表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1639/1759

53話 アズリア、副所長との確執

 全員が無言のまま傍観(ぼうかん)し、副所長(カイザス)の回復を待っていると。


 腕で目を擦りながらもようやく、至近距離からの光で焼かれた両目の視力が戻ったのか。回復した途端に、副所長(カイザス)はアタシを睨み付け。


「お、おのれ……新入りっ……」

「……そうじゃないだろ、副所長」


 言われた通りに、魔力に反応する石を強く光らせただけなのに。

 何故か今、親の(かたき)を見るような視線を向けられているのに。どうにも納得のいかなかったアタシは語気を強めた。


 ただ目を焼かれた事への(いきどお)りなら。アタシも苛立ちを覚えはしたものの、その怒りをどうにか抑え込む事は出来ただろうが。

 副所長(カイザス)はおそらく、朝の鍛錬の時間に初めて顔を合わせた時からこれまでずっと。アタシへ敵意を向け続けていたのだから。


「アタシが聞きたいのは、これで満足かどうかッてコトなんだけどねえ」

「……ぐぅ、っ!」


 今はまだアタシだけが対象だが。後に副所長という立場を利用し、同じ部屋の三人にも敵意を向ける可能性だってないとは言えない。

 現に、サバランも懲罰(ちょうばつ)の対象に選ばれたばかりではないか。


 睨む副所長(カイザス)に対し、一歩距離を詰めていくアタシだったが。

 充分な光量で石を輝かせた事実を認めるどころか。怒りに満ちた表情のまま、噛み合わせた歯をギリギリ……と(きし)ませていた副所長(カイザス)は。

 

「ふ……副所長の俺に、よくも舐めた真似をしてくれたなっ!」


 途端に感情を爆発させたかのような怒鳴(どな)り声を出したかと思えば。

 腕をアタシへと向けて伸ばし、訓練生への懲罰(ちょうばつ)に放った時とは違う詠唱を開始する。


 まさか、本気で。

 攻撃魔法をアタシに撃ち込むつもりなのか。


「……どうする、アタシ?」


 この場での最善の対処が分からず、思いもよらずに足が止まってしまったアタシ。

 対処が一つも浮かばなかった訳ではなく、(むし)ろその正反対。

 

 アタシ一人が魔法の対象なら、まず回避を優先すれば良いが。副所長(カイザス)が放つ魔法が、都合良くアタシ一人を狙う効果とは限らず。下手に訓練場を動き回れば、ランディら三人や他の訓練生らを巻き添えにする可能性だってある。

 ならば詠唱を止めるための、一番良い解決策は。副所長(カイザス)を拳、もしくは脚で黙らせる方法だが。

 ただの訓練時ですら、懲罰(ちょうばつ)を自由に与える権限を持つ副所長を殴りでもすれば。今は良くても、後にさらに手酷(てひど)懲罰(ちょうばつ)が待っているのは間違いない。


 過去、故郷の街(ローゼベリ)でもアタシは同じ目に()ったのだから。


 考えが纏まらず、アタシが呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしていたように思われたその時。


「お止め下さいカイザス様っ!」

「な……何だ、お前らっ? 詠唱の邪魔だ、退()けえっ!」


 先程、訓練生らに魔力に反応する小石を配っていた養成所の男ら数人が。詠唱していた副所長(カイザス)の両脇を抱え、さらにアタシとの間へと割り込んできた。

 咄嗟(とっさ)の出来事に、驚いて詠唱を止めてしまった副所長(カイザス)は。自分の動きを拘束し、魔法の発動を邪魔する男らに文句を言って暴れていたが。


気持ちは理解します(・・・・・・・・・)が、さすがにやり過ぎです副所長」

「う……うむ、っ」


 男のその一言で暴れるのを止め、大人しくなった副所長(カイザス)だが。

 それでもアタシを睨む事だけは終始止めようとはせず。


「今日の魔法の訓練はここまでとする! 各自、次の鍛錬の時間まで解散だ!」


 突然、アタシに攻撃魔法を放とうとし。周囲の人間に制止されるという醜態(しゅうたい)を見せた副所長(カイザス)に代わり。

 副所長(カイザス)の右腕を掴んでいた男が、場に集まった訓練生らに鍛錬の終了を告げた。


 その、去り際だった。


「──この、呪われし忌み子の分際で」


 言った。

 確かに今、副所長(カイザス)はアタシに視線を合わせ、そう言い残して訓練場を後にした。


 捨て台詞とも思える言葉だったが、それを聞いてしまったアタシは。先程までの強気は何処(どこ)へやら、すっかり気を削がれてしまうどころか。

 背筋に一瞬、冷たい風が吹き抜けたような不快な気分に襲われていた。

 何しろ、故郷(ローゼベリ)での境遇(きょうぐう)を見知らぬ他人に掘り起こされるのは、これが初めての経験なのだから。

 

「な……何なんだよ、今さらッ」


 確かにアタシは、右眼の内側に奇妙な文字が刻まれ。帝国(ドライゼル)では非常に(まれ)な黒い肌を持って誕生した。

 そのためか、幼少期から「呪われた子」だとか「忌み子」等と呼ばれ。故郷の街(ローゼベリ)の住人の大半から差別や数々の迫害を受けてきた。

 そんな劣悪な環境を一変させるため、アタシは数少ない理解者から養成所に行く事を勧められた。


 ヘクサムに到着し、初めて遭遇(そうぐう)した所長(ジルガ)は「養成所では実力こそ全て」と言い。

 同室となったランディ・サバラン・イーディスの三人は。アタシの過去を洗いざらい話した後でも、故郷(ローゼベリ)の連中のような反応を見せる事はなかったが。


 副所長(カイザス)が当初から、アタシへの敵意を()き出しにしていたのか。その理由をようやく理解する事が出来た。

 まさか養成所(ここ)でも、同じ事を繰り返すのか。

 頭を()ぎった最悪の想定に、誰もいない方向をただ呆然(ぼうぜん)と眺めていたアタシだったが。

 不意に誰かの手が、アタシの肩に触れた。


「気にするな、って。お前の過去だ、無理かもしれないけどさ」

「ら、ランディ……」


 ランディの手の感触で、アタシの意識は想定の世界から現実へと引き戻される。

 

「副所長は、サバランと違って本物の帝国貴族なんだ」

「帝国貴族……そりゃ、警戒するわけだよ」


 まだアタシが知らなかった副所長(カイザス)の情報を、ランディから聞かされた事で。アタシを「忌み子」と知って嫌悪する理屈は理解し、それでも(なお)

 アタシもまた、初見で副所長(カイザス)に全く好意を持てなかった理由に納得がいかなかったのが。「帝国貴族」という言葉でようやく頭の中で噛み合った。

 アタシへの迫害が一段、過激になった要因こそ。今ランディの言葉の中に出てきた「帝国貴族」が濃密に関与していたからだ。

 

 故郷(ローゼベリ)の名の由来(ゆらい)となった、金髪美人の公爵令嬢とやら。そして令嬢の取り巻きであった、名も覚えていない数人の男女。

 アタシの黒い肌を「気味が悪い」と称し、まるで借金や刑罰が理由で他人に金で買われる奴隷のような扱いを受けた忌まわしい記憶。


 その一端を意図せずに思い出してしまい、アタシは思わず顔を(ゆが)めてしまう。


「……帝国貴族って連中にはイイ思い出なんて一つもないからねえ、アタシは」

「とはいえ、爵位を継げない立場だから養成所(ここ)にいるんだがな」

「そ、そうなのない?」

「ああ、間違いないね」


 ランディとの会話に割り込んできたサバランが、さらに追加の情報をアタシに聞かせてくれる。


 貴族という立場に縁のないアタシだが。親の立場を継げるのが家族の中で一人しか選ばれない、という理屈は理解出来る。

 つまり、副所長(カイザス)は貴族の生まれでありながら、兄弟もしくは実力が理由で。貴族として家を継ぐ事が出来ない、というわけだ。


 さすがはサバラン。

 帝国(ドライゼル)に侵攻され、既に元の国(コルム)はないとはいえ。別の国の貴族出身なだけはある。


懲罰(ちょうばつ)とか言ってるが。ありゃただの八つ当たり、()さ晴らしってやつだよ」

「「へぇ……」」


 サバランの暴露(ばくろ)に思わず感心した声を口から漏らしたのはアタシだけではなく。

 ランディや、横で腕を組みながら話を聞いてたイーディスまでもがアタシに揃えて納得していた。


 だからと言って、副所長(カイザス)境遇(きょうぐう)には何ら同情する余地はない──いや、それどころか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

作者のモチベーションに繋がるので。

続きが気になる人はこの作品への

☆評価や ブクマ登録を 是非よろしくお願いします。

皆様の応援の積み重ねが欲しいのです。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ