52話 アズリア、石に魔力を込める
「どうした新入り? 石が全然光ってないが」
すると、ランディに興味を向けていた副所長の視線がアタシへと移り。
全く反応していなかった手元の石を指差すと。
「魔力が上手く使えるかどうかは新入りかどうか関係ない。出来ないのであれば──」
口端を吊り上げ、ニタリと厭らしい笑みを浮かべた副所長は。指差した手を広げ、懲罰である魔法の準備を始める。
確かに副所長の言う通りだ。
先程の詠唱を暗記出来るかどうかは、予め覚える時間の余裕が必要となり。昨日、養成所に入所したばかりのアタシでは無理な課題だが。
魔力の有無を判別する事自体は、故郷の住人らに忌避されていたアタシでも受ける事が出来る程に、帝国では一般的なのだ。
だが、アタシは少しも動揺する事なく。お返しとばかりに副所長へと不敵な笑顔を作ってみせた。
「まあ、焦るなよ副所長」
「ん?」
「アタシはまだ、魔力を石に込めてないんだからさ」
そう。
石に魔力を込める合図から時間が経過していたが。アタシは石の正体を思い出したり、周囲の状況を確認するのに夢中となり。
元来、自分に出された課題をすっかり忘れていたのだ。
「……よっく、見てなよッ!」
副所長が我慢出来ず、懲罰の攻撃魔法を放つ前に。アタシは手の平に乗せた魔力に反応する小石に、自分の魔力を注ぎ込んでいく。
──すると。
「う、おっ⁉︎」
「ま、眩しっ……」
アタシを注視していた副所長と、隣にいたランディ。二人は驚きの声を上げながら、思わず腕で両目を庇う動作を取ってしまう。
それ程に、アタシの持つ小石は魔力に反応し、強烈な光を放つ。
アタシが動揺していなかったもう一つの理由。それは、過去に行った魔力の判別から、どのような結果になるのを知っていたからだ。
「あの時も確か、このくらいは光ってたっけ」
故郷での過去では。街の子供らの誰もが弱々しく光を発する中、アタシだけが老魔術師と同等と言ってもいい程の光量を発していた。
アタシが保持している魔力の多さに、老魔術師には大層感心していたものの。
この事を子供らから聞いた街の住人は、さらにアタシを「化け物」扱いを加速させた──という皮肉な結末だった。
「しっかし……まさか、ランディよりも強かったのは想定外だったけどねえ……」
しかし、アタシの過去の記憶ではもう少し控えめな光量、しかも一瞬だった記憶があるのだが。
今、アタシの手の平から発していた光量は、攻撃魔法を実戦で扱う事が出来るランディよりも明らかに強烈で。
さらに今もなお、石は強烈な光を維持したまま。
「……お、おい? 何だよ、あの光り方は」
「あれ、例の入所したばかりの女じゃないか?」
あまりの強烈な光が、周囲の注目を集めない訳もなく。
この場にいた訓練生ら全員の視線が、今光り輝く石とアタシに集中し。隠す気のない声がアタシの耳にも入ってくると。
「し……しま、ッ!」
不意にアタシの頭に浮かんだのは、過去の出来事の先にあった皮肉な結末。
魔力量が多いと示した事で、差別や迫害をさらに加速させたように。今回もまた、訓練生らに忌避の目で見られないかどうか。
いや、それよりも。
昨日の所長との模擬戦で、信用に足ると認めた同室の三人。ランディやサバラン、イーディスの態度の変化だった。
アタシは即座に魔力供給を停止すると、石から発していた光量は徐々に弱まり、やがて完全に光を失うと。
「あ……あのさ、ッ」
強烈な光に目を焼かれないよう、腕で顔を覆っていたランディと。その後ろに控えていたサバラン、イーディスに顔を向け。
一旦、話し掛けようとするも。拒絶されるかも、という最悪の展開を想像し、アタシは言葉を詰まらせてしまう。
「……アズリア」
「な……何だい、ランディ?」
一番に口を開き、アタシの名前を呼んだのはランディだった。
腕で顔を覆ったままだったためか、ランディの表情を覗く事が出来なかったが。少し低い口調からは、あまり良い反応ではない予感がした事で。
思わずアタシはゴクリ……と唾を飲み、ランディの次の言葉を待っていると。
「す、凄いじゃないかっ!」
「……へ」
腕がどけられ、露わになったランディの表情からは。発せられた称讃の言葉の通り、アタシに対する憧憬の感情が見て取れた。
魔法を扱うランディだからこそ、魔力量が多い事を素直に喜んでくれたのだろうか。
いや、そうではない。
「やるじゃないか」
「な、何だよ今の光はっ……ランディより強かったよなっ、なあ?」
何故なら、石を弱くしか光らせてなかったサバランとイーディスの二人もまた。アタシの強烈な光を歓迎してくれていたから。
アタシの最悪の想定、三人に拒絶あるいは忌避されるという結果を回避出来た事は喜ばしい限りだったが。
そんな三人の好意的な反応に、アタシはどう言葉を返していいか分からず困惑する。
「あ……ありがと」
模擬戦の時もだったが、罵倒される事にばかり慣れていたアタシは。逆に称讃される事に耐性がないのか、困惑しながらも頬が少し熱を帯びてしまう。
「……見ろよアズリア。あれだけ絡んできた副所長、今のお前の光で目を焼かれたみたいだぜ」
するとサバランがアタシのみに聞こえるよう、耳元に顔を寄せて小声で。副所長の異常を伝えてくれると。
「め……目がぁ……目がぁっ……」
サバランの言った通りだった。副所長はまだ両目を手で覆いながら、頻りに呻いていた。
確かアタシが見た時には、ランディと同様に光から目を守るために腕で庇っていた筈なのに。
何故にランディは目を焼かれず、副所長だけが目を焼かれたのか。
アタシが不思議に思っていると。
「おそらくは、アズリアがここまで石を強く光らせるなんてこれっぽっちも信じてなかったんだろうな、副所長は」
「ふむふむ……ん? ちょ、ちょい待ったッ」
ランディの説明に、最初こそ頷きながら納得していたアタシだったが。
その説明には「とある前提」が含まれていた。
つまり、アタシが魔力に反応する石を強烈に光らせてしまう事を。三人が予め想定していた、という前提が。
「その言い方、まるでアンタらは……アタシが何かやらかすかもしれない、なんて思ってたみたいじゃないか」
「いや、そりゃあ……」
「ああ、昨日の模擬戦見てりゃ、なあ」
顔を互いに見合わせたサバランとイーディス。おそらく二人が言っているのは、所長の振り回す鉄製の大鎚を互角に打ち合った事か。
或いは、所長が装着していた鉄兜を両断してみせた、右眼の力の事を言っているのだろうか。
「と、とにかくッ!」
アタシは一旦、三人との会話を中断した。何しろ訓練場にいる全員が、今はアタシと副所長を注視していたからだ。
視力がまだ戻らないからか、目を押さえ続けていた副所長へと向き直ったアタシは。
「目が焼かれた強く光らせたんだ、まさか『足りない』なんて言わないよねえッ?」
この場にいた誰よりも石を輝かせたのだ、副所長からの課題を既に満たしたのは全員が理解していたが。
アタシは何より、一度は攻撃魔法をこちらへ放とうとした副所長本人の口から認めさせようとする。




