詞とも思える言葉だったが、それを聞いてしまったアタシは。先程までの強気は何処へやら、すっかり気を削がれてしまうどころか。
背筋に一瞬、冷たい風が吹き抜けたような不快な気分に襲われていた。
何しろ、故郷での境遇を見知らぬ他人に掘り起こされるのは、これが初めての経験なのだから。
「な……何なんだよ、今さらッ」
確かにアタシは、右眼の内側に奇妙な文字が刻まれ。帝国では非常に稀な黒い肌を持って誕生した。
そのためか、幼少期から「呪われた子」だとか「忌み子」等と呼ばれ。故郷の街の住人の大半から差別や数々の迫害を受けてきた。
そんな劣悪な環境を一変させるため、アタシは数少ない理解者から養成所に行く事を勧められた。
ヘクサムに到着し、初めて遭遇した所長は「養成所では実力こそ全て」と言い。
同室となったランディ・サバラン・イーディスの三人は。アタシの過去を洗いざらい話した後でも、故郷の連中のような反応を見せる事はなかったが。
副所長が当初から、アタシへの敵意を剥き出しにしていたのか。その理由をようやく理解する事が出来た。
まさか養成所でも、同じ事を繰り返すのか。
頭を過ぎった最悪の想定に、誰もいない方向をただ呆然と眺めていたアタシだったが。
不意に誰かの手が、アタシの肩に触れた。
「気にするな、って。お前の過去だ、無理かもしれないけどさ」
「ら、ランディ……」
ランディの手の感触で、アタシの意識は想定の世界から現実へと引き戻される。
「副所長は、サバランと違って本物の帝国貴族なんだ」
「帝国貴族……そりゃ、警戒するわけだよ」
まだアタシが知らなかった副所長の情報を、ランディから聞かされた事で。アタシを「忌み子」と知って嫌悪する理屈は理解し、それでも尚。
アタシもまた、初見で副所長に全く好意を持てなかった理由に納得がいかなかったのが。「帝国貴族」という言葉でようやく頭の中で噛み合った。
アタシへの迫害が一段、過激になった要因こそ。今ランディの言葉の中に出てきた「帝国貴族」が濃密に関与していたからだ。
故郷の名の由来となった、金髪美人の公爵令嬢とやら。そして令嬢の取り巻きであった、名も覚えていない数人の男女。
アタシの黒い肌を「気味が悪い」と称し、まるで借金や刑罰が理由で他人に金で買われる奴隷のような扱いを受けた忌まわしい記憶。
その一端を意図せずに思い出してしまい、アタシは思わず顔を歪めてしまう。
「……帝国貴族って連中にはイイ思い出なんて一つもないからねえ、アタシは」
「とはいえ、爵位を継げない立場だから養成所にいるんだがな」
「そ、そうなのない?」
「ああ、間違いないね」
ランディとの会話に割り込んできたサバランが、さらに追加の情報をアタシに聞かせてくれる。
貴族という立場に縁のないアタシだが。親の立場を継げるのが家族の中で一人しか選ばれない、という理屈は理解出来る。
つまり、副所長は貴族の生まれでありながら、兄弟もしくは実力が理由で。貴族として家を継ぐ事が出来ない、というわけだ。
さすがはサバラン。
帝国に侵攻され、既に元の国はないとはいえ。別の国の貴族出身なだけはある。
「懲罰とか言ってるが。ありゃただの八つ当たり、憂さ晴らしってやつだよ」
「「へぇ……」」
サバランの暴露に思わず感心した声を口から漏らしたのはアタシだけではなく。
ランディや、横で腕を組みながら話を聞いてたイーディスまでもがアタシに揃えて納得していた。
だからと言って、副所長の境遇には何ら同情する余地はない──いや、それどころか。




