48話 アズリア、同部屋の仲間の窮地に
地面に手を着き、四つん這いの体勢となって悶絶する訓練生を。先程よりも嘲りの表情を強め、見下ろす副所長。
「ちょ、お、おまッ、何してんだ──」
突然の出来事に動けなかったが、我に返ったアタシが腹を抱え倒れ込んだ訓練生に駆け寄ろうとすると。
隣に並んでいたランディにいつの間にか手首を掴まれ、動きを阻止されてしまう。
「……お、おいッ?」
アタシは「手を離せ」という意味を込めてランディを睨んでいくも。
視線の先。ランディは無言のまま首を左右に振って、掴んだ手を離そうとはしなかった。
「は。生命拾いしたな、新人」
ふと、敵意を含んだ視線が向けられている事を察知し、その発生源を見ると。先程、攻撃魔法を放った副所長がアタシに開いた手を向けていたのだ。
視線に気付いたアタシは、魔法を放つ姿勢の副所長を睨むが。
アタシの視線をいとも簡単に遇らう副所長は。こちらにも嘲りの表情を向け、とんでもない発言を口にする。
「もし、倒れた訓練生を助け起こしたりしたら。少しでも触れた時点で、お前にも遠慮なく魔法を撃ち込んでやるつもりだったんだがな」
「……な、ッ」
副所長の発言に、アタシはあらためて周囲へと視線を巡らせると。
いくら威力を加減されていたとはいえ、攻撃魔法が腹に直撃したのをこの場にいた全員が目撃したのに、だ。誰も倒れて痛みで悶絶する訓練生を助け起こそうともしていないのだ。
もしランディが手首を掴み、駆け寄るのを止めてくれてなければ。そして副所長の発言が本気だったならば。
アタシの腹にも魔法が直撃し、先程腹に入れたパンや塩漬け肉を吐き出していたかもしれない。
「あ、ありがと……ランディ」
先程までは正直、アタシの邪魔をしたランディの事を一瞬だけ疎しく感じたが。
頭に浮かんだ考えを改め、アタシの浅慮を止めてくれたランディに感謝する。
「さて。思わぬ邪魔が入ったが──」
一旦、アタシとのやり取りに区切りが付いたとみるや。副所長は、訓練生に課した詠唱の文節を憶えているかどうかの確認を再開していく。
「次は……そうだな、お前だ」
「は、はいっ……」
次に副所長が選び出したのは。またしても最初の呼び掛けで言葉を濁した、不安げな表情を浮かべている訓練生だった。
「え……えぇっと……確かっ……」
見れば、その訓練生がしきりに気にしていたのは指導役である副所長ではなく、まだ起き上がってくる様子のない魔法を喰らった訓練生だった。
一句でも間違えれば、同じく攻撃魔法の餌食になるかもしれないのだ。そりゃ不安な顔にもなるだろうが。
「だ……大地の魔力を……我が身に集め、だっけ?……す、全てを貫け……え、えぇと……石礫」
副所長に指名された訓練生は、頼りない口調ながら何とか頭の中から記憶を辿り。
途中、何度か途切れながらも。先程、副所長が皆の眼前で発動させてみせた「石の弾」の詠唱の文節を、最後まで再現してみせる。
訓練生がうろ覚えな詠唱を止める度に、副所長がその顔を何度も歪ませてはいたが。
「……ちっ、とりあえずは合格だ。実戦では使い物にはならないがな」
まるで攻撃魔法を使えなかったのが残念だったのか、聞こえるように舌打ちをしながらも。
言われた通りに詠唱の文節を言い終えた訓練生の成果を認め、「合格」と口にした副所長。
一人は失敗し、一人はどうにか成功したが。
副所長は最初に「詠唱を覚えたか」という問い掛けに対し、不安そうな態度を見せた人間を確実に選んでいる。
「……だとすりゃ」
アタシは、後ろに控えていたサバランへとなるべく振り返る素振りを見せないように視線を向ける。
副所長が問い掛けたあの時、ランディやイーディスは問題なく返事をしていたが。唯一サバランだけは不安そうな表情を見せ返事が遅れたのを、アタシは見逃がさなかった。
もし副所長の観察眼が、それを見逃がしていなかったとしたら。次に詠唱文を諳ーじるよう選ばれるのはサバランかもしれない──そう思ったからだが。
嫌な予感とは何かと的中するもので。
「じゃあ、そうだな……次はお前だ」
そう言いながら指差して、三人目として選んだのはアタシ──ではなく。その後ろにいたサバランだった。
いや、待てよ。
サバランが不安そうな顔をしていたのは、文節を憶えていないからではなく。失敗したら攻撃魔法を撃たれる事にただ怯えていたのが理由かもしれない。
アタシは副所長に聞かれないよう配慮し、小声でサバランに話し掛ける。
「……お、おいサバラン、大丈夫なのかよ?」
「は、はは、自慢じゃないが、全然覚えてないぜ……どうしよう」
まさに不安は的中した。軽い口調で話すサバランだったが、諳んじるのに失敗すれば「石の弾」が飛んでくるのは確定している。
……しかし。
名も知らない他の訓練生はともかく、サバランは同じ部屋の仲間だ。みすみす副所長の攻撃魔法の餌食になる事を看過出来ない。
「……よし、わかったよサバラン」
「わ、分かったって……何をするつもりだよ、アズリア?」
「アタシがこっそり教えてやるから」
「「……は?」」
アタシの発言に、サバランだけではなく隣にいたランディやイーディスまでもが声を揃えて驚きを漏らすが。
慌ててアタシは自分の口唇に一本指を立てて、声を抑えるよう三人に指示を出す。
「お、おいッ……三人も声を出したら副所長に気付かれちまうだろッ」
妙な動きを見せ、また副所長に絡まれては堪らない。ただでさえ、理由は知らないが副所長はアタシに敵意を向けてきているのだから。
一度平静を装いつつも、まずアタシに質問を投げ掛けてきたのはランディ。
「い、いや、待てってアズリアっ……お前、今日が初めてのはずだよな? もしかして、前から『石の弾』を使えるとか──」
「いいや。ついさっき聞いたばかりだよ」
「……は?」
魔法が使えない、しかも故郷の街で教わったのは基礎魔法のみ。そんなアタシが当然ながら、「石の弾」の詠唱など知っている筈がない。
だが、魔法の修練の時間となってからというもの。二人の訓練生の不完全な文節と、副所長の完全な詠唱を二度も聞いた事で。
しっかりと頭に、詠唱の文節が残っている。
「確か……大地の魔力を我が身に集め、全てを貫け石礫、だよな」
アタシが実際に、憶えたばかりの文節を一字一句間違う事なく披露していく。
「ほ、本当……かよ」
まだ俄かにアタシを信用が出来てなかったサバランだが、ランディやイーディスが無言ながら頷いてみせたのを見て。
アタシが憶えたばかりの文節が間違っていない、とようやく理解したようだ。
「いいかいサバラン。アタシがゆっくりと言うから。それを繰り返すんだよ?」
「わ、わかった。頼りにしてるぜアズリアっ……」
今のやり取りで覚悟が決まったようで、アタシを信用し、提案を受け入れる事を承諾したサバランは。
どうにかこの場を無事に乗り切ろうと、副所長の指示に──挑む。




