51話 アズリア、副所長の実力を知る
先程は「金貨一枚の価値」と聞いて驚くばかりの手の中の謎の小石だったが。
そう言えばアタシは謎の小石を一度、過去に見たことがあったその記憶だ。
「そういや昔、アタシが魔法を教わった時に……こんな石を渡されたっけ」
あれは、アタシが幼少の頃。
魔法が使えないアタシだが、それでも故郷の街での学舎で。街で唯一の老齢な魔術師に、簡単な魔法の幾つかを手解きされた事があったが。
あの時──老魔術師から渡られたのも、同じような小石だった。
『これよりお主らには、自分の中にある魔力を自覚して貰う。この石でな』
『う、うわあぁっ……すごいっ』
老魔術師が発言したと同時に、手の平に乗っていた小石が眩しく輝き始めた事に。見ていたアタシ含む数人の子供らが思わず驚きの声を漏らす。
さすがに故郷では金貨一枚分という貴重な物だ。子供ら一人につき一個は手渡されず、一個の小石を順番に使っていたが。
どの子供も、先程は眩しいくらいに光り輝いた小石はぼんやりとした鈍い光しか発せられなかったのだ。
『そう落ち込むな。基礎魔法程度なら、魔力があれば使えるようになる』
『……ちぇー』
最初に老魔術師が見せた強烈な光を、自分も出せると期待していた子供らは例外なく落胆した表情を見せる。
そう。
この謎の小石は、魔力に反応して発光する性質を持っていたのだ。しかも魔力量に応じて発する光量まで増減するおまけ付きで。
魔法を学ぶ前に子供らに石を使わせたのは、子供らそれぞれの魔力量を予め知るためだった。
──過去の記憶から、アタシは小石の正体を説明される前に思い出したのだが。
さすがは昨日、養成所にやって来たばかりの新参者とは違い。前から養成所に馴染んでいるだけあり。
「さあお前ら、魔力を込めろっ!」
副所長の号令を合図に。訓練生らが慣れた手付きで、手渡された小石に魔力を注ぎ込んでいく。
子供の時は、まだ魔力量を増やす何らかの訓練を受けていないだけあり。その場の全員が弱い光しか発する事が出来なかったが。
訓練生は全員がアタシと同い歳かそれ以上の年齢で、しかも副所長の魔法の訓練をこれまでに受けている筈だ。
ならば魔力に反応する小石も、故郷の子供らよりも強く光らせる事が出来る……そう思っていたアタシだったが。
「……へ?」
アタシの予想通りに、強く小石を光り輝やかせていたのは。所長との模擬戦で攻撃魔法を披露してみせたランディと、その他数人程度で。
半数以上の訓練生は、過去に故郷で見た子供と同等の弱々しい光しか発せられていなかったのだ。
「い、イーディスも? サバランもかよッ?」
慌ててアタシは、左右にいた同室の二人が石を発光させる様子を交互に確認するも。
二人とも、アタシの過去の記憶で見た弱々しい光より僅かばかり強い、という程度だった。
「う、うるせえっ? 魔法は苦手なんだよっ!」
「……俺もだ」
魔力を石に込める事に集中していた二人は、石から視線を外す事なく。アタシの驚きの声に言葉を返してくる。
おそらくは、それ程に集中してようやく半数以上の弱々しい光よりも僅かに強い光を発する事が出来るのだろうが。
何故二人が懸命に石の光量を強めようとしているのか、アタシはすぐに理由を知る事となった。
訓練生らが光らせていた石を一つ一つ確認して回っていた副所長だったが。
周囲よりも一際、今にも消えそうな弱々しい光しか発せられていなかった訓練生の前で足を止めると。
「貴様っ、魔力が少なすぎる! 養成所に来て毎日何をしていたっ!」
「……ひっ!」
訓練生に罵声を浴びせながら、開いた片手を突き出していく。間違いない、先程使ってみせた攻撃魔法の体勢だ。
「──石の弾」
「ぐ……は⁉︎」
予想通り、副所長の開いた手の前には拳大の石の塊が生まれ。悲鳴を上げ、硬直していた訓練生の腹を直撃した。
まさに先程行っていた「詠唱文を言えたか」への懲罰の再開だった。
「なるほど、ね。魔力が足らなかったら、また罰を喰らうわけかよ……そりゃ二人も必死になるわなッ」
ようやくアタシは、イーディスやサバランが石の光を強くしようと懸命だったのかを理解する。
ただ、先程の懲罰と一つだけ違っていたのは。
「お……おいっ? 今、副所長の魔法って」
「ああ、詠唱を口にしていなかったぞ……」
周囲の訓練生が口々にしていたのと同じ疑問をアタシも抱いていた。
今、副所長が放った攻撃魔法は。詠唱を全く口にせず、魔法を発動していた事実に。
訓練生らの声が耳に入ったからなのか。実に勝ち誇ったような満面の笑顔を浮かべながら、嬉しいそうな声で反応する副所長。
「ん? どうした、あれだけ叩き込んだ詠唱を俺が使わなかったのが、そんなに不思議か?」
そう問われると、訓練生らは全員が揃えて首を縦に振っていく。
無理もない。つい先程まで「魔法の発動のために絶対に必要なもの」だと教えられ。詠唱の文節を頭に叩き込まれていたばかりなのだ。
実際に、簡単な基礎魔法を学んだ大半の大人らも。魔法を発動させるのに、詠唱を口にするのは欠かせない。
だから今、副所長がやってみせた詠唱のない魔法、とは。不思議以外の何物でもなかったから。
ただ一人、魔法を実戦で使えるランディを除き。
「い、いや……詠唱破棄は」
「ほう」
ランディと距離が開いていたにもかかわらず、彼が口にした「詠唱破棄」なる言葉に。過敏に反応し、思わず笑顔を強張らせる副所長。
当然、詠唱がないと魔法が使えないと思っていたアタシも、ランディの発言は非常に興味深い。
アタシは早速ランディのすぐ隣に並ぶと、疑問を解消しようと手っ取り早い行動に出る。
「……な、なあランディ。詠唱破棄ッて、何だよ?」
「アズリア……お前もか」
即ち、こちらに視線を向けていた副所長やその他訓練生らに聞こえない小声で聞くという方法を。
呆れ顔を浮かべたその当人は、溜め息と一緒にアタシの質問に答えてくれる。
「詠唱破棄ってのは、言葉のまんまの意味だよ。魔法を使うのに慣れると、発動に必要不可欠な詠唱や動作を省略出来る……という話さ」
「……ッてコトはつまり、あの副所長が?」
「そりゃ俺ら訓練生に魔法を教える役割を任されてるのは、単なる見掛け倒しや飾りじゃないって事だ」
詠唱破棄についてランディから説明を聞きながら、アタシは副所長へと「信じられない」といった視線を向ける。
悔しい話だが、副所長はたった今説明されたばかりの詠唱破棄が可能な程の実力者だという事は。目の前で見せられた以上、認めざるを得ない。
「あの、副所長がねぇ……」
これで理不尽な敵意さえ向けられていなければ、素直に敬意を抱けたかもしれないというのに。




