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49話 アズリア、囁き戦法に出る

 さすがに提案、そして説明に時間を掛け過ぎたのか、副所長(カイザス)が広げた手をサバランへと向けた。


「何をモタモタしてる! 早く言わないかっ……でないと」

「……い、言いますっ、今から言いますっ!」


 魔法を撃たれては(たま)らない、サバランは慌てながら課題として問われている「石の弾(ストーンバレット)」の詠唱の文節を口にする。


 勿論(もちろん)、アタシの力を借りながら。


 先程の説明で納得した筈なのに、いざ挑むとなってサバランは不安に駆られたのか。横にいたアタシへあからさまな視線を向けるも。


「……あ、アズリアぁ」

「分かってるから。前向いてろッ」


 アタシは腰の下、副所長(カイザス)から見えない位置で手を振り。サバランに前を向くように身振りで(うなが)す。

 おそらく副所長(カイザス)は、この訓練を始める際の反応だけでなく。これまでの過程で憶えの悪い訓練生に目星を付けていたのだろう。

 だからもし、サバランがこの場を乗り切ったとしても、変に疑いを持たれては元も子もないからだが。


「まさか、魔法が使えないと知って懸命になった時の経験が、こんな場面で活きてくるなんて……ね」


 何故にアタシが、自分が使えもしない「石の弾(ストーンバレット)」の詠唱文を一、二度聞いた程度で即座に憶える事が出来たのか。

 それは、アタシが通常の魔法を一切使えない事と非常に関係していた。


 当然ながら自分が「魔法が使えない」事など、幼少の頃にアタシは知る(よし)もなかったため。故郷の街(ローゼベリ)で魔法を教わった時に、周囲の子供が次々と魔法が使えていたにもかかわらず。自分一人だけがいつ(まで)も魔法を発動出来ない、という事態に(おちい)っていた。

 その状況を打開するため、アタシが選んだのは詠唱や身振り手振りを熱心に学ぶ以外になかった。


 結局、アタシは魔法を使えず(じま)いだが。

 

 魔法を使うために費やした努力は、魔法の詠唱文を聞き取り、瞬時に記憶出来るという特技をアタシに与えてくれたようだ。


「──さて、いくよ」


 ここからはサバランだけでなく、アタシの挑戦でもある。

 (すなわ)ち、こちらに睨みを利かす副所長(カイザス)に疑いを持たれる事も気付かれもせずに。サバランには聞こえる程度の小声に調整する、という。


「……大地の魔力を我が身に集め」

「だ、大地の魔力を、わ、我が身に集めっ!」


 まさに(ささや)くように。


 覚えたての文節を、可能な限り声を絞り込んでサバランへと伝えてみせると。

 少しばかり戸惑いはしたものの、最初の一節は間違いなく繰り返して口にする事が出来た。


「よしッ」


 養成所に昨日来たばかりのアタシは、当然ながら副所長(カイザス)から何も説明を受けてはいない。だから、もしサバランへの助言が露呈(ろてい)したとしても「知らなかった」と言い張るつもりだ。

 まあ……最初に有無を言わさず攻撃魔法を腹に放った副所長(カイザス)に。そんな言い訳が通用するか、というのは疑問だったが。

 その懸念も、サバランが無事この場を乗り切りさえすれば、全てが杞憂(きゆう)で終わる。


 アタシは残る文節を、先程と同じ程度の音量に調節した声でサバランへと教えていく。

 最初の一節と同じく、サバランがアタシが(ささや)いた事を一字一句間違えずに口に出来れば成功だ。

 ──しかし。

 事件は安心したその時、起きた。


「全てを貫け石礫(いしつぶて)

「全てを……え?」


 副所長(カイザス)に聞かれない、という意識が強く(のど)に働いてしまったのか。一度目は問題なく聞き取れていたアタシの(ささや)きを、今度は聞き損じてしまい。

 しかも、言葉に詰まったサバランが事もあろうに、横にいたアタシに問い返してきたのだ。


 当然、サバランの咄嗟(とっさ)の行動を疑問に思った副所長(カイザス)は。詠唱を(そら)んじるよう指示を出してたサバランだけではなく。アタシにまで(いぶか)しむような視線を向ける。


「ん? どういう事だ、何故新入りのほうを見てる?」

「お、おいッ……馬鹿ッ!」


 サバランの突然の行動に慌てたアタシだが、ここで動揺すれば副所長(カイザス)の疑念を裏付ける事になってしまう。

 再びアタシは、副所長(カイザス)から見えない位置で「前を向け」とサバランへ身振りで伝えていくと。

 どうやら自分の失策に気付いたサバランは、慌てて前を向き直り。


「な、何でもありませんっ!」

「……ならいい。詠唱を続けろ」


 アタシが密かに横から教えていた、という事実が露呈(ろてい)するのは防げたものの。

 アタシもサバランも、互いの顔には焦りの表情が色濃く出ている。


 それもその筈。


 最後の文節を上手く聞き取れなかったため、サバランは結局、副所長(カイザス)が出した課題を達成出来ていないのだ。

 このままではサバランも魔法の餌食(えじき)となってしまうが。

 

「こ、この状況じゃ、下手にアタシが動いたら教えたのが知られちまうッ……」


 とは言え、副所長(カイザス)の疑惑の視線はまだアタシから完全に外れてはいなかった。この状況で副所長(カイザス)に知られないよう(ささや)くのはさすがに難しい。

 巻き添えになる覚悟でサバランに教えるか、それともサバランを見殺しにするか。アタシは選択を余儀無くされ、しかも残された時間は限られていた。


「どうする? どうするよ、アタシッ……ん?」


 選択肢に悩み、思わず(ひたい)に手を当てるアタシ。

 そんな(おり)、背中を叩く感触にアタシは一瞬思考を止めて振り返る。サバランもランディも横にいるのだ、なら背中を叩いた人物とは。


「……心配するな、アズリア」

「イーディス?」


 アタシの背中を叩き、声を掛けてきたのは。先程まで会話の一切に加わってこなかったイーディスだった。

 口数の少ないイーディスに慰められたのは意外ではあったが、詠唱文を上手く伝えられなかった今の状況では納得が出来る筈もなかったが。


「い、いやだってさッ!」

「ああ見えてサバランは、まだ一度も副所長の懲罰(ちょうばつ)を喰らった事はない」

「……え?」


 続くイーディスの言葉に、アタシは首を(かし)げる。

 今聞いた話が本当なら、サバランはこれまでに一度も副所長(カイザス)からの突然の課題を失敗していないという事になる。

 

 アタシはまだ信じられなかったが。かと言って今ここで下手に動いても、良い結果になる想像が出来なかったからか。

 イーディスに言われた通り、黙ってサバランの様子を見る事にすると。左右の側頭部を指で押さえたり、空を見上げたりしていたが。


「す……全てを貫け、え、えと……い、石礫(いしつぶて)……」


 先程は文節を詰まらせ、アタシに問い返してきたにもかかわらず。

 二度目の挑戦では。途切れ途切れな箇所もあったものの、サバランはどうにか詠唱を言い終える事が出来た。


「ま……まあ、まだまだ実戦で唱えるには不十分だが、間違ってはいないな」

「そ、それじゃ──」


 副所長(カイザス)は、いつでも魔法を放てるようにとサバランに向けて広げていた手を無言で下ろす。

 それはつまり、懲罰(ちょうばつ)から逃がれられたという証だ。


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